抱えるものと一本の電話
「な、なんだこれはああああ!!!」
帰宅した俺を待っていたのは、まさに惨状だった。
「……お、お前ら……」
俺は“そこ”にいたあの二人に、これ以上ないほどの怒りのオーラを浴びせていた。
「ア、アタシのせいじゃないからな! 全部月乃のせいだ!!」
「何を言ってるのよ。“こんな状態”になった原因は、黎でしょ?」
「何だと!!!」
「何よ!!!」
怒り狂う俺を無視したまま、月乃と黎は再び火花を散らす。
俺は二人の肩をガシッと掴んだ。二人はそれに反応し、体を硬直させ、不毛な言い合いを一時的に停止した。
「……お前らが犬猿の仲なのは知ってるし、どっちも負けず嫌いなのもよーく知ってる。
……でもな、だからと言って……何で“俺の部屋”がこうなるんだ!!!!」
俺は凄まじい勢いでビシッと爆心地を指さした。
……そこは、まさに戦場だった。倒れまくる本棚とタンス。ぶちまけられた俺の本。ぐちゃぐちゃになった俺の机。ベッドから床に無造作に放り投げられた俺の布団……
俺の部屋は、もはや俺の知ってる部屋ではなくなっていた。
「月乃が暴れたからこうなったんだよ!」
「元はと言えば、黎が“晴司の部屋で寝る”とか言うからでしょ!?」
「嫁が旦那と一緒に寝て何がいけないんだよ!!!」
「まだ結婚してないでしょ!? それが晴司にとって迷惑って言ってるのよ!!!」
せっかく止まっていた不毛な争いは、再び勃発していた。二人は怒り狂ってる(つもりの)俺を無視するかのように、言い合いをしていた。
……さすがの俺も、我慢の限界だった。
「テメエら……いい加減にしろおおお!!!!」
俺の怒鳴り声に、月乃と黎は体をビクッとさせ、再び停止した。そして、怯えた表情で俺を見ていた。
「正座!!!」
二人は不満気な表情をしていたが、さすがに悪いと思っていたらしく、俺の指示に反論することなく、言われた通りに正座した。
「お前らは、俺の楽園を壊した。――これは、万死に値する……!!」
「……そんなオーバーな……」
「うるさいぞ黎!!!」
「ご、ごめん………」
俺は鼻息を荒くしていた。
おそらくここまで俺が怒るのは、二人にとって初めての経験だったのだろう。イタズラして怒られたちびっ子みたいに体を小さくしていた。
(しかし! そんなもんで俺の気が済むわけない!!)
「二人には、罰を与える!! 今すぐこの部屋を片付けろ!!!」
「……なんで今からなのよ。明日でも……」
「うるさいぞ月乃!!!!」
「ご、ごめんなさい……」
二人は、再び体を小さくした。
その後も、俺は珍しく怒りをあらわにし続けた。そんな俺を見た二人は、今回ばかりは反省の色を浮かべ、せっせと片づけをした。
そして30分後、俺の部屋は再び楽園の姿を取り戻していた。
「……ふう。ようやく片付いたわね……」
「全くだよ……月乃が晴司の部屋で暴れなきゃこんなことには……」
「ちょっと!! だからあれは……!!」
「……お前ら……」
……二人は、まったく懲りていなかった。
(もうこれ以上は付き合いきれん)
俺は布団を持って廊下に出た。そして、廊下に布団を置き、別の部屋の押入れにしまっていた布団を、俺のベッドに置いた。
「……俺は、もう寝る! ケンカするなら勝手にしてろ!!!」
俺は二人をほっといて部屋を出ようとした。
そんな俺を見た黎は、とっさに俺の腕を掴んだ。
「おい晴司! どこいくんだよ!」
「あ? だから、寝るんだよ」
「……ここって、晴司の部屋じゃないの?」
月乃は部屋を見渡しながら戸惑っていた。
「ああ、そうだけど、今日からしばらくお前の部屋だよ」
二人は、目を点にしていた。そして、元の意識を取り戻し、同時に声を上げた。
「なんでだよ!!」
「なんで!!??」
俺に詰め寄る二人。
(なんなんだよ……)
「何でって……月乃の部屋がないからだろ?」
「わ、私は別にいいわよ!」
「そうだそうだ! コイツは押しかけてきたんだから、部屋なんて必要ないだろ!!??」
(家に押しかけてきたのはお前も同じだろうが……!!)
「……そういうわけにはいかないだろ?
月乃も女の子なんだから、着替える部屋とかないと困るだろうし、何より床に寝せるわけにはいかんだろ……」
「だからって―――!!」
「――黎、止めな……」
俺らのやり取りを見かねたのか、いつの間にか千春さんが来ていていて、まだ文句言いたげな黎を封じた。
そして、俺の方を向き、持っていたタバコに火をつけた。
「……晴司、本当にいいのか?」
「ああ。しょうがないだろ」
「……そうか」
千春さんは少し微笑んで、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「なんだよ!!」
「何でもないよ!!」
そう言う千春さんは、なぜかとても嬉しそうだった。
しばらく俺の頭をぐしゃぐしゃにした千春さんは、もとの顔に戻り、月乃の方を向いた。
「……だそうだ。月乃、今日からしばらくこの部屋を使いな」
「……でも……」
千春さんの言葉を聞いても、月乃はまだ俺の方をチラチラ見ながら、申し訳なさそうな顔をしていた。
(いつもはもっと強情なのに、こんな時ばっかりお前は……)
「……さっき、千春さんに言われただろ? お前は、今日はお客さんなんだよ。
お客さんはお客さんらしく、相手の好意を素直に受け取っとけよ。あんまり断ると、俺に失礼だぞ?」
その言葉を聞いた月乃は、顔を上げ、頬を桃色に染めた。
「晴司、ありがとう………」
月乃は笑顔でそう言った。
そんな顔でお礼を言われると、何か非常に照れてしまう。
……でも、悪くない。
しかし、そんな雰囲気の中、ただ一人、それをよしとしない人物がいた。
「アタシは納得できない! 何で晴司が追い出されるんだよ!
晴司が追い出されるなんて、オカシイだろ!!??」
黎は叫んでいた。
その姿は必死そのものだった。必死になって、俺たちに訴え続けていた。
そこには、月乃のこと以上の何かがあるように感じた。
そんな姿を見た千春さんは、一口タバコを吸い、大きく息を吐き出した。そして、怒りでもない、優しさでもない、何かを諭すように息を荒げる黎に話しかけた。
「……なあ黎。私は、お前の気持ちは分かってるつもりだ。
――でもな、お前は晴司の妻になるんだろ?
そのために日本に戻ったんだろ?」
黎はまだ息を荒げていた。それでも、千春さんの言葉は聞こえていたようで、小さく頷いた。
「だったら、今は晴司を―――お前の許嫁を立ててやってくれ。
今、晴司は男を見せたんだよ。お前の許嫁はな、お前が思ってる以上に成長してるんだ。
――それを、理解してやれ」
「…………」
黎は、黙って部屋に戻った。
俺と月乃は、乱暴に閉められる扉を見つめていた。
「黎に悪気はないんだよ。ただ、な…………」
黎の部屋の扉を見つめながら、千春さんは小さく俺たちに話した。
その目はさっきと同じだった。黎の全てを許すかのような、暖かくも寂しい目だった。
俺と月乃は、千春さんが最後に何を言おうとしたのかを聞くことはなかった。……とても、聞けるような空気でもなかった。
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結局俺は、居間のソファーで寝ることになった。
本来であれば不満を言うことだと思うのだが、それよりも気になることが頭の中を支配していた。
(黎のあの様子…………普通じゃなかった。
――黎にも、何か抱えるものがあるのだろうか………)
もちろんそれは、考えても分かるはずもなかった。
暗闇の中でそんなことを考えていると、突然俺のケータイが鳴り響いた。
時刻は深夜。こんな時間に誰が…………
ケータイの画面に表示されたのは、“佐々木星美”だった。
「……星美がこんな時間に電話するなんて……」
俺は違和感を感じながら、電話に出た。
「星美? どうした?」
「…………先輩…………」
電話の向こうの星美の声は、消えそうなほど小さかった。
「どうした? 何かあったのか?」
「…………」
星美は何も言わなかった。……しかし、かすかに何かが聞こえる。
俺は、耳を澄ましてその何かを聞こうとした。
「…………ヒク……ヒク…………」
それは、星美がすすり泣く声だった。
俺はすぐにソファーから立ち上がった。
「星美!? どうしたんだよ!!」
「……先輩………怖いです……怖い………」
星美はようやく言葉を発した。しかしその内容は、とても笑える話じゃなかった。
「星美! 今どこだ!? 家か!?」
俺は泣く星美から何とか住所を聞き出した。
そして、すぐに服を着替え、飛び出していった。
家の中から誰かに呼ばれた気がした。それでも俺は立ち止まることなく、夜の町に走り出した。
夜の町は、どこか不気味な空気を帯びていた。
通り抜ける風は、生ぬるくて、纏わり付くような感触だった。
俺は、不安に苛まれる自分を振り払うように、夜の町を駆け抜けた。




