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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
彼の日常は平穏とは程遠い
34/64

抱えるものと一本の電話

「な、なんだこれはああああ!!!」


 帰宅した俺を待っていたのは、まさに惨状だった。


「……お、お前ら……」


 俺は“そこ”にいたあの二人に、これ以上ないほどの怒りのオーラを浴びせていた。


「ア、アタシのせいじゃないからな! 全部月乃のせいだ!!」


「何を言ってるのよ。“こんな状態”になった原因は、黎でしょ?」


「何だと!!!」


「何よ!!!」


 怒り狂う俺を無視したまま、月乃と黎は再び火花を散らす。

 俺は二人の肩をガシッと掴んだ。二人はそれに反応し、体を硬直させ、不毛な言い合いを一時的に停止した。


「……お前らが犬猿の仲なのは知ってるし、どっちも負けず嫌いなのもよーく知ってる。

 ……でもな、だからと言って……何で“俺の部屋”がこうなるんだ!!!!」


 俺は凄まじい勢いでビシッと爆心地を指さした。


 ……そこは、まさに戦場だった。倒れまくる本棚とタンス。ぶちまけられた俺の本。ぐちゃぐちゃになった俺の机。ベッドから床に無造作に放り投げられた俺の布団……

 俺の部屋は、もはや俺の知ってる部屋ではなくなっていた。


「月乃が暴れたからこうなったんだよ!」


「元はと言えば、黎が“晴司の部屋で寝る”とか言うからでしょ!?」


「嫁が旦那と一緒に寝て何がいけないんだよ!!!」


「まだ結婚してないでしょ!? それが晴司にとって迷惑って言ってるのよ!!!」


 せっかく止まっていた不毛な争いは、再び勃発していた。二人は怒り狂ってる(つもりの)俺を無視するかのように、言い合いをしていた。

 ……さすがの俺も、我慢の限界だった。


「テメエら……いい加減にしろおおお!!!!」


 俺の怒鳴り声に、月乃と黎は体をビクッとさせ、再び停止した。そして、怯えた表情で俺を見ていた。


「正座!!!」


 二人は不満気な表情をしていたが、さすがに悪いと思っていたらしく、俺の指示に反論することなく、言われた通りに正座した。


「お前らは、俺の楽園を壊した。――これは、万死に値する……!!」


「……そんなオーバーな……」


「うるさいぞ黎!!!」


「ご、ごめん………」


 俺は鼻息を荒くしていた。

 おそらくここまで俺が怒るのは、二人にとって初めての経験だったのだろう。イタズラして怒られたちびっ子みたいに体を小さくしていた。


(しかし! そんなもんで俺の気が済むわけない!!)


「二人には、罰を与える!! 今すぐこの部屋を片付けろ!!!」


「……なんで今からなのよ。明日でも……」


「うるさいぞ月乃!!!!」


「ご、ごめんなさい……」


 二人は、再び体を小さくした。


 その後も、俺は珍しく怒りをあらわにし続けた。そんな俺を見た二人は、今回ばかりは反省の色を浮かべ、せっせと片づけをした。


 そして30分後、俺の部屋は再び楽園の姿を取り戻していた。


「……ふう。ようやく片付いたわね……」


「全くだよ……月乃が晴司の部屋で暴れなきゃこんなことには……」


「ちょっと!! だからあれは……!!」


「……お前ら……」


 ……二人は、まったく懲りていなかった。


(もうこれ以上は付き合いきれん)


 俺は布団を持って廊下に出た。そして、廊下に布団を置き、別の部屋の押入れにしまっていた布団を、俺のベッドに置いた。


「……俺は、もう寝る! ケンカするなら勝手にしてろ!!!」


 俺は二人をほっといて部屋を出ようとした。

 そんな俺を見た黎は、とっさに俺の腕を掴んだ。


「おい晴司! どこいくんだよ!」


「あ? だから、寝るんだよ」


「……ここって、晴司の部屋じゃないの?」


 月乃は部屋を見渡しながら戸惑っていた。


「ああ、そうだけど、今日からしばらくお前の部屋だよ」


 二人は、目を点にしていた。そして、元の意識を取り戻し、同時に声を上げた。


「なんでだよ!!」


「なんで!!??」


 俺に詰め寄る二人。


(なんなんだよ……)


「何でって……月乃の部屋がないからだろ?」


「わ、私は別にいいわよ!」


「そうだそうだ! コイツは押しかけてきたんだから、部屋なんて必要ないだろ!!??」


(家に押しかけてきたのはお前も同じだろうが……!!)


「……そういうわけにはいかないだろ?

 月乃も女の子なんだから、着替える部屋とかないと困るだろうし、何より床に寝せるわけにはいかんだろ……」


「だからって―――!!」


「――黎、止めな……」


 俺らのやり取りを見かねたのか、いつの間にか千春さんが来ていていて、まだ文句言いたげな黎を封じた。

 そして、俺の方を向き、持っていたタバコに火をつけた。


「……晴司、本当にいいのか?」


「ああ。しょうがないだろ」


「……そうか」


 千春さんは少し微笑んで、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「なんだよ!!」


「何でもないよ!!」


 そう言う千春さんは、なぜかとても嬉しそうだった。

 しばらく俺の頭をぐしゃぐしゃにした千春さんは、もとの顔に戻り、月乃の方を向いた。


「……だそうだ。月乃、今日からしばらくこの部屋を使いな」


「……でも……」


 千春さんの言葉を聞いても、月乃はまだ俺の方をチラチラ見ながら、申し訳なさそうな顔をしていた。


(いつもはもっと強情なのに、こんな時ばっかりお前は……)


「……さっき、千春さんに言われただろ? お前は、今日はお客さんなんだよ。

 お客さんはお客さんらしく、相手の好意を素直に受け取っとけよ。あんまり断ると、俺に失礼だぞ?」


 その言葉を聞いた月乃は、顔を上げ、頬を桃色に染めた。


「晴司、ありがとう………」


 月乃は笑顔でそう言った。

 そんな顔でお礼を言われると、何か非常に照れてしまう。

 ……でも、悪くない。


 しかし、そんな雰囲気の中、ただ一人、それをよしとしない人物がいた。


「アタシは納得できない! 何で晴司が追い出されるんだよ!

 晴司が追い出されるなんて、オカシイだろ!!??」


 黎は叫んでいた。

 その姿は必死そのものだった。必死になって、俺たちに訴え続けていた。

 そこには、月乃のこと以上の何かがあるように感じた。

 そんな姿を見た千春さんは、一口タバコを吸い、大きく息を吐き出した。そして、怒りでもない、優しさでもない、何かを諭すように息を荒げる黎に話しかけた。


「……なあ黎。私は、お前の気持ちは分かってるつもりだ。

 ――でもな、お前は晴司の妻になるんだろ?

 そのために日本に戻ったんだろ?」


 黎はまだ息を荒げていた。それでも、千春さんの言葉は聞こえていたようで、小さく頷いた。


「だったら、今は晴司を―――お前の許嫁を立ててやってくれ。

 今、晴司は男を見せたんだよ。お前の許嫁はな、お前が思ってる以上に成長してるんだ。

 ――それを、理解してやれ」


「…………」


 黎は、黙って部屋に戻った。

 俺と月乃は、乱暴に閉められる扉を見つめていた。


「黎に悪気はないんだよ。ただ、な…………」


 黎の部屋の扉を見つめながら、千春さんは小さく俺たちに話した。

 その目はさっきと同じだった。黎の全てを許すかのような、暖かくも寂しい目だった。

 俺と月乃は、千春さんが最後に何を言おうとしたのかを聞くことはなかった。……とても、聞けるような空気でもなかった。





==========





 結局俺は、居間のソファーで寝ることになった。

 本来であれば不満を言うことだと思うのだが、それよりも気になることが頭の中を支配していた。


(黎のあの様子…………普通じゃなかった。

 ――黎にも、何か抱えるものがあるのだろうか………)


 もちろんそれは、考えても分かるはずもなかった。


 暗闇の中でそんなことを考えていると、突然俺のケータイが鳴り響いた。

 時刻は深夜。こんな時間に誰が…………

 ケータイの画面に表示されたのは、“佐々木星美”だった。


「……星美がこんな時間に電話するなんて……」


 俺は違和感を感じながら、電話に出た。


「星美? どうした?」


「…………先輩…………」


 電話の向こうの星美の声は、消えそうなほど小さかった。


「どうした? 何かあったのか?」


「…………」


 星美は何も言わなかった。……しかし、かすかに何かが聞こえる。

 俺は、耳を澄ましてその何かを聞こうとした。


「…………ヒク……ヒク…………」


 それは、星美がすすり泣く声だった。

 俺はすぐにソファーから立ち上がった。


「星美!? どうしたんだよ!!」


「……先輩………怖いです……怖い………」


 星美はようやく言葉を発した。しかしその内容は、とても笑える話じゃなかった。


「星美! 今どこだ!? 家か!?」


 俺は泣く星美から何とか住所を聞き出した。

 そして、すぐに服を着替え、飛び出していった。

 家の中から誰かに呼ばれた気がした。それでも俺は立ち止まることなく、夜の町に走り出した。


 夜の町は、どこか不気味な空気を帯びていた。

 通り抜ける風は、生ぬるくて、纏わり付くような感触だった。

 俺は、不安に(さいな)まれる自分を振り払うように、夜の町を駆け抜けた。



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