表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
彼の日常は平穏とは程遠い
33/64

大人になること

 夏休みの始まりの夜。俺の家では家族会議が開かれた。

 テーブルには俺、月乃、黎、そして、実質家長の千春さんが顔を並べる。

 重々しい雰囲気だ。それはそうだろう。

 健全で常識的な夏休みを過ごせ的なことを言われたその夜に、高校生の女子が高校生の男子の家に泊まりに来る。むしろ同居しに来る…………

 先生が泣いてるぞ!


(さあ千春さん! こんなとんでもない女に、大人の厳しさを!!)


「……よし分かった。許可しよう」


(………家族会議、終了…………)


「……って何でだよ!!!」


 俺は机をバンと叩き、思わず立ち上がった。


「千春! アタシは反対だよ!!」


 黎も俺に続き、同じく机をバンと叩いて立ち上がった。


(おお! 黎も同じ気持ちか!!

 コイツにも、一部の常識が――――!!)


「アタシと晴司の新婚生活が台無しだろ!!??」


「やっぱオメエは黙ってろ!!」


 千春さんはタバコに火をつけた。そして白色の溜め息をついた。


「まあ落ち着け。聞けば、ご両親の許可ももらってるって話じゃないか…………

 どこに問題があるんだ?

 確かに、今までみたいに家に晴司しかいないのなら、私だって反対だよ。

 ――でもな、今は黎もいるんだ。それなら大丈夫だろ。

 ……“まさかの事態”なんて、黎が許さないだろ?」


 千春さんが含みのある視線を黎に送った。その言葉を受けた黎は、愚かにも千春さんの策略にまんまとはまった。


「当たり前だろ!! 晴司に近付くことすらアタシが許さない!!」


「…………決まりだな」


 千春さんはニタリと笑った。その顔を見た黎は、その場で敗北を理解し、ただ項垂れた。


「させるかああ!!」


 黎は敗れたが、俺はまだ健全だ!


 こうなったら、俺が徹底抗戦をしてやる!!


(――俺の、平穏がかかってるんだ!!)


「……なあ晴司。そもそも、こうなった原因は、何だとおもう?」


 俺の体がビクッと震えた。千春さんの視線は、黎の時と違い、鋭く刺すようだった。


「それとも何か? この場で、お前が決めるか?

 私はどっちでも構わないぞ。――さあ、決めろ晴司。さあ」


 俺は横目で両サイドにいる月乃と黎を交互に見た。


 月乃は、真剣な表情で俺を見ていた。

 黎は、力を込めた表情で俺を見ていた。


 体を嫌な汗が流れる。足がガクガクしている。


(負けてたまるか! 認めてたまるか!

 ……ここは、俺の家なんだ!)


 ……そんな俺の意思に反し、俺の体はドカッと椅子に座ることを選んだ。そして、口からは敗北を告げる言葉が溢れた。


「……千春さんに……任せるよ……」


「――では、改めて決定だな」


 そう言って千春さんは吸っていたタバコを、ぐしゃっと無造作に灰皿に押し付けた。

 その光景は、試合終了のゴングのように思えた。


「ありがとうございます。千春さん」


 月乃は深々と頭を下げた。そんな月乃の姿を見た千春さんは、クスリと笑い、足を組み直した。


「まあ、私がしてやるのはここまでだ。後は、お前がやるんだな。

 ………黎は、まがりなりにも私の娘だ。手強いぞ?」


「……わかってます。でも、負けませんから」


 そう話す月乃は、強い目をしていた。

 何者にも侵害されない意思。何者にも屈しない意思。それらの強い気持ちが、目を見るだけで伝わって来るかのようだった。


「……なるほどな。あの黎が手こずるわけだ……」


 そう呟いた千春さんはゆっくりと立ち上がった。


「ま、今日まではお客さん扱いにしてやる。くつろいでくれて結構だ。

 ……それと、晴司」


「なんだよ」


「コンビニに行くから付き合え」


 千春さんは指を前後に動かし、俺に来いというジェスチャーをした。

 しかし、敗れた俺にはそんな元気などなく……


「いや、家にいる」


「……ほう。私の命令が聞けないのか?」


 どっかで聞いたことがある言葉だったが、迫力が全然違う!

 体の芯から震えがきたようだった。


「…………行きます」





==========





 家に月乃と黎を置いていくのはかなり不安だった。

 ……しかし、かといって千春さんに逆らうほうがもっと怖い。

 俺は、夜道を千春さんと二人で歩いていた。


 すると千春さんは、コンビニとは違う方向に曲がり、そのまま歩き出した。


「千春さん! どこ行くんだよ!」


「いいから来い」


 千春さんは有無を言わせないような態度で歩き続けた。

 俺は仕方なく、その後ろを付いていった。


 着いた場所は、道路沿いにある自動販売機の前だった。

 町から少し離れた場所にあって、車もほとんど通ってなかった。


「…………ほら」


 千春さんは自動販売機でコーヒーを二本買い、一本を俺に投げてきた。俺は千春さんが一口飲むのを確認して、タブを起こし、一口飲んだ。


「…………苦い」


「ハハハ。ブラックだから当たり前だろ。お前も早くそれを飲めるようにならないとな」


 そう笑いながら、千春さんはもう一口飲んだ。

 そして、コーヒーを片手に、静かに語り始めた。


「…………正直、驚いたんだよ」


「何が?」


「黎のことだよ。アイツが、お前以外の奴に関心を持つことにな。

 黎はな、昔から人見知りが激しくてな。しかも下手に何でもこなしてしまうから、誰にも関心を持たなかったんだよ。

 まあ、そのことについては私が口を出すことではないからな。今まで黙って見てたんだ」


 千春さんはもう一口飲んだ。


「……でも、日本に戻ってきてから、アイツが電話してきたんだ。


“絶対負けたくないヤツが出来た”


 ってな。

 そして、学校に入ってからは、お前以外の名前まで言い出したんだ。

 そいつらは、黎にとってはライバルだったけど、私は心からそいつらに感謝したよ。

 ――黎と出会ってくれてありがとうってな」


 千春さんの表情は、いつしか優しいものになっていた。

 そこには、いつもの千春さんじゃない、母親としての千春さんがいた。


「晴司、お前は幸せ者だよ。あんなに素敵な子達から想いをよせられてるんだからな。

 ……それはきっと、お前の人徳なんだ。

 お前は、それを誇っていいんだよ。

 ――お前は、お前自身が思ってる以上に大した男だよ」


 千春さんは、それまで見せていた優しい表情を俺に向けて言ってきた。

 千春さんは分かっていたようだ。俺が抱えるものを。

 それだけで、何か救われた気がした。肩の荷が降りた気がした。

 ……涙が出そうになった。


「……でもまあ、お前はこれからが大変だよな。あんな子達の中から、たった一人を選ばないといけないんだからな」


「………うぐ…………」


「ハハハハ……!!

 その顔、お前の父さんと同じ顔してる!」


 千春さんは腹を抱えて笑っていた。笑い声は、誰もいない道路に響き渡った。


「父さんと同じ顔?」


「ああ……兄さんはな、すごくモテてたぞ?

 ――それこそ、お前以上にな」


「マジか!!??」


(……あの父さんが……信じられん…………)


「ああマジだ。そして、お前と同じようにそんな顔で悩んでたよ。

 兄さんはな、優しすぎたんだよ。だから色々考え過ぎてたんだ。

 ……それでも兄さんは最後に一人を選んだ――晴司のお母さんを選んだんだよ。

 その時の兄さんは、カッコよかったな。

 ………大人、って感じだった」


 千春さんは少し照れながら話した。


 俺は、千春さんからここまで父さんの話を聞いたことはなかった。

 今の俺が、その当時の父さんと被って見えたのかもしれない。だからこそ、話したのかもしれない。

 それは千春さんが、俺もまた父さんのように答えを出すと信じているからだと思う。俺の想像だが、なぜか確信もあった。


「ま、よく考えろ少年。お前も大人になれ」


 そう言って千春さんは、残ったコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に捨てて歩き始めた。


「ちょっと、千春さん!!」


「お前は、そのコーヒーを飲み終わってから帰っていいぞ」


「でも、これってスゲエ苦いんだけど………」


 すると千春さんは振り返り、ニタッと笑った。


「それが、大人になるってことだ」


 千春さんはそのまま歩いて帰っていった。

 俺はそんな千春さんの背中を見つめ、父さんのことを思い出してみた。


(俺も父さんのように、いつか答えを出さないといけないんだよな………)


 それは誰かを泣かせる結果になるかもしれない。

 それは誰かに恨まれる結果になるかもしれない。


(――だけど、俺は…………)


 俺は残ったコーヒーを一気に飲み干した。

 口の中には、独特の苦味が広がったが、その中には、心地よい香りも広がっていた気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ