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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
キミの笑顔を守るもの
31/64

二人の物語

 俺たちは駅のホームにいた。


 座っていたベンチの前を通る人々は、皆一様に前に進んでいた。立ち止まり、ベンチに重く座りかけるのは、俺と空音だけだった。


 人が混雑していたホームも、電車が何本か過ぎると、元のガランとした寂しいものへと変わる。――そして再び人が集まったかと思えば、電車が過ぎると、やはりそこには俺達しか残らなかった。



 俺はそんな光景を何も考えずに見ていた。ベンチの背もたれにもたれ、両手を力なく下にぶら下げたままの格好で、行き交う人々をただ見つめていた。


 空音は縮こまったように俺の隣でちょこんと座っていた。顔をずっと伏せたまま、手を軽く握り締めながら。



 俺と空音が座る位置には少し距離があった。昼ご飯の時のように隣どおしに座っていたが、昼ご飯の時と比べ若干離れていた。



 その距離は、傍から見ると同じように思えるかもしれない。――でも、俺には、俺たちには、遥か遠くのように思える距離だった。




 ホームに集まる人がほとんどなくなった頃、空音は、その重い口を開いた。




「……本当は、分かってたんだ。昨日電話があった時から………

 だって、普段の楠原くんは、私を遊びなんかに誘わないもん」




 空音は、微笑みながら言っていた。でも、その笑顔には何かが決定的に欠けているような気がした。心のような――目に見えないが間違いなく存在する何かが、その笑顔には込められていなかった。




「私ね、実は結構前から諦めてたんだ。だって、楠原くんの周りには、あんなに魅力的な子が多いんだもん。

 陽子ちゃんに星美ちゃん、月乃ちゃん……あんなに素敵な子ばっかりなのに、私なんかじゃ相手にならないって思ったんだ。

 ……でも、黎ちゃんがあの日に言ったあの言葉は、そんな私の心に突き刺さった。あんなに真っ直ぐに、ひたすらに自分の気持ちを表現出来ることに嫉妬したし――同時に、すごく羨ましかった」




「空音の気持ちなら、空音自身から聞いたよ。それと同じだろ?」




 俺の言葉を受けた空音は、少しはにかんで、小さく首を横に振った。




「私は、黎ちゃんみたいには出来なかったよ。私が楠原くんに気持ちを伝えたのだって、月乃ちゃんが後押ししてくれたからだよ。

 ……私一人なら、絶対無理だった」




 空音は涙を少しだけ浮かべ、真っ直ぐな目で俺の顔を見てきた。そこには、何かを決意したかのような強い意思と、何かが壊れそうな儚い想いが入り交じっているように映った。




「私ね、気持ちで負けちゃってたんだよ。月乃ちゃんに。星美ちゃんに。陽子ちゃんに。黎ちゃんに。

 みんなを見てたら、それが嫌ってほどわかった。

 みんなには楠原くんしか見えてない。――だけど、私は楠原くんだけを見れなかったんだ。


 ……それが……そのことが………

 ……たまらないくらい……悔しい………」




 空音は、それまで必死に耐えていた涙を一斉に流していた。


 表情は色のない微笑みを浮かべ、涙は想いの全てを込めるかのように流れていた。笑顔と涙――相反するはずの両方の表情が入り混じり、空音は俺を見続けた。



 ……俺はそれを、ただ黙って見続けた。



 空音は涙を人には見せたがらない奴だ。映画館の時でも、すすり泣く声を出しながらも、必死に表情を隠していた。


 ……そんな空音が、今は俺に涙を見せていた。隠すことなく、抑えることなく――ただただ流していた。



 この前空音を遊びに誘ったとき、こうなることを予想していた。入り方は少し違っていたが、結果として俺は空音を泣かせてしまった。



 則之から言われた言葉は、今の俺には空しい幻想にしか感じない。俺には、この涙を止めることは出来ない。――今、それを止めることが出来るのは……



 俺は静かにベンチを離れた。


 空音はそれ見て俯いて、それまで浮かべていた表情を変えた。


 空音から死角になる位置まで移動した俺の耳には、深い悲しみと全てを諦めた喪失感が読み取れる、空音の泣き声が聞こえていた。


 その声は決して大きくはなく、むしろ小さい声だった。――でも、俺の心には、やけに大きく響き渡っていた。





==========





 少し間を置いてベンチに戻った。


 その時には、空音の口からは泣き声は聞こえなかった。でも、熱を帯びた涙は頬を伝っていて、顔は火照っているようだった。



 空音は、懸命に俺に想いを伝えた。今まで心の奥底に沈めていた想いを、勇気を振り絞り、口に出して伝えた。



 ……俺も、そんな空音に答えなきゃいけない。――たとえ恨まれても、さらに深い悲しみを与えるとしても、それはしなくちゃいけない。


 それが、それだけが、今の俺に出来ることだと思った。




「……空音、少し、話をしていいか?」




 空音は返事をしない。俯き、指すらも動かさなかった。


 ……それでも、俺はしゃべり始めた。




「……俺さ、実はこの前、則之と夜に会ったんだよ。そこで、則之から言われたんだ。


“空音の笑顔を守れるのは、晴司だけだ”


 ってな」




 空音の手が、かすかに動いた気がした。




「だから俺はお前を誘ったんだよ。確かめるために。

 ……そして、分かったんだよ。則之が言っていた、“空音の笑顔”ってやつが。


 ――いや、マジで可愛かった。その笑顔は、月乃にも、黎にも、星美にも、陽子先輩にも、誰にもない――空音だけの、笑顔だったんだよ」




「……私……だけの……」




 空音は俯いたまま、静かに小さく声を漏らした。




「ああ。お前だけの笑顔だ。則之が好きな、俺が初めて知った、お前だけの――お前にしかない笑顔だ。


 それを見て、すぐに気付いたよ。則之は、この笑顔の空音を好きになったんだってな。

 ……だからこそ、その笑顔を絶やさないために、アイツは自分の感情を――気持ちを抑えて、お前と俺のためにいろいろしてたんだってな」




 俺は、静かに呼吸を整えた。そして、夜に変わった空を見つめながら、空音に伝えた。




「今日、一日お前と過ごして、本当に楽しかった。これは、嘘なんかじゃない。


 ……俺は、お前が好きだって改めてわかった」




「………え?」




 空音は、涙を浮かべた表情のまま、顔を上げて俺の目を見ていた。


 ……俺は、心の中で、もう一度勇気を出して覚悟を決めた。




「本当だ。俺はお前が好きだ。


 ……でも、“俺の好き”ってのは、“空音が望む好き”とは違う――全然違うんだよ。

 俺は、どうしてもお前を“友達”ってジャンルから切り離すことは出来ない。

 ……俺の中では、やっぱりお前は“友達”なんだ」




 俺の言葉で、空音の目からはさらに涙が流れた。止めどなく、限りなく大粒の涙が、空音の頬を流れ続けた。


 そんな空音の表情は、俺の心を締め付けた。砕けそうなほどに。――だけど、俺はここで立ち止まるわけにはいかなかった。


 ……答えは、すぐ傍まで来ていた。




「則之は、俺にしか空音の笑顔を作ることができないって言ってた。でも、本当にそうなのかな……

 ――そうだとしたら、なんで則之はそんな空音の笑顔を知ってるんだ?」




 その瞬間、空音の虚ろに揺れていた瞳は、大きく見開いた。まるで、何か重要なことを思い出したかのように。




「今日で、空音の笑顔は、本当に幸せな時に見れるものだってのがわかった。――幸せの形だって分かった。

 でもそれは、何も俺一人だけが生み出せるものなんかじゃないんだよ。


 ……それは空音だって本当は気付いていたはずだ。幸せの形を生み出せる奴が、もう一人いることを、な」




 その言葉のあと、ホームにはアナウンスが流れ、一本の電車がホームに走りこんできて、細く高い音を出しながら止まった。


 そして、鈍い音と共に開かれた扉からは、一つの姿が飛び出してきた。




「晴司!!! 空音はどうなったんだよ!!!!」




「……よう、則之。ちょうどいいタイミングだ」




 飛び出してきた則之は、俺と空音の姿を見て固まってしまった。




「……へ? ……空音?」




「……則之?」




 顔中から汗を流す則之と、瞳から涙を流す空音は、見つめ合ったまま動かなかった。




 俺はベンチを離れた間に、則之に電話していた。電話口で、俺は焦った声を出しながら、則之に言った。


“空音が倒れて病院に搬送された。病院まで案内するから急いで学校近くの駅まで来い”


 ……と。




 則之が乗ってきた電車は走り去り、代わりに反対側の線路に、俺たちの地元に向かう電車が走りこんできた。



 俺は背中越しにいる空音に向かって、電車の音にかき消されないように、全力で叫んだ。




「空音! 自分に気付け! 自分の心に正直になれ!!


 お前には、こんなにも一心にお前を想い続ける、最高の男がいるんだ!!!


 コイツのことは、親友の俺が保障する!! コイツなら、あの笑顔を生み出し続けることが出来る!!!

 お前だって、本当はそれをわかってるはずだろ!!!」




 則之は、俺の顔と空音の顔を交互に何度も見ていた。今の状況が理解しきれないようだった。


 ――そんな則之の肩をポンと叩いた。




「わりい、則之。やっぱ、俺には荷が重すぎたみたいだ。


 ……あとは、お前の役目だ。――頼んだぜ、“親友”……」




「晴司………」




 俺は体を返し、二人の顔を見ることなく停車していた電車に乗り込んだ。電車のドアは閉まり、ゆっくりと動き出した。





==========





 一定の間隔で音を鳴らし、少し上下に揺れる電車。


 その窓から見た最後の景色には―――



 あのベンチに座り込む空音と、そんな空音を抱きしめる則之の姿が映っていた。




 これからの空音と則之の物語は、あの二人が主人公なんだ。


 ――そこに、俺の椅子はない。




 俺は、二人の未来に幸福が訪れるよう心から願いつつ、スピードを上げ、暗闇を走り抜ける電車の窓から、澄み渡った夜空を眺めていた。













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