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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
キミの笑顔を守るもの
30/64

儚い幸せ

 週末の土曜日。俺は駅に来た。


 待ち合わせの時間まで、15分少々ある。まあ、早く来て損はないわけで、たぶん誰もいないであろうロータリーで待とうと思っていた。



 ……しかしそこには、既に空音の姿があった。




「あ、楠原くん。おはよう」




「ああ、おはよう空音。早いな」




「うん! だって、初めて楠原くんから誘われたから嬉しくって………!!」




 空音はずっとニコニコしていた。



 ――こうして二人きりになったのは二回目である。最初は学校の昼休み。則之の謀略により二人きりになった。


 そして、今回は二回目。――いや、自らの意思でこうしたことを考えれば、初めて二人きりになったと言えるかもしれない。



 そういう意味で、空音がはしゃぐのだろう。



 そんな空音を見て、俺は笑顔を浮かべていた。


 ……でも、その奥に秘めたものを考えると、胸の奥がずっと傷んでいた。笑顔の空音が、俺の胸を刺し続けた。





 俺たちはいろんなところを回った。まあ、基本的には空音に行くところを決めてもらったから、人形やらぬいぐるみといった可愛いもの巡りとなったわけだが……



 空音はずっと笑顔を振り撒いていた。女の子らしい服装に身を包み、清らかで優しい笑顔だった。そんな空音の姿を見た通行人の男は、振り返り、彼女を見た。



 ……則之が言っていたのは、きっとこの笑顔のことだと思う。――いや、この笑顔に間違いない。則之は、こんな笑顔を見せる彼女を、心から好きなのだろう。



 則之は言っていた。この笑顔は、俺にしか作れないと。しかし、本当にそうだろうか。



 空音のこの笑顔は、確かに今俺に向けられている。……もちろん、則之と俺と空音が三人でいるときには見られなかった表情だ。これは、俺といるからこそ見れるのだろう。



 でも、則之は言っていた。この笑顔を好きだと言っていた。つまり………




「……楠原くん?」




 気が付けば、空音が俺の顔を覗きこんでいた。




「あ……な、なに?」




「やっぱり聞いてない……」




 空音はムスッとした表情をして、俺を横目で見ていた。




「ごめんごめん。で、なんだって?」




「もう……お昼、どうするのって言ったの!」




「ご、ごめんって……ええと、考えてなかったな………」




 その言葉を聞いた空音は、今まで不機嫌だったのが嘘のようにパアっと表情を明るくした。




「じゃあ、公園に行こうよ!」




「公園に? 公園に売店なんてあったかな……」




「いいからいいから! 行こ!」




 空音は俺の腕を強引に引っ張って行った。





==========





 公園には人がたくさんいた。家族ずれ、ペットの散歩、運動……


 それぞれが違う目的でこの公園に来ていたようだ。



 俺は、俺の目的を達成するために周囲をキョロキョロと見渡してみた。いくら探しても、ここに飯屋はないのだが……




「空音、ご飯なんて売ってないぞ?」




「……本当、鈍いんだから……」




「何が……」




 呟いた空音の方を振り向くと、空音は俺の顔の前に、いつか見た弁当箱を出していた。




「……私、作ってきたんだ」




 空音は、少し照れながら話した。頬を赤くしているが、それを見られないように下を向いていた。その姿はなんとも可愛らしく、俺まで顔が熱くなってきた。




「お、おう……」




 俺は差し出された弁当箱を手に取った。そのまま、俺たちは固まっていた。



 ……弁当片手に立ち続ける彼。その前で頬を染め俯き立ち続ける彼女。

 他の人から見たら、何とも不思議な構図だろう。



 とりあえず、落ち着くことにした。




「空音、ベンチに座ろうか……」




「う、うん………」




 俺たちは実に固い動きでベンチに座った。

 ……なんか不自然だ。ロボット的な動きを二人ともしてるし。



 俺は弁当のふたを手に取った。




「………あ、開けるぞ?」




「いちいち言わなくていいよ。なんか恥ずかしい……」




 空音はさらに深く俯いてしまった。


 ……俺が弁当に過敏になるのは、どう考えてもアイツのせいだろうな……



 俺はゆっくりとふたを開けた。そこには、未だかつて見たことがないほどの弁当があった。



 真っ白に炊き上がったご飯は、一粒一粒がキラキラ輝いている。玉子焼きには焦げ目がなく、鮮やかな黄色を放つ。鳥のから揚げは、時間が経ってもジューシーさがまるで消え失せていないかのようだった。ホウレン草はバター炒めらしく、ほんのりとバターの香りが漂い食欲をそそる。そして、隅には真っ赤で水々しいプチトマトが彩を整えていた。



 そうだ! これが弁当なんだ!! これこそ弁当なんだよ!!!


 俺は空の彼方に向かって、そう心の中で叫んでした。



 しかし、弁当とは見るものではない。食べるものなのだ。




「……いただきます」




 俺はおそるおそる口に入れた。ゆっくりと、味を確かめるように噛みしめる。




「――――うまい!!」




「ほ、本当!?」




 空音は俯いていた表情を上げ、手を口に当てていた。




「ああ本当だって! マジでうまいよ!!」




「よかったぁぁ………」




 空音は胸を撫で下ろしていた。空音としても不安だったんだろうな……




「ところで、お前のご飯はどうするんだよ」




「私のはないよ」




「え!? じゃあ、ご飯どうするんだよ……」




「別にいいよ。だって、楠原くんが私の弁当食べてくれてるだけで満足だし」




 そう言って空音は微笑んだまま俺を見つめていた。その表情は、実に穏やかだった。


 ……いや、微妙に俺の質問とは回答がズレてるんだが……

 ……それに、なんか食べづらいな………




「……空音もこの弁当一緒に食べないか?」




「え!?」




「いや……だって、俺一人でご飯食べるのは、ちょっとな………」




「で、でも! お箸とかないし!!」




「そんなもん、この箸を使えばいいだろ?」




 俺は使っていた箸をカチカチ鳴らせた。




「なあ――――!!??」




 空音は絶句していた。目が点になってる。




「あ、さすがに一緒の箸は嫌か………」




「いやいや全然!! むしろ………」




 そう言って空音はさらに固まった。顔全体が真っ赤になり、湯気が出ているようだった。




「じゃあ、何食べる?」




「………た、玉子焼き……」




 空音はおそるおそる答えた。俺は玉子焼きを箸でつかんだ。




「ほら、空音。口を開けろよ」




 つかんだ玉子焼きを空音の口の前にやった。空音は揺らいだ目をうかべながら、困った表情をしていた。それでも、ゆっくりと口を開いた。




「あ……ん」




 空音は玉子焼きを口に含め、ゆっくりと噛みしめていた。空音が嚥下えんかしたのを見届けて、俺は空音に話しかけた。




「どうだ? うまいだろ?」




 って、空音が作ったやつだから聞かなくてもわかると思うが………




「……うん。とってもおいしい………」




 空音は、本日最高の笑顔を俺に見せた。


 頬は依然として赤く染まり、その目は雫をまとい、キラキラと光を放ちながら揺れていた。





「だろ!? 俺感動したよ……」




「もう……オーバーだよ………」




 オーバーなもんか。あの兵器を経験した俺だからこそ、この感動は凄まじいものがあるんだ。




「楠原くん……」




「ん? どうした?」




「………もう一個、食べたいな………」




 空音は、さらに顔を赤くして、小さな声で言ってきた。




「よしよし。任せとけ」




 俺たちは一つの弁当を二人で食べた。空音は終始固い雰囲気だったが、その顔は幸せに満ちていた。





==========





 ご飯を食べた後、俺たちはさらにいろいろ回った。時間を忘れ、ひたすらに歩き回った。



 そして、気が付けば、時刻は夕方になっていた。




 俺たちは帰るために、駅まで歩道を歩いていた。


 その歩道は、線路沿いにある、街路樹が等間隔に植えられ赤レンガが敷かれた、綺麗な歩道だった。住宅街から少し離れたこの道には、前後左右を見渡しても俺たちの姿しかなかった。



 すると、急に空音が立ち止まって、俺を呼び止めた。




「………ねえ楠原くん」




「……なんだ?」




「――そろそろ、いいよ」




 空音の表情は曇っていた。しかし、空音が言った言葉は、“それ”を躊躇していた俺の背中を押すことになった。



 俺は、ずっと心に秘めていたものを出そうとした。




「………空音、今日お前を誘ったのはな―――」




「―――分かってる」




 空音は俯き、俺の口から言葉を言わせないかのように、そう言った。




「………分かって……いるから………」




 空音は顔を上げた。そこには、今日の空音ではない、いつもの学校での空音の笑顔があった。




 ……そして、少し笑顔を浮かべた空音の顔には、頬を伝って落ちる、一筋の涙があった。



 その涙は、儚い幸せの終わりを告げていた。







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