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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
キミの笑顔を守るもの
29/64

男の約束

 いきなりだが、俺は今、唯一の安息の地とも言える場所にいる。ここならば奴らも手が出せまい。

 いるのがわかっていても手を出せない場所…………

 そう、男子トイレだ。

 もちろん用を足しに来た訳ではない。俺は項垂れるように座り続けている。


 あれから、教室はまさに戦場だった。

 月乃、黎、空音、星見が睨み合い、膠着(こうちゃく)状態が続いた。

 最終的には生徒指導の先生がキレ始め、誰からというわけでもなく、自然と騒ぎは治まった。

 ……いや、水面下に変わった、と言えるだろう。

 その証拠に昼休みは4人による俺の隣の取り合いが始まり、帰りは帰りで腕の引っ張り合う。家にいても黎が部屋に押し掛けてきたり、ひっきりなしにメールや電話が鳴りまくる。

 ……もし黎が居候してるなんてバレたら、みんなして俺の家に押し掛けかねない事態だ。

 今まで抑えていたものが、黎をきっかけに一斉に吹き出したかのように、各人のアピールが凄い。……ていうか怖い。みんな目が血走ってる気がする。


 唯一の救いは、他の女子からの手紙がキレイになくなったことだ。

 まあ、それも当然の結果と言える。


 ご存知、学校一の人気を誇る才色兼備の完全無欠の超人――柊月乃。

 一年を中心に絶大な人気がある無敵の妹――佐々木星美。

 家庭的で優しくクラスでも人気があるみんなのお母さん――久木空音。

 月乃と負けず劣らずのルックスを持つ、男よりも男らしい女傑――白谷黎。


 ……この4人の戦いに参戦出来る猛者なんてそうそういるはずもなく、女子達は静かに、一斉にフェードアウトした。




==========





 一方、則之はいつも通りに見える。いつも通りにバカな発言をし、いつも通りに絡んでくる。

 ……でも、時折ひどく寂しげな表情を見せるようになった。

 明るく振る舞ってるかと思いきや、急に真顔でひたすらに外を睨み、しばらくしてまたいつも通りの則之に戻る。


(……やっぱり、空音が原因何だろうな

 自分がずっと想ってきた女が、自分の友達に目の前で告白するなんて悪夢以外のなにものでもないだろうしな……)


 俺はふと、いつか月乃に言われた言葉を思い出した。


“あなたは決して二人を繋ぐ橋にはなれない”


 今なら、この言葉の意味が嫌というほどわかる。俺は則之の友達として、親友として、分からないなりにも則之を応援してきた。

 でも、いくら俺がやっても、今の則之にとっては、全てが嫌味に見えたことだろう。

 そしてあの日、空音に想いを告げられた日、俺は気付いたはずだ。則之が空音の気持ちを知っていたことに。

 ……それでも、則之は俺にいつも通りに絡んできた。俺は、そんな則之の優しさに甘えていたんだと思う。

 もし、則之からののしられたのなら、俺はそれを受け入れようと思う。それが大バカ野郎な俺への罰だ…………そんな風に思っていた。

 でも、則之は俺を責めることはなかった。まるで何もなかったかのように接してくる。時々俺すらも、全てを忘れ、いつも通りに則之に接してしまう。

 ……だが、その度に則之の辛そうな顔を垣間見て、無理矢理現実に戻ってくる。


(このままじゃいけない気がする。このままだと、俺も則之もダメになる気がする。俺はどうするべきだろうか……)


 いくら考えても、今の俺にはその答えが出せなかった。


 その日は普通に学校を終えた。

 でも、俺の中では何も決まってなかった。何も答えを見つけ出せなかった。そんな自分が無茶苦茶情けなくて許せなくなっていた。

 そして、その日の夜、俺は則之に電話をした。


「おう晴司。どうした?」


 則之は相変わらずの軽い口調で電話に出た。


(………則之、それじゃダメなんだ)


「則之………今から近くの河原に来てくれ」


「はあ? 何でだよ」


「いいから……頼む」


「……晴司……お前、まさか………」


「…………」


「俺に! コクるつもりじゃ――――!!」


 ――――ガチャ……


 俺は則之が言い終わる前に電話を切った。

 則之は、最後まで則之だった。いつも通りバカで、いつも通り寒い冗談を言う…………いつもの則之だった。

 ……でも、俺は知っている。どんなにバカでも、どんなにオチャラケてても、肝心のことには気付く。則之は、そんな奴だってことを。

 いつもの俺なら、そんな則之に甘えて終わりだ。でも、今日はそういうわけにはいかなかった。


 俺が玄関を出ようとすると、黎に気付かれてしまった。


「あれ? 晴司、どっかいくのか?」


「……ああ。ちょっとな…………」


「コンビニ行くならアタシも――――」


「――――いや、一人がいい」


 黎の言葉を止めるかのように、俺は間髪入れずに行った。黎は、それにカチンと来たようだった。


「なんでだよ! だいたいお前、まだ足が完全に治ってないんだろ!? アタシも一緒に――――!!」


「――――黎、頼む」


 怒りながらだだをこねてた黎は、俺の顔を見た後、急に黙り込んでしまった。

 そして、すぐに笑みを浮かべ、その瞳に俺の姿を映していた。


「……何があったか知らないけど……いや、知らなくてもいいや。そんな顔した晴司は、きっと大丈夫だ。

 さすが、アタシの旦那だな」


 黎の瞳は輝いていた。そして、言葉や行動はなくても、黎は俺の背中をそっと押してくれた。


「……誰が旦那だよ。――留守番、頼んだぞ」


「ああ。待ってるからな」


 黎は、俺が玄関を閉めきるその時まで、俺の姿を見つめ続けていた。


(―――ありがとうな、黎)





==========





 河原は家からすぐのところにある。則之の家は俺の家から少し距離があるが、ちょうどこの河原が、俺の家と則之の家の間に位置している。

 この河原は、とくに何もなく、道からの斜面を下ったそこには小さな雑草だけしかない空地のようなところになっている。普段はバーベキューに使われたり、街の行事にしか使われないここは、夜間は誰もいない静かなところだった。

 河原には、すでに則之が来ていた。草むらに座って空を見上げていた則之は、俺に気付いて立ち上がった。


「……で? なんか用か、晴司」


「ああ………」


 やっぱり、則之は何かに気付いていた。始めから電話口とは違う口調になっていた。


「あのさ……空音のことなんだけどさ」


「……だろうな。お前にしては、珍しく神妙な声してたしな。

 お前がそんな声で俺を呼び出すとしたら、空音のことしかねえもんな」


「あのさ……俺、今まで………」


「ストップ。それ以上は言うな」


 則之は俺の言葉を止めた。そして、俺に近付きながら話してきた。


「……実はな、俺はずっと前から気付いていたんだよ。空音の気持ちに」


「……そうなのか?」


「当たり前だろ? いったい何年空音を見てきたと思ってるんだ。アイツの気持ちなんて、手に取る様にわかるさ」


 則之は、俺の前に立っていた。


「だったら、なんで俺に何も――――」


「―――そして、お前が何にも気付いていないことに……な!!」


 大きく右手を振りかぶり、ただただ立ち尽くす俺の顔面に、全力で拳を振り抜いてきた。


「アグッ――――!!」


 俺はその衝撃で後ろに吹き飛び、倒れこんだ。松葉杖は遠くに吹っ飛んていた。


「……お前、最初っからこうされるつもりだったんだろ?」


「……分かってるじゃねえか、則之……」


 俺は立ち上がり、唾を吐いた。その唾は、真紅に染まっていた。


「色々考えたけどな、やっぱ俺にはなんも思い浮かばなかった。――だから、せめてお前に殴られようって思ったんだよ」


「……ホント、俺もバカだけど、お前もバカだよな」


 則之はニタッと笑ってた。そんな則之の顔を見て、俺もニタッと笑ってしまった。


「……則之、もうなんも説明しなくていいよな。

 今日は、思いっきり俺を殴れ! 今までお前を、お前の心を踏みにじってきた分だけ殴れ!!」


 俺は両手を広げた。俺には、それしか出来ないと思っていた。


「ばーか。誰が殴るかよ。今の一発で十分だ」


 でも、俺の覚悟を流すかのように、則之は斜面の方に歩いていき、芝生の上に寝転んだ。


「お、おい! 則之!」


「いいから晴司もちょっと横になれよ。星がきれいだぞ」


「………」


 俺は釈然としないまま、則之の言葉のとおりに芝生の上に寝転んだ。

 ……確かに星はきれいだった。この辺りには街灯も少なく、星の明るさが異様に目立つようだ。一つ一つの星の形がハッキリとわかるくらいに星は輝いていた。

 そうやって星を眺めたまま、則之は話し出した。


「……俺さ、空音に2回フラれた後、それでも諦めきれなかったんだ。だから、その時に決めたことがあったんだよ」


「決めたこと?」


「ああ。もし空音に好きな奴が出来たら、空音を全力で応援しようってな」


 俺は耳を疑った。コイツが言ってることは矛盾していた。

 諦めきれないのに応援する? なぜ?


「俺はな、空音の笑った顔が一番好きなんだよ。あいつが笑うと、自然と俺も笑えるんだよ。

 ――もし空音が俺以外を好きになったら、俺ではその笑顔は見れなくなる。空音は、俺と付き合っても本当の笑顔を見せないと思うんだ。

 だから、俺はあいつを応援しようって思ったんだ。――たとえ、空音の想いが俺に向いていなくても、アイツの笑顔を守ろうって思ったんだよ」


「則之……」


 則之は真顔だった。いつもの則之はそこにはいない。……いや、いつもの則之こそ、コイツの仮面だったんだろう。


「高校に入ってから、空音がお前を見た瞬間に、俺は気付いたんだよ。コイツは、晴司が好きなんだって」


「それって……1年のときじゃねえか! お前、その時から……」


「ああ。そうだよ。でもな、勘違いするなよ。俺は、その時にお前を恨んでなんかいなかった。今でもそうだ。

 ――俺は、嬉しかったんだよ」


「なんでだよ。俺が横取りした形じゃねえか」


「横取りなんかじゃねえだろ。決めたのは全部空音だ。あいつが選んだのが、俺じゃなくて晴司だっただけのことなんだよ」


「なんでそんなに割り切れるんだよ! 俺を恨めば、もっと楽だっただろ!?」


 俺は当然の疑問を投げかけた。むしろ恨んでほしかった。そっちの方が気が楽だった。


「確かにそうかもな。――でもな、お前を恨んだところで空音が俺の方を振り向くと思うか? 仮に空音を無理やり俺に振り向かせたとして、それで空音が笑うと思うか?

 ……それはない。ないんだよ。そんなので空音が笑うはずがないんだ。笑ったとしても、それは俺が求める笑顔じゃないんだよ」


 俺は、何も言えなかった。則之が言っていることが、十分すぎるほど理解できていた。確かに、空音はそんなことを求めることはない。

 則之の基準は、全て空音で回っていた。


「……話を戻すぞ。空音が晴司を好きだって気付いた時な、俺はホッとしたのは本当なんだよ。お前とは付き合いが長いからな。お前がどんな人間かは分かってるつもりだ。

 ――だからこそ、お前なら空音の笑顔を守ることが出来ると思ったんだよ」


「……俺は、そんな立派な奴でもねえよ」


「謙遜するなよ。お前は十分立派だよ。お前が思っている何倍もな。――なにせ、俺の親友だからな」


 則之はニコッと笑っていた。その笑顔に曇りはなかった。


「俺だって、色々やったんだぞ? お前に空音を紹介したり、空音とお前を誘って遊びに行ったり。

 ……でも、柊のときはマジで焦ったな」


 そう言うと、則之は真剣な表情になった。


「柊とお前が付き合ったって聞いた時は、正直お前をぶん殴ろうかと思ったんだよ。でも、お前は俺に本当のことを話してくれたよな。

 ……俺さ、実は、あの時の夜に、全部空音に話してたんだよ。お前と柊は付き合ってないって」


「はい!!?? で、でも、そんな感じは全然………そもそも、空音だってその後電話してきたし……」


「ああ、あれか……あれは、全部俺がさせたんだよ」


「はあああ!!??」


「空音がな、柊がどんな女なのか確かめたいって言ってたから、アイツらを二人っきりにしたかったんだよ。そのためには、お前と柊を呼び出さないといけないよな?

 だから、空音に軽く演技してもらったんだ。空音に、“二人は、本当に付き合ってるのか?”って聞いてみろって言ってな」


「じゃ、じゃあ………それからのことは………」


「ああ。計算通りだった。お前は俺にすぐ電話してきただろ? そこで、すかさずダブルデートを切り出す。“お詫び”って形でな。

 ……あとは、そこで柊と空音を二人きりにさせて、俺の作戦は見事成功ってことだ」


 ……衝撃だった。コイツがここまで頭が回る奴だとは……


(……いや、ちょっと待て……ってことは、月乃も騙されてた!!??

 則之………マジですげえ……)


「そんときも色々小細工してたんだぞ?あの映画だって空音の気持ちをお前に分からせるように、わざわざあの映画のチケット買ったんだし。

 でも、空音が柊を見て、“柊さんなら楠原くんを任せることができる”なんて言った時は、さすがに納得できなかったなあ………」


「それでお前はあんな顔をしてたんだな………」


「でも、そのまま空音が諦めたら、アイツは一生後悔することが分かってたんだよ。だから、次の日晴司と二人きりにさせたんだよ。そうすりゃ、空音がお前への気持ちをもう一度思い出すって思ってな。

 ……もっとも、晴司たちだけだと、どうせ会話も進まないこともわかってたがな。――だから、もう一つ小細工をしたんだ」


(まさか………)


「………キューピットか?」


「そうそう。お前は何とか俺のことについてどう思うか聞き出そうとして、空音はついつい好きな人がいることを漏らす。真面目なお前はそれがどんな奴かと空音に訊ね、空音はお前の頼みを断われず、お前のことを話す。

 ……どうだ? こんなとこだっただろ?」


(……まいった。恐れ入ったよ……)


「………降参だ」


「ハッハッハ。だてにお前らと長く一緒にいねえよ。お前らの会話なんて簡単に予想できるんだよ。

 ……ただ、誤算だったのは、佐々木星美と白谷黎だな。まさか、あそこにきて、お前を好きな奴があんなにいるとは思わなかった」


「………俺が一番びっくりしたよ」


「だろうな。でも、あの3人の勢いはすごかったからな。空音は完全に出遅れたんだよ。だから、俺は最後の作戦をすることにしたんだ」


「最後の作戦?」


「ああ。お前に全部ばらすことだよ」


「………ってことは………」


「予想通り、お前はこうやって俺と話してるだろ?」


 則之は、再びニタッと笑った。


「なんかムカつくなーーー!!!」


 ……そう、すべては則之の掌の上だったのだ。全てが則之の考え通りに進んでいたらしい。


「……俺の作戦は、俺に出来るのは、これで最後だ」


 則之は、突然俺の胸ぐらを掴んできた。そして、普段では絶対見せなかった、情熱に満ちた目で俺を見てきた。


「……お前が最後に誰を選ぼうが自由だ。それはお前が決めることだ。

 だけどな……逃げることだけは許さねえ。絶対に逃げんな。お前は、空音の気持ちに、アイツらの気持ちに、本当の気持ちで答えなきゃいけないんだ」


「……分かってるよ。だから、色々考えてんだよ」


「知ってるよ。お前なら……必ず答えを出すことも、な」


 そう言って、則之は俺を話した。その表情は、いつもの則之に戻っていた。

 そして、右手の拳を固め、俺に突き出してきた。


「――男の、約束だ!!」


 俺はフッと笑い、左手の拳を固め、則之の拳に当てた。


「――ああ! 当然だ!!」


 則之は、やっぱり俺の親友だ。そして、俺が思う以上に、則之は最高の男だった。

 ……だからこそ、俺はあることを決めた。いや、覚悟した。





==========





 それから、則之と別れた。


「白谷によろしくなー!!」


 最後に、則之はそう叫んでいた。


 家に帰ると、黎がいきなり俺に抱き付いてきた。


「な、なんだよ突然……」


「旦那の姿に惚れ直したんだよ!

 最後の男の約束……カッコよかったぞ!!!」


「見てたのか!!??」


「ああ! ばっちりと!!」


(………どうやら、後をつけられてたみたいだな)


「俺が殴られたとき、よく我慢したな」


「アタシだって、旦那を立てることくらい理解してるさ。かなり限界ギリギリだったけどな……」


 黎はわなわなと拳を固めていた。


(則之、危なかったな………

 ……ん? そういえば、最後の言葉………アイツ、気付いてやがったのか………)


 俺は、これまでの則之像を改めようと心底誓った。


 部屋に戻り、俺はある人物に電話した。

 四コールくらい鳴ったところで、その人物は電話に出た。


『もしもし? どうしたの?』


「悪いな空音。こんな時間に」


 空音は、もう寝ていたようだった。声が寝ぼけ声になっていた。


『ううん、大丈夫だよ。それで、どうかしたの?』


 俺は目を閉じ、一度深呼吸をした。

 そして、覚悟を決め、切り出した。


「なあ空音………今度の休み、二人で遊びに行こう」



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