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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
激動の臨海学校
24/64

漆黒の世界

 臨海学校2日目。

 今日のメニューは山登りらしい……っておかしくね? 二日目にして臨海学校って定義から外れてね?

 俺のそんな不安をよそに、生徒は一同に集められた。

 朝から外に並ばせられ、よく聞くような注意事項を先生が説明しているが、そんなものは雑音に等しいと言えるほど誰も聞いていない。

 今日登る山は、そこまで高くはないが、道が険しいらしい。先生は、『間違っても迷うなよテメエら』的なことを再三言っていたようだ。


(……ていうか、そんな危ない山選ぶなよ……)


 ……とかいう不満は心の中だけに抑え、とりあえず出発する。


 実際に歩きはじめると、口々に文句を言っていた連中も割と楽しそうにしていた。

 でも、確かに気持ちがいいもんだ。日射しは暑いが山を通り抜ける風は涼しく、山道に連なる木々は癒しを与えてくれる。よく耳をすませば、小鳥のさえずり、川のせせらぎが心地よいメロディを奏でているようだった。


「先輩気持ちいですねぇ」


「ああ。意外といいもんだな」


「うんうん。風が涼しくて、思ってたより歩きやすいね」


「晴司よ……こう、山を歩いていると、無性に叫びたくならねえか!?」


「……則之、叫ぶときは言ってくれよ。距離を500メートルほど空けて歩くから……」


 いつものメンバーも実に満足そうだった。道中植物を観賞したり、透き通った川で遊んだり、実に青春だと思う。

 ……若干一人を除いては……


「……月乃、大丈夫か?」


「体力的には問題ないわ。ただ、私はこういうのは少し苦手なのよ」


 月乃は浮かない顔をしていた。疲れてはいないようだ。だとすると、他の要因か?


「どっか具合でも悪いのか?」


 月乃は俯き、ぼそぼそと何かを言っていた。声が小さくてよく聞こえないので、耳を近づけてみた。


「……さっきから、虫ばっかりなのよ……もう、頭がどうにかなりそう……」


(ああ、そういうこと……)


 どうやら、あの月乃様にも弱点が存在したようだ。まあ、女の子らしいっちゃらしいが……


「柊。怖いなら手を繋ごうか?」


 須賀が、必殺爽やかスマイル攻撃を繰り出した!!


「けっこうです。触らないでください」


 須賀は返り討ちにされた……少し可哀想に思ってしまった。


 俺たちは頂上を目指して歩いていた。

 この登山では、基本的に班行動だ。各班一つずつ無線機が配給され、いざというときはそれで連絡を取り合うようだ。俺の班は月乃が無線機を所持している。

 班だけの行動ってのは多少の不安があったが、山道は一本道であり、ちゃんと進めば頂上に着けるとのことであった。

 ふと俺が最後尾を歩いていると、隣に須賀が来やがった。


「気持ちいもんだね」


「そのセリフ、みんな散々言ってますよ? 新鮮さがないです」


「そうだったね」


 須賀はいつものとおり、須賀スマイルを作ったまま話していた。男の俺に使う必要はないはずだが、どうやら癖になってしまってるらしい。

 そして、須賀はスマイルを維持したまま、横目で俺を見てしゃべり始めた。


「そうそう。昨日の話だけどね。僕としても柊に何かするつもりはないよ。それは安心していい」


(それはどうだか……行きのバスでコイツの本性を垣間見たし。いまいち信用性に欠けるな……)


「……そうですか。ひとまずは安心しておきます」


「でもね、どんな手段を使ってもってところは否定しないよ。柊を傷つけないようにしながら、あらゆる手段を使って彼女を落とす……それでこそやりがいってヤツが生まれるんだよ」


「そんなもんなんですか。……そういえば先輩、昨日から聞きたかったんですが、実際に柊をホレさせたら、それからはどうするんですか?」


 須賀は少し困った顔をしていた。しかし、それでも目に力を込め、前を歩く月乃の背中を一心に見つめていた。


「僕が柊を好きな気持ちに偽りはないよ。だから、もちろん付き合って幸せにするさ。僕はね、彼女は僕と出会うためにこの学校に来たと思ってるんだよ」


(……うわー。真顔で言っちゃってるよ、この人。こんな三文芝居のようなセリフも、イケメン補正でまかり通るのだろうか……)


「それよりも、君こそどうするんだ?」


 須賀は急に顔を俺に向け、話を振ってきた。

 予知していなかった俺は、少し動揺してしまった。


「どうするって……何がですか?」


「決まってるじゃないか。彼女たちだよ」


 そう言って須賀は前を歩く三人をあごで示した。


「彼女たちは君に好意を寄せてるんだろ? 君は誰の気持ちに答えるつもりなんだい?」


「……先輩には関係ないでしょ」


「そうでもないさ。僕は柊を手に入れたい。だから、君が柊と付き合うつもりがないなら、さっさとフッてほしいんだ」


「………」


「君は、自分がいかに残酷なことをしているのか分かってるのかい?

 彼女たちは待ってるんだ。君の言葉を。君の気持ちを。それをいつまでも生殺しのような状態にしているんだよ?

 君が答えを出さない限り、彼女たちは新しい道を歩けない。君が何も言わない限り、彼女たちの不安は続く。

 これって、すごく残酷だって思わないか?

 彼女たちを傷つけないようする優しさ、と言えば聞こえはいいだろう。だけど、それは問題の先送りでしかない。問題を先送りにし続けると、いつか取り返しのつかないことになるんだよ。

 ……正直、そんな事態に柊を巻き込まないでほしいな」


 それだけを言い残し、須賀はさっさと前に進んでいった。

 ……須賀の言葉は、俺の心に突き刺さった。そして、その言葉は、静かに毒を流し続けた。

 俺は、それを癒すかのように、上を見上げ、木々の間からこぼれる太陽の光を見ながら歩いた。





==========





 頂上まであと少しのところで、俺たち一行は、最後の難関に到達した。

 それが、崖沿いの道である。

 崖は坂にはなっていたが凄まじく急であり、崖の下は木のてっぺんが小さく見えるくらいだ……

 ――落ちたら無事じゃすまないだろう。ていうか、死ぬかもしれん。

 一応道沿いに安全用のロープが引かれているが、一本のロープを鉄の杭に通しているだけの簡易仕様で、正直かなり心もとない。


(……こんな危ない道を生徒だけで渡らせるなよ……)


 俺たちは恐る恐る渡り始めた。みんな怖がっていたが、順調に前に進んでいた。


 その時突然、月乃が持つ無線機が鳴り始めた。どうやら先生からの定時連絡だったようだ。


「あ……出なきゃ」


 月乃が無線に出ようとした。

 ……その時、突如突風が俺たちを襲った。


「あ―――!!」


 突風に煽られた月乃が、誤って無線機を手から滑らせ、落としてしまった。無線機は崖を滑って行き、途中の草に引っかかった。

 そこは、少し崖を下れば届きそうな位置だった。

 柊の顔は青ざめていた。自分のミスで無線機を落としたことにショックを受けていたようだった。


「月乃、気にすんなよ。あの風だから仕方ないさ。……とりあえず先生が来るまで待って―――」


「――僕が取ってくるよ」


 俺の言葉を遮るように須賀が言い出してきた。そして、須賀はロープをくぐり始めた。


「ちょっと先輩! 危ないですよ!」


「大丈夫だよ。ちょっと降りれば取れる位置だし」


 どうも須賀は月乃にアピールをしたいようだ。しかし、どう考えても危険すぎる。

 みんなは必死に止めようとしたが、須賀は聞く気配がない。


「先輩! ダメですって!!」


「大丈夫だって。後輩のミスは先輩がフォローするもんだよ。特に柊のミスなら尚更なおさら………

 僕に任せてくれよ」


「―――――!!!!」


 須賀の言葉は、俺の中の危険信号を速攻で赤色に点灯させ、警報音をけたたましく鳴らし始める。


「おい須賀!!! そんなこと言ったら―――」


 ……そして、その警報は現実のものとなった。

 月乃が、俺の言葉が言い終わる前に、何も言わずに、須賀よりも早く崖を下り始めた。


「クソッ! やっぱりか!! ―――おい月乃!! やめろ!!!」


 月乃は耳を貸さない。崖を少し下ったところのでっぱりに足を乗せ、無線機に手を伸ばしている。


「月乃ちゃん!! お願いだから早く戻って!!」


「月乃先輩!! 危ないですよ!!!」


「おいおい晴司! マジでヤバいって!!!! ―――柊!!! 戻れ戻れ!!!」


 全員が月乃に戻るように叫んだが、月乃は耳を貸さない。

 一方、須賀は自分の言葉を改めて思い出し、それが意味することを理解したのか、ロープから体を半分出した状態で硬直し、無線機をとろうとする月乃を、青ざめた顔でひたすら見ている。

 しかも最悪なことに、周囲には誰もいない。俺たちを助ける人がいない。


「もうちょっと……」


 月乃の手が、もうすぐ無線機に届く。

 ……しかしその時、月乃の足元の岩が崩れ、月乃は土煙と共に崖を滑り始めた。


「キャアアアアアアア!!!!」


「月乃!!!!!」


 誰もがもうダメだと思った。

 ……しかし、間一髪、月乃は崖の途中に生えた草を何とか掴み、崖の途中で止まった。

 心臓が止まるかと思った。本当にダメかと思った。体中を冷や汗が流れている。星美と空音は泣き出していた。


 だが、危機的状況は変わっていない。

 月乃が掴んだ草は丈夫そうではあるが、いつ切れるかもわからない。月乃の足元は滑り、自力で這い上がることは不可能だ。崖から手を伸ばしても到底届きそうにない。

 月乃は汗を流し、体を震えさせている。涙を浮かべながら懸命に草を掴んでいるが、いつまでもつか……


(どうする!? どうすれば助かる!!??

 助けを呼ぶか!? いや、その前に草が切れるか月乃が手を放してしまう!!)


「おい晴司!! どうするよ!!??」


「今考えてるよ!!!」


 俺は必死に思考を巡らせる! あらゆる方法をシミュレーションする!


 そんな俺の耳に、かすかに月乃の声が聞こえた。


「………助けて、晴司………助けてよ………」


「―――――!!!!」


 その瞬間、俺の脳はこれまで以上に回転し、助ける方法を告げる。


「待ってろ月乃!! 助けるから!! 絶対助けるから、もう少し頑張れ!!!!」


「………うん……」


 消えそうな震えた声で月乃は返事を返す。目を閉じ、必死に草を掴む手に力を込めている。


 俺は崖沿いの道の手前まで走る。杭の端に括られたロープをほどき、そのロープの先端を手に則之たちの元に急ぐ。

 そして、そのロープを手に巻き付け、則之達に叫んだ。


「俺が下に降りてロープを月乃の体に結ぶ!!! それからみんなでロープを引っ張るんだ!!!」


「おい晴司!! お前も危ねえって!!!」


「時間がないんだよ!!! 則之!! 信じてるぞ!!!!」


「ああもう!! 分かったよ!! 空音! 佐々木! 須賀! 手伝え!!!!」


 空音と星美は泣きながらロープを掴む。須賀はまだ固まって動かない。

 この際須賀は諦めるとし、俺は則之たちがロープをしっかり持ったのを確認し、急いで崖を下り始めた。

 転がる石が月乃に当たらないように細心の注意を払い、月乃に近づく。そして手に巻き付けたロープの端を素早く月乃の体に結び、しっかりと月乃の体を掴む。


 その瞬間、月乃は俺の体にしがみ付き、俺の体に顔を埋めて泣き始めた。


「もう大丈夫だ月乃! よく頑張ったな!」


「うん……!! うん……!!!」


 月乃の手は皮が剥け血が流れていた。体中が震え、月乃がどれほどの恐怖を一人耐えていたのかが手に取る様にわかった。

 俺は、上にいる則之たちに叫んだ。


「よし! 則之!! 頼む!!!」


「わかった!! せえええ……の!!!!」


 少しずつ体が上がり始めた。上を見ると、硬直していた須賀も一緒に引っ張っていた。


(……助かった……)


「おい月乃。助かったぞ。もうすぐだ」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


「……素直に謝るなんて、柄じゃねえだろ」


 俺は安堵のため息をつき、泣きじゃくる月乃の頭を撫でていた。

 俺は改めて下を見てみた。もし落ちていたらと思うと、心の芯から震えが来た。もし落ちていたら……


 ……しかし、その瞬間、俺と月乃の体がガクンっと下がった。

 俺と月乃は驚き上を見上げる。

 そこには、苦悶の表情でロープを掴むみんなの顔があった。


 崖の道は足場が悪い。しかもあちらは4人だが、うち二人は女子だ。

 俺と月乃を引き上げるにはかなり厳しい状況だ。


「くそ……!! もう少し……もう少しなのに!!!

 晴司!! 柊!! 頑張れ!!!!」


 よく見ると全員の手が赤く滲んでいる。ひいき目で見ても限界が近い状態だ。

 かといって、俺たちの足場も脆く、とても踏ん張りが付かない。

 このままでは、俺と月乃どころか、全員が芋づる式に落ちる可能性もある。

 俺は再び思案に巡らせた。どうすれば全員が助かるかを必死に考えた。……でも思いつかない。


(……どうする! ……どうする!!)


 もはや、俺は正常な判断すら難しい状態になっていた。


 ……ふと月乃を見ると、月乃は再び涙を浮かべ震えていた。そして、血が滲んだ小さな手で、懸命に俺の体を掴んでいた。俺の服は、月乃の血で赤く染まっていた。

 こんな危機的な状況でも、月乃は俺にしがみ付いている。それは、たぶん俺に助けを求め続けていることなんだと思った。

 そんな月乃の姿を見て、俺は“どんな手段を使っても”月乃を守ろうと思った。


(……月乃……)


 ……俺には、もうこれしか思い浮かばなかった。


「……月乃、今から説明することをよく聞け」


「……え?」


「今から合図を出す。そしたら一度俺の体を離せ」


「え!? で、でも――!!」


「いいから……俺を信じろ。必ず助けるから」


 俺は月乃に、精いっぱいの笑顔を見せた。その顔を見た月乃は、困惑しながらも小さくうなずいた。


「よし。――おい則之!!!」


「なん……だよ……!!!」


「俺が今から合図を出す!! それに合わせて一気に引っ張れ!!!! わかったか!!??」


「ああ!!?? なんだよそれ!!??」


 則之は苦痛に顔をゆがめながら俺の顔を見た。

 俺は、ひたすらに則之の目を見た。アイツなら、則之なら分かってくれると信じていた。

 そして、則之は俺の表情を見て、何かを……いや、俺の考えを悟ったようだった。


「……おい、晴司……お前まさか!!!」


「いいからやれ!!!」


「ダメだダメだダメだ!!!!」


 則之は必死に叫んでいた。

 空音と星美は気付いていない。須賀は顔を硬直させ何もしゃべらない。


「話してる時間はねえんだよ!! 行くぞ!!!」


「ダメだ晴司!!!!」


「3――2――1―――今だ!!!!」


「クソオオオオオオオオ!!!!!」


 則之は叫ぶと同時に最後の力を振り絞り、一気に引き上げ始めた。


 ……そして俺は、最後に月乃の頭を優しく撫でた。


「……じゃあな、月乃」


「え……?」


 俺は、月乃が俺の体を離すと同時に、手に巻き付けたロープを解いた。

 支えを失った俺の体は崖の下に向かって落ち始めた。


 ……全ての景色がスローモーションで流れていた。全ての音が消え、無音となった。


 則之たちは必死にロープを引っ張っていた。


(……則之、泣いてるし……)


 月乃はこの世の終わりみたいな表情をしていた。


(……そんな顔するなよ。お前は助かったんだぞ?)


 その瞬間、今までのことが頭に思い浮かんだ。

 小学校のこと、中学校のこと、陽子先輩のこと、高校のこと、則之のこと、空音のこと、星美のこと、そして、月乃のこと……


(ああ……これが走馬灯ってやつなのか……

 ――まあ、最後にカッコよく生きれたかな……)


 最後に見た景色の中で、月乃が何かを叫んでいたが、何も聞こえなかった。

 何も聞こえないまま、俺は崖を滑り落ちた。


 そして、俺の世界は黒く覆われた。






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