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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
激動の臨海学校
23/64

予兆

 7月上旬。俺は海に向かっていた。目的地までもう間もなくってところだった。

 輝く太陽! 青い海! 広がる山! 山! 山!


(……暑そう……)


 なぜ俺がわざわざこんな場所に向かっているかと言えば、一から説明すると長くなるが…………

 平たく言えば、臨海学校という強制参加な学校行事に参加したからである。

 本当は腹痛とか突然の風邪だとか理由をつけて家でのんびりしようと思っていたが、出発前の数日前、月乃から、必ず来い! 的な脅しをかけられ、泣く泣く参加したわけだ。


 我が校の臨海学校は少し変わっていて、この臨海学校は基本的に二年生が行うのだが、一年、三年でも希望者は参加できる。

 もっとも、三泊四日の臨海学校の間は学校が休みになるので、わざわざ参加する奴などいるわけがなく、基本的に一年三年が来ることはない。

 ……そのはずだった……


「で? 何でこのメンバーなんだ?」


「……何か文句があるの?」


「月乃ちゃん落ち着いて……」


「私は先輩がいるから……」


「晴司! 俺は感動している!! 楽しくなりそうだ!!」

 

 と、まあ、いつものメンバーが揃うわけだ……

 ……しかし一人、見知らぬイケメンが一緒にいる。


「今日からよろしく頼むよ、楠原くん」


「……失礼を承知でお伺いしますが、なぜ先輩がここに?」


「僕も今年で最後だからね。最後に楽しい思い出を作りたいんだよ」


 ……この男は、確か須賀隼人、とか名前だった。三年の先輩で、学校随一のモテ男。そう、あの日、月乃に告白した一人である。


 臨海学校では、基本的に班に分かれ行動する。

 各班六人、班決めは各クラスによって異なるが、俺のクラスでは各人勝手に班に別れた。

 最初、俺、月乃、空音、則之の四人であったが、他の希望者が殺到した。どうするか審議していた最中、星美と、なぜかこの須賀が希望し、他の希望者を全て辞退させる結果となった。


 ……で、今は移動のバスの中なわけだが、目的地まで寝ていようと思っていた俺の考えとは裏腹に、周りは騒がしくなってる。俺は最後尾の席に座り、右隣の窓際が月乃、左隣が星美、星美の隣が空音、則之と続いている。コイツラは、昼休みのときと同じノリでワイワイ騒いでいた。

 月乃たちはいつも通り騒がしいが、今日はさらに須賀が一緒だからか、異様に女子が集まっていた。

 そらまあ、整った顔立ちの甘いマスクに、髪は端正な黒色短髪、高身長で足は長く、細マッチョなモデル体型、おまけに面倒見がよく爽やかと来たもんだ。こんな、絵にかいたようなイケメンがいるなら女子がキャーキャー言うのは当然か……


「……須賀先輩、思い出作りは分かりましたけど、なぜにわざわざこの班に? クラスなら他にもあったでしょうに…………」


 月乃の前の席に座る須賀にとりあえず質問してみた。

 ……もっとも、理由は分かっているんだが。


「それはもちろん、柊がいるからだよ」


 須賀はニコッと笑って答えた。白い歯がキラリと光る。


(うわぉ、ベタだねえ……)


 しかし女子どもは俄然キャーキャーが止まらない。


(……さっきから音響がスゴいのだが……)



「月乃、お前目当てみたいだぞ」


「あっそ」


 月乃は素っ気なく言った。

 ……少しザマミロ感を感じた俺は、実にヘタレだと思ってしまう。

 

「柊。確かに僕は君にフラれてしまったけど、僕は本当に君が好きなんだ。だから、諦めるつもりはないよ」


 再びニコッと笑い、歯が光る。


(……限りなく危ない発言に聞こえるが、イケメンはそれが許されてしまうのだろうか……)


 しかし、そんな爽やか(?)な先輩の言葉を、月乃がぶった切りにいった。


「先輩、はっきり言っておきます。私は、あなたに一切の興味がありませんから」


(……相変わらず容赦ねえな……)


 しかし須賀は、なぜか少し笑みを浮かべた。そして、一瞬だけ俺の方を見た。


(ん? なんだ?)


「……そうだったね。君が興味があるのは、“どっかの男子くん”だけだったのを忘れていたよ」


「―――!!!」


 須賀は、月乃の方を見ながら、何か含みのある言い方で話した。


(……コイツ……)


「え!? それってどういうことなんですか先輩!?」


 女子たちは目を輝かせて須賀に集まった。

 逆に、月乃は俯いてしまっている。顔は赤くなり、握り締めた手は震えていた。

 須賀は再び眩しい笑顔で受け答える。


「さあね……僕が告白した時に柊から聞いたんだけどね。なんでも、柊は………」


(コノッ――――!!)


「須賀先輩は!! ……ずいぶんおしゃべりが過ぎるようですね」


 少し大きめに声を出した。バス内は静まりかえり、視線が俺と須賀に集まっていた。


「……どういうことかな?」


「自分がフラれた時の話を気前よく話すことは、“恥”だと思いませんか?」


「僕は、ありのままの現実を受け止めてるんだよ。それに、カッコ悪いことでも、自分がしたことに後ろめたいことは何もないからね」


「……そうですか。先輩がそんな大層な考えを持っていたことは知りませんでしたが、俺には無理ですね……

 でも、それを聞くこっちの身にもなってくださいよ……聞いてるこっちが恥ずかしくなってきます」


「それは気にしないでくれ。仮に君の言うように恥があるとして、それを受けるのは僕だけだ」


「確かに………では、ついでにもう一つ。先輩は、俺なんかと違ってずいぶんとご立派な方みたいですが……

 そんな先輩が、“デリカシー”って言葉を知らないとは思えませんが……」


「…………」


「…………」


 須賀は俺を見ている。その表情は一見すると穏やかであるが、その目の奥には何か禍々しいものを感じた。もちろん、それは直接睨み合ってる俺にしか分からないと思う。

 須賀は、突然フッと笑みを浮かべた。


「……確かに、少し話し過ぎたね。ごめんね、嫌な思いをさせたかな?」


「……別にいいっすよ」


「キミたちもすまなかった。カッコ悪いところを見せてしまったね。

 僕は彼の言ったとおり、“恥とデリカシーを知らない男”なんだよ。がっかりさせちゃったかな?」


 須賀は体を前に戻し、周囲の女子どもに謝り始めた。


(……そう来たか……)


「そんな……先輩は悪くないですよ……」


「楠原くん、もっと言い方気を付けた方がいいよ?」


「そうそう。すごく感じ悪い………」


 須賀の周囲に集まる女子どもが好き勝手言ってる。


(……なんか、一気に女子の敵になったみたいだ……)


 女子どもは俺の方を見ながら口々に何かを言っている。まあ、どうせ俺の悪口だろうがな……


(でも、こうやって堂々と目の前で陰口を叩かれるのは……キツイな……)


 その時、星見が俺の袖を軽く引っ張って小声で言ってきた。


「先輩、カッコよかったです。私は、ちゃんと分かってますから」


「……何のことか知らんが、深読みしすぎだ」


 空音も何か言っている。

 小声過ぎて聞こえないが、口の動きから“私も分かってるよ”と言っていたようだ。


 海が見える山間の道を抜けると、大きな建物が見えてきた。俺たちの宿泊施設である。


「みなさーん、着きましたよー」


 先生の声とともにバスは止まり、ぞくぞくと降りて行った。

 相変わらず女子どもの視線が痛い……

 そそくさと降り、部屋に向かう俺を、月乃が追い抜いていった。


「……ありがと……」


 すごく小さな声だった。でも、確かに聞こえた。


「……礼はいらねえよ」





==========





 施設の中は大浴場、食堂、大ホールなどがあり。まるでホテルのような作りになっている。外には屋外調理場があり、キャンプをする分にも申し分がなかった。

 部屋に荷物を置いた後、メインホールに集められ今回の臨海学校の主旨が説明された。

 引率の先生がグダグダ長話をしていたが、俺流の解釈をもって簡潔に説明しよう。


 ここには海がある! 山がある! 仲間で協力して楽しもうぜ!!


(……めんどくさい)


 メインホールを出た時には夕方になっていた。そろそろ飯の時間だろう。

 初日の夕飯は、野外で作るカレーライスとのこと。

 ……ってことで、俺には絶対にしなければならないことがあった。


「……おい、月乃。分かってるだろうな?」


「……何よ」


「絶っっっっっっ対に!! ……料理すんなよ……」


「……一応、理由を聞いてあげる。なんで?」


「なんで? なんでだと!? お前! 自分の所業を忘れたか!!!

 お前の料理は兵器なんだよ!! 一度お前が料理を作れば世界が闇に落ちる……! 一口お前の料理を食べれば一瞬であの世逝き……!!

 そんな兵器を、お前に作らせるわけには―――!!!」


 ――――ビシイッ!!!!


 言い終える前に電光石火の拳が俺の顔にめり込んだ。


「……殴るわよ」


「そういう言葉は殴る前に言えよ………」


「………」


 月乃は黙り込んでしまった。俯き、その瞳は悲しげに揺れていた。


(……反省だ。明らかに言い過ぎたな)


「……はい、これ」


 俺は月乃にニンジンとピーラーを渡した。


「……何よ、これ」


「ニンジンの皮、剥いてくれよ」


「……私、料理出来ないし。だいたい、皮むきなんて地味過ぎる……」


「皮剥くくらいは出来るだろ?皮むきだって、立派な料理の手順の一つだ。

 他は俺らでするからさ、お前は皮剥き担当。わかったか?」


「……うん」


 月乃は小さく頷き、ピーラーで皮をむき始めた。

 機嫌が悪いようだが、さっきの悲しい目は収まったようだった。


「あ、そうそう。ピーラーもけっこう切れ味あるからな。

 俺も隣で見ててやるから、手を切らないように気を付けろよ」


「……うん!」


 今度は機嫌がよくなった………


(よくわからん奴だ……)


 カレー作りは問題なく終わった。

 味はそこそこ。うん、うまい。まあ、成功したと言えるだろう。

 ただ一点、ニンジンがほとんど姿が見えなくなったようだが………


(あれは“皮むき”って言うより、“肉削ぎ”って言った方がいいだろうな……

 ……ニンジンは神隠しに遭った、と思っておこう)


 後片付けをして、自由時間になった。

 俺の班はトランプをしていたが、少し風に当たりたくなったから、外へ出てみた。

 誰もいないところで、草の上に寝転がり、空を見た。

 外は涼しかった。海が近く、山間ってこともあり、透き通るような風が吹き抜けている。星空が輝いているが、街で見た空とは違うように思えた。風の音、波の音、虫の音がよく響き、耳をすませば施設からかすかに生徒の笑い声が聞こえてきた。


 包み込むような心地よい雰囲気を味わっていると、誰かの足音が聞こえてきた。


「……こんなところで何をしてるんだい?」


 一番会いたくない奴が現れてしまった。台無しな気分だ。


「……須賀先輩こそ、何してるんですか?」


「ちょっと風に当たりにね。キミは?」


「似たようなもんですよ」


「隣、いいかな?」


 そう言って、須賀は俺の隣に座った。


(……いいとは言ってないのだが……)


 須賀は何もしゃべらなかった。ひたすらに海の方を見つめ、何かを考えているようだった。


「……須賀先輩、何か用があるんですか?」


「なんでそう思うんだい?」


「なんとなく、ですよ」


「まいったな……そうだよ。ちょっと楠原くんと話したかったんだ」


 コイツが俺に話すことと言えば、あれしかないだろうな……


「月乃のことですか?」


「分かってるじゃないか。キミに、一つ聞きたいことがあったんでね」


「聞きたいこと?」


「……キミは、柊のこと、どう思ってるんだ?」


「どうって……」


「好きなのか? 嫌いなのか? 特に何も思わないのか?」


 須賀は、俺の方を見ながら話した。今のコイツの目からは何も読み取れない、そんな不思議な目をしていた。


「……今の三つしか選択肢がないのなら、好きの分類に入ると思いますよ。

 それ以外って言われたら、答えようがないですけど」


「僕はね、柊が好きなんだよ」


「知ってますよ」


「そこで、一つ相談なんだが……柊を譲ってくれないか?」


「……譲る?」


「僕はね、今まで女の子にフラれたことなんてなかったんだよ。それが、柊に見事にフラれてね……しかも、好きな男のノロケまで聞かされたんだ。

 ……屈辱だったよ」


「だから月乃を手に入れる、と?」


「勘違いしないでくれよ? 僕は、彼女にホレたんだ。こんなことなんて初めてだけど、どうやら間違いない」


「………」


「それと、この際はっきり言おうか。君では彼女に釣り合わない。彼女は、僕のような人間が相応しいと思わないか?」


(なるほどね。コイツは月乃に似ているのかもしれない。……でも、全然違う。似ているが違う)


「今すぐに、とは言わないからさ。今度返事を聞かせてくれよ」


「それなら待つ必要がないですよ。答えはとっくに出てる」


「そうか……で? どうするんだい?」


「どうもしないですよ。譲ると言っても月乃が拒絶すれば終わりだし、譲らないと言っても月乃が先輩を選べば結ばれるでしょう。

 ――全ては、月乃次第ですよ」


「随分と控え目だね。なら、僕の好きにさせてもらうよ」


「どうぞご自由に。

 ……ただ、一つ忠告しますよ。

 先輩の言葉には、アイツの意思を考える言葉がない。もし、先輩がアイツの意思を無視して無理矢理に何かをした時は…………

 絶対に、アンタを許さない」


「…………」


 昼間のバスと同様、俺と須賀は睨みあった。

 しばらく会話もなく睨みあったあと、須賀はフッと笑い、施設の方に歩き始めた。


「……怖い怖い。そんなに睨まないでくれよ。僕、一応先輩だし」


「すみませんね。今後気を付けます」


 須賀が立ち去り、再び草に寝転がった。


 もう一度、あの心地よい雰囲気に包まれようとした矢先、また足音が近付いてきた。


「よお晴司。何してるんだ?」


「今度はお前かよ、則之…………」


「どういう意味だ?」


「なんでもねえよ」


「そうか……今さ、須賀隼人と話してなかったか?」


「見てたのか?」


「いや、さっき須賀隼人が施設に戻ってたからな。もしかして、って思ったんだよ。

 ……何を話してたんだ?」


「何でも……」


 俺を見る則之の顔は、いつになく真面目だった。


(こんな則之の顔、久々だな………)


「……月乃が好きなんだと」


「そうか……おい、晴司。アイツには、絶対に負けんなよ」


「勝ち負けの基準が分からないんだが……」


「そんなもん、お前の心だよ。晴司が柊を好きかどうかは、この際関係ない。

 ……でも、アイツには負けんな。アイツは、いけすかねえ……」


 正直驚いた。

 ここまで他人を嫌う則之は初めてだった。普段おちゃらけてるが、ここまで他人を悪く言う奴じゃなかった。

 なんだかんだで、コイツも俺と同じ考えのようだ。


「……分かってるよ」


「そうか! なら安心だ!」


 それから施設に戻り、消灯時間までダラダラトランプをして、一日目が終わった。

 俺は目を瞑り、深い睡眠の中に入っていった。


 ……明日が激動の一日になるとは思いもせず。















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