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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
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彼女が出会った自分

 私は、小さいころから、両親や周囲の大人にもてはやされていた。


 月乃ちゃんは可愛いね。月乃ちゃんは勉強は出来る子ね。

 褒められることが嬉しかった私は、その言葉が欲しくていろいろ頑張った。


 ……でも、小学校に入学すると、そんな私を、クラスのみんなはイジメはじめた。

 可愛いからって調子にのってる。ちょっと勉強が出来るからって調子にのってる。

 そういう言葉を、受け続けた。

 私はそれでもがんばった。頑張ることで、いつかはみんなが認めてくれると思っていた。

 ……でも、それでもイジメはなくならなかった。


 その様子を見かねた両親は、引っ越しをして、新しい学校を用意してくれた。

 私は、子供ながらに両親に感謝した。でも、自分のせいで両親に迷惑をかけたことが辛かった。

 これ以上迷惑はかけられない。そう思った私は、どうすればみんなに認めてもらえるか考えた。

 ……その日から、私は仮面を被り始めた。周囲に認めてもらえるように、自分を好きでいてくれるように、私は自分の本心を隠し、仮面をつけ続けた。


 中学に入っても、私はその仮面を外せなかった。

 私は自分を磨くことに必死になっていた。常に理想のスタイルを保ち、必死に勉強して、運動も頑張って、相手に気に入られるような言葉だけを発し続けた。

 そのおかげで、いつしか私の周りには人が集まり始めた。女の子の友達は増え、男の子からはたくさんの告白を受けた。

 ……でも、皆が口々に話す“柊月乃”は、全てが仮面をつけた私だった。

 私の心は、いつのまにか周囲を見下し始めた。誰も本心に気付かない、そんな仮面をつけた自分に尻尾を降る周囲がバカみたいに思えた。

 ……本当は、自分が一番バカだと思いながらも……


 高校に入るころには、自分が仮面をつけているのかどうかもわからなくなっていた。

 ……でも、女の子は私の周りに集まっていた。男の子は、私に気に入られようと、頼んでもいないことをしてくれた。

 それは、中学のときと同じ光景だった。

 それでも、私は満足していた。

 周りは私を必要としてくれている。私を認めてくれていている。

 ……そう、自分に言い聞かせた。


 そんな中、高校1年が終わる頃、私は両親の仕事の都合で引っ越すことになった。

 そんな私に、クラスのみんなは教室で送別会を開いてくれた。

 みんなが私のために泣いてくれた。悲しいって言ってくれた。

 私はとても嬉しかった。やっとみんなが自分を認めてくれたと思った。私がしてきたことは、間違いではなかったって思えた。

 送別会が終わる頃、私は引っ越しの準備のため先に会場を後にした。そして家に帰る途中、私は忘れ物をしたことを思い出し、教室に戻った。

 教室に着いた時、みんなはもう帰っていたが、教室には数人の女子が残っていて、その声が聞こえた。いつも私の周りにいた女子たちだった。

 私が声をかけようとすると、その女子たちが話していることが聞こえてきた。


“やっとウザい奴がいなくなったねえ”


“あの子ぶりっこしてキモイんだよね”


“そうそう。〇〇くんに気に入られようってする魂胆が見え見えだし”


“まあいいんじゃん。もういないんだし”


“そうだよね~。キャハハハハ………”


 ……私は、誰もいない廊下で立ち尽くした。

 誰も認めてなんかいなかった。誰も必要としてなんかいなかった。

 心にぽっかり穴が空いたような気分だった。――私は、結局ずっと一人だったことに気付いてしまった。

 そして、私は逃げるようにその街を去った。


 新しい学校は女子高であることを聞いた。

 手続きの都合で、転校には一週間ほどかかることを聞いた。

 ……でも、私は、もう学校には行きたくないって思っていた。

 どれだけ頑張っても、誰も私のことを見てくれない。どれだけ頑張っても、誰も私を認めてくれない。新しい学校でも、きっとうわべだけの付き合いしかない。下心を持った男しか近付かず、優しくしてくれない。

 ……私の心は、よどんでいた。


 ……そんな時、街を歩いていると、公園で泣いている小さな男の子を見つけた。どうやら迷子になっていたようだった。

 私は声をかけてみた。その子をなんとか助けたかった。

 警察に連絡すれば、おそらくその子は家に帰れただろう。

 でも、私は自分の手でその子を助けたかった。もしかしたら、私はその子に助けてほしかったのかもしれない。自分はいつも必要とされていない、だからせめてこの子には必要とされたいと思っていた。

 でも、男の子は泣くばかりで、私は慌てることしかできなかった。

 なんとかその子の顔を笑わせることは出来けど、それだけだった。

 もう私にはどうしようもないって思った。

 自分の無力さが悲しくなった。どれほど勉強や運動が出来ても、こんな小さな子すら助けられない自分がとても矮小に思えた。

 私は、泣きそうになっていた。


 ……その時、知らない男が私に声をかけてくれた。見ず知らない私に。

 でも私は、どうせコイツも私に気に入られようとする男の一人だと思った。

 私は彼と、いろんな知恵を出しあった。どうすればいいか意見を出しあった。

 結局、彼のおかげで、男の子は親の元に帰って行った。

 母親に何度もお礼を言われた。

 でも違う。私はお礼を言われる権利なんてない。私は何もしていない。何もしていないのに………

 そう思うと、私を助けてくれた彼に何も言えなかった。

 そんな私に、彼は言った。


“お前の気持ちで、あの子は笑顔になれた

 お前の気持ちは、少なくとも俺には伝わった

 その気持ちは、きっと、誇れるものだ”


 ……とても嬉しかった。

 初めて自分が認められた気がした。この人は自分をわかってくれた。この人は無力な私に、胸を張れと言ってくれた。

 そんな彼を見ていると、胸が張り裂けそうになった。顔が熱くなった。彼を直視出来なくなった。


 私は、彼のことをもっと知りたくなった。他人を知りたいと思ったことは初めてだった。

 ……そして、私は初めて、私を知ってほしいと思い、自分から本当の自分を出した。

 私にはどうすればいいかわからなかった。なんて聞けばいいかわからなかった。しどろもどろになりながらも、なんとか名前は聞けた。

 ……でも、連絡先は教えてくれなかった。

 そしてそのまま、彼は帰ってしまった。


 彼は、あらゆる面で、今まで出会った男と違っていた。

 私は、彼と繋がりが欲しかった。もう一度、彼に会いたかった。

 ……気が付けば、彼のことばかりを考えていた。


 彼は学生服を着ていた。

 調べてみると、その服はこの町にある美原ヶ丘高校の制服だと知った。

 私は、親に必死でお願いした。その高校に通いたい、と。

 最初はダメだと言っていた親も、そんな私の姿を見て、私のお願いを聞いてくれた。そして、出来るだけ早く転校手続きを終えてくれた。

 私は、そうやって、私立美原ヶ丘高校に転校した。


 転校した初日に私を待っていたのは、それまでと全く同じ光景だった。周囲は私の容姿だけを見て、本当の私を見てくれなくて、ただただ私に視線を送り続けた。

 私は急に怖くなった。今までみたいに上辺だけの付き合いをしていかなければならないのかと、不安で押し潰されそうになった。

 ……そう思っていた私の目の前に、急に彼が現れた。取り囲んでいた男子たちの間から、彼は私の傍に飛び出してきた。

 私は、また泣きそうになった。それを必死で抑えていた。


 彼とは同じクラスにもなれた。そのことが嬉しくて、職員室で、先生の前で泣いてしまった。先生は、困った顔をしていた。

 ……でも、彼は私を警戒していた。

 昼休みになっても、私の周りには人が集まり、なかなか彼と話せなかった。

 そして、彼の席には、クラスの二人の男女が集まっていた。

 その女子と楽しそうに話す彼の姿を見て、いてもたってもいられなくなって、私は、彼を連れ出してした。

 学校の中を二人で歩くのは恥ずかしかった。でも、とても新鮮で、心臓はずっと高鳴っていた。私は、本当に幸せで、心が安らいだ。


 私は、彼に対して3つの卑怯なことをした。


 一つ目は、本心を出すと決めながら、言葉を偽ったこと。

 私は、彼と屋上へ行った。気持ちを伝えたかった。

 でも、私はそれが出来なかった。拒絶されるのが怖かった。

 ……だから、とっさに私はそれを、“宣戦布告”という言葉に変え、想いを伝えてしまった。全く違う言葉にすれば、彼に本心を隠すことが出来ると思った。

 想いを伝えるのは、もちろん初めてで、最後は自分でも何を言っているのか、よくわからなくなっていた。

 違う言葉を使えば、もっと単純に伝わったかもしれない。だけど、私はそれを使う勇気がなかった。

 それでも、言葉を偽っても、自分の気持ちを彼に話すことができた。あの時、子供を助けた時に彼に言われたことが忘れられない……そう、話した。


 教室に戻ると、私たちはクラスのみんなから色々聞かれた。二人には何かあると言われた。

 ……そして、私は二つ目の卑怯なことをした。


 私は、彼と付き合ってることにしてしまった。

 彼に映る私は、実に最低な女だったと思う。もしかしたら嫌われたかもしれない。

 ……でも、嘘でも私は嬉しかった。幸せだった。それがいつかは終わることだとしても、私は彼のそば傍にいたかった。


 次の日、私は、彼に色々なことをしてみた。

 駅で来るのを待ったり、初めて料理をして弁当を作ったり………

 彼は、不思議な顔をしながらも、それを受け入れてくれた。


 ……そして私は、最も卑怯なことをした。


 その日、彼は教室を出たところで倒れた。

 クラスのみんなは転倒して倒れた、と言っていた。

 でも、彼は私の弁当を食べて倒れたから、もしかしたらと思い、彼の弁当箱に残っていた野菜炒めを食べてみた。

 ……最悪だった。私はまた自己嫌悪に走った。

 そこからは授業なんて頭に入らなかった。ただただ、彼のもとに行きたかった。


 最後の授業が終わり、先生にお願いして、ホームルームの時間から保健室で彼を見守った。

 保健の先生は会議で途中から出ていった。

 二人だけの保健室。私は彼の寝顔を見ていた。

 あんなものを無理して食べてしまった彼。

 その優しさを感じた時、今日までの想いが溢れてきた。止まらなくなってきた。

 心臓が激しく高鳴る。顔がとても熱い。溢れてきた想いは衝動に変わり……


 私は、眠る彼の唇にキスをした。


 私のファーストキスだった。

 この先、彼とどうなるかはわからない。だからせめて、それだけは彼としたかった。

 自分勝手だったと思う。

 そして、また私は自分勝手に、彼もファーストキスだったらな、と思った。


 すると彼は突然目を覚まし始めた。私は慌てて椅子に座り、寝たふりをした。

 目を覚ました彼が起き上がる音が聞こえた。顔はまだ熱い。きっと、顔が赤くなっていたと思う。

 私はドキドキしていた。そんな私に、彼は“可愛い”と言った。

 もう、限界だった。体が反応してしまって、私は目を開けた。

 それまで以上に顔が熱かった。私は必死に彼から顔を背け、顔が見えないようにした。

 その帰り道に彼から言われたことを思い出して、嬉しさのあまり涙が出てきた。


“ありがとう”


 これまでも何度も言われた言葉だった。でも、彼が言ったその言葉は、全く別のものに思えた。

 彼には見えないように、彼の前を歩いて、駅に着くまでに何とか涙を止めた。


 それから私は、彼と色々な時間を過ごした。

 みんなで映画を観たり、助けてもらったり、電話やメールをしたり、二人で買い物に行ったり………

 彼との時間は幸せの連続だった。このままの関係が続くことを願った。


 ………そんな時、彼は、下級生から告白された。

 しかもその子は、人目も気にせず、キスまでした。

 心が張り裂けそうだった。このまま、彼がその子のところに行かないか不安で仕方がなかった。

 でも、同時にその子を心から尊敬していた。

 私よりも小さく、臆病に見えた彼女は、私では到底出来ないことを彼にしていた。

 私は、少しでも彼女を見習おうと思った。


 私のせいでクラスのみんなが彼を悪く言い始めたから、私は自分の嘘を告白した。

 その日の帰りに、たくさんの男子から交際を申し込まれた。

 いつもなら無視して帰るけど、私はすべてに返事をした。


“好きな人がいます”と………


 三年の先輩からは、その人がどんな人か聞かれた。

 だから私は、彼の話をした。それだけで幸せな気分になれた。


 そして、全ての想いに想いで答え終わった帰り道、たまたま通りかかった公園で、彼と彼女を見かけた。


 彼女は彼に想いの全てをぶつけていた。

 その彼女に答えるかのように、彼も想いの全てをぶつけていた。

 ……悔しかった。彼の本心を引き出せなかった自分が歯痒かった。彼の気持ちを考えず、彼を苦しめていたことが悲しかった。


 私は、彼と正面からぶつかろうと思った。どんな結果になるにしろ、彼に私の想いをぶつけようと思った。


 そして、その夜私は、真正面から彼を見つめ、あの時とは違うキスをした。


 最後に彼が、誰を選ぶのかはわからない。

 ……それでも、私は自然体の私で彼にぶつかっていこうと思う。

 あの雨宿りをした日、彼は私に、自然体でいていいと言った。

 私は、あの花のようになる。彼が好きだと言った、輝ける花になる。


 うまくはいかないかもしれないけど、不器用かもしれないけど……

 ……私は、私が出会った“自分”で、彼の傍にいようと思う。









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