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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
いつか“自分”に出会うとき
18/64

月が優しく光る夜

 月乃は、呆れ顔で俺の方に歩いてきた。


「……まったくだ。情けなさ過ぎるな……」


 俺は制服の袖で、涙を隠すように顔を大雑把に拭いた。


「でも、逆にスッキリしたよ」


「そう………」


 月乃は、俺の向かいにあるブランコの柵に座った。

 月乃は俺と目を合わせようとしなかった。


「……見ていたのか?」


「ええ。たまたま通りかかってね。盗み聞ぎするつもりはなかったんだけど、佐々木さんがアンタに好意を抱いた経緯あたりから、ね……」


「そうか………」


 月乃は、今まで見たこともないような……そう、辛そうな表情をしていた。


「……なんで断ったの?」


「え?」


「佐々木さんよ。アンタみたいな男に、あんな可愛らしくて素敵な子が、本当にアンタのことを思って告白したのに……なんでそれを断わったわけ?」


「見ていたらわかるだろ………」


「…………」


「俺さ、改めて返事を聞かれたとき、いろんなことを考えたんだよ。

 その中に、陽子先輩と……あと、お前もいたんだよ」


「私が?」


「なんでだろうな。だけど、二人の顔を思い出したら、無性に自分が情けなく思えてきてな……

 ――何やってるんだろ俺って思ったんだよ」


「…………」


 月乃は、黙って俺の話を聞き続けた。


「俺はどっかで、自分を特別だと思っていたのかもしれない。何かの物語の主人公を気取って、自分を演じ続けていたのかもしれない。

 ……でも、違った。本当は“ただの人”ってことを知っていたんだ。それを、改めて思い知らされた気分だったよ。

 そんな俺は、星美には……いや、星美だけじゃない。陽子先輩にも、月乃にも、俺はふさわしくないんだよ」


「………」


「俺は、最後まで情けない人間だ。人からきっかけをもらうまで、自分には何もないってのに気付くことも出来なかった。

 お前に、散々本当の自分をさらけ出すように言っておきながら、さらけ出していなかったのは、俺も同じだったんだよ……」


 止まらなかった。自分の告白を誰かに聞いてほしかった。

 月乃は何も話さない。俺は、そんな月乃に全てをぶつけていた。


「恋愛を捨てた? 恋愛をしたくないだけ? ――詭弁だ! 言い訳だ!

 ……俺は、逃げていただけなんだ。自分の気持ちに答えてくれない怖さからも、自分が傷付くことからも。いくら逃げても、逃げきれないことに気付いていたことからも………

 部活をしなかったのもそうだ。

 青春に興味がないなって言って、本当は、いくら努力をしても、それが実らないことから逃げていたんだよ。

 逃げて逃げて、自分の足で歩き出そうともせず、今の現実を受け入れることもなく、自分の人生を、まるで傍観者のように、まるで他人事のように生きてきただけなんだ。

 ……俺は、そう気付いたんだ」


「……今日はずいぶんとネガティブね。柄じゃないわよ?」


「そうかもな。……そういえば、お前俺と付き合ってるのが嘘だってバラしたんだよな」


「ええ。でも、別にたいした理由はないわ。

 あのまま、私が彼氏をとられたって思われるのがしゃくだっただけよ」


「そうか……それで、あの先輩に呼び出されてたのか………

 すごく、楽しそうだったな………」


「ッ―――!!! あれは違う!!!」


 月乃は、初めて俺の顔を見た。その顔には、それまでとは違う、焦りのような表情があった。

 でも、それが何なのかは考えなかった。理解しようとしなかった。

 ……俺には、もうどうでもいいことだった。


「いやいいんだ。あれでいいんだよ……あの人なら、お前にも釣り合うだろ……

 あんだけイケメンなんだ。きっと、お前が笑われることはない」


「………」


 月乃は、俯いていた。よく見ると、拳を震えるほど握りこんでいた。

 それが意味することは分からなかった。それでも、俺は言い続けた。言い続けたかった。

 それは、一つの懺悔だったと思う。何も言ってくれなくてもいい。ただ、俺は全てを吐き出したかった。一人で抱えることが辛かった。同情してほしかった。

 それは酷く惨めなことだと思う。それでも、俺は吐き出し続けた。


「俺は、やっぱり星美が言うような立派な人間じゃない。

 俺は、星美とも、陽子先輩とも……月乃ともつり合いがとれない、とれるはずがない男なんだよ……

 考えてもみろ。俺に何がある?

 勉強ができるわけでもない! 運動神経が高いわけでもない! 何か才能があるわけでもない!

 ――俺は、その他大勢の……そのほんの一部なんだよ……」


「……もう、止めなさい」


「でも月乃。お前は違う。お前は、どこまでも高いところに行けるんだ。

 成績もいい、運動神経もいい、容姿もいい。周囲に期待されて、一目置かれて、その期待に応えるだけの何かを持っている!

 そんな人間が……俺みたいな凡人にかまってちゃダメなんだよ! お前は、お前には、どこまでも上を目指してほしいんだ!! ――いや、上を目指すべきなんだよ!! 俺みたいな凡人の分まで!!!」


「……もう一度言うわ……止めなさい」


「俺は、いい笑い者だっただろうな。全て完璧な柊月乃に、俺なんかがくっついて……

 ……俺はそんな周りの目にも、思いにも気付きもせず、気付こうともせず……いい気になってお前の後ろ姿を追って……

 きっと俺はお前に自分を映してたんだよ。お前の活躍に、自分の影を映してたんだ。まるでお前になったつもりになってたんだよ。

 等身大のこともしないで! 身分不相応にお前に振舞って!! まるで対等であるかのように勘違いして!!!

 俺は……お前の………!!!

 ……お前の……お遊びの彼氏にすら、ふさわしくない人間なのに!!!!」


「ッ―――――!!!!!」


 月乃はその言葉を聞いた瞬間立ち上がり、俺の傍まで駆け寄ってきた。そして俺の胸ぐらを力の限り掴んで、座る俺の体を無理矢理立たせるように引っ張り上げた。


「―――いい加減にしてよ!!!」


「つ、月乃………」


「ええそうよ!! アンタがそんなことしか考えない――そんなつまらない人間だって知っていたら、アンタなんか相手にしなかった!!

 アンタは! 私に本当の自分でいていいって言ってくれた!!

 ――なのに、なのになんでアンタは、本当の自分でいようとしないの!!?

 つり合い!? ふさわしくない!? 誰がそんなこと決めたの!? アンタでしょ!?

 私は!! そんなこと思ってない!! ――思ったこともない!!

 アンタの自分勝手な考えを私に押し付けないでよ!!!!」


「―――自分勝手なんかじゃねえ!!」


 俺は月乃の腕を振りほどいた。


「俺はな!! 凡人なんだよ!!

 全てを持った、お前なんかと違う!! ただの、凡人なんだよ!!

 ……お前に何がわかる!? 全て完璧で、全ての人に愛される!!

 そんなお前に、俺の何がわかる!!??」


 ………俺は、最低だ。

 行き場のないいきどおりを、無関係な月乃にぶつけていた。

 コイツは、なんも悪くない。

 ………なのに俺は、コイツに、理不尽に怒りをぶつけることしかできなかった。

 そんな自分が……心底醜くて、心底矮小わいしょうに見えた。心底、自分が憎かった。


 俺と月乃は、夜の公園に立ち尽くしていた。


「……そんなのじゃ……ない……」


 遠くの町の音しか聞こえない暗く静かな夜の中、ふいに月乃が小さく呟いた声が聞こえてきた。


「……そんなのじゃない………」


 月乃は、深く俯いたまま手を握り締め、そう、静かに話した。


「……私は、いつも一人だった。

 私は今まで、仮の自分でしか他人と向き合えなかった。自分を出すことが怖かった。そんな自分が、嫌で仕方がなかった。

 ……でも、晴司がそんな私の背中を押してくれた。それでも立ち止まる私の手を引いてくれた。本当の自分を見てくれた。本当の自分を好きだと言ってくれた……

 ……私には、それがたまらなく嬉しかった。

 私は晴司から、たくさんのことを教えてもらった……晴司のおかげで、私は本当の自分に出会えた……

 ……本当の、初めての気持ちに気付いた……

 だから、私のことを思っている人たちに、私は思いで返事をした。……逃げずに、自分の気持ちを伝えた……

 ……私は、これからもずっと、本当の自分で――晴司が好きだと言ってくれた飾らない自分で、晴司と向き合いたいから……晴司を見ていたいから……」


「……月乃……」


「……だから……私の、本当の気持ちを晴司に知ってほしい………」


 そう話した月乃は、もう一度俺に歩み寄った。でもそれは、さっきまでの様子とは違っていた。

 ゆっくりとした足取りで……でも、その足取りは迷うことなく、俺の方に向いていた。

 そして、俺の前に立ち止まった月乃は、星美と同じように、優しく暖かい両手を俺の頬に添えた。


 ……いつしか、夜は深くなっていた。


 太陽は沈み、次の朝を待っていた。

 空は暗いが、雲一つなかった。

 星は顔を出し、今この時を懸命に煌めいた。

 月は優しく光り、全てを包み込んでいた。


「……晴司……」


「……え……」


 そんな、月が優しく光る夜、初めて月乃と出会った公園で……

 ……月乃は、俺にキスをした。


 俺の頬は、俺のじゃない涙で濡れていた。






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