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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
いつか“自分”に出会うとき
16/64

出会った気持ち

 気が付くと、俺は下駄箱にいた。そこには生徒の姿はなく、俺は静かに靴に履き替えていた。


 月乃たちを見ていたときに、最後に月乃と目が合った気がした。その瞬間、俺はなぜか走って下駄箱に向かっていた。

 俺は、きっと逃げたんだと思う。今まで自分に向けられていた表情が、視線が、それらすべてが、違う他人に向けられていたことを受け入れたくなかったんだと思う。


(……いや、もういいんだ。アイツにはアイツの相手ができたんだ。身分相応の相手が。……俺も、身分相応に戻るときなんだ)


 ふと月乃の下駄箱を見ると、大量の手紙が投函されていた。


(ベタだなオイ……)


 でも、そのベタな光景は、更に俺の心を締め付けていた。


(やっぱり月乃は人気者だ。当たり前のことだけど、俺なんか足元にも及ばないくらい、途方もなく優秀で、たくさんの人から想いを寄せられている。それなのに、俺は……)


 すると後ろから急に声をかけられた。


「……あの、先輩!」


 目をやると、そこには佐々木星美が立っていた。


「ああ、お前か……」


「あの、一緒に帰っても、いいですか?」


 佐々木星美は、手を後ろに回し、モジモジしながら下を向いていた。


(なるほど、こりゃたまらん。並の男なら一瞬で悩殺されるだろう。恐るべし、佐々木星美マジック)


 でも、俺の心はなぜか冷めていた。


「ああ、いいよ……」


 俺たちは二人で下駄箱を出た。

 近くにいる生徒たちは、俺たちの姿を見てヒソヒソ話を咲かせていた。


「星美! ファイト!!」


「頑張ってね! 星美!!」


 そうやって声をかけていく1年の女子が何人かいた。声をかけられるたびに、佐々木星美は照れながら手を振っていた。


(……確かに人気者だな。女子からも慕われている。それだけ、いい子なんだろう)


 俺たちが帰るころには、すっかり夕焼けが空を包んでいた。夕陽に染められた空と雲。雲には、オレンジ色の面と暗い影の面が交互に描かれていた。雲は少しずつ形を変えたが、その度に二つの面を描き続けた。

 そんな空を見ていると、佐々木星美が不安そうに聞いてきた。


「あの、迷惑……でしたか?」


「え? 何が?」


「その……私と、一緒に帰ることです」


(……そんな顔されたら、言えることは一つしかないじゃないか)


「そんなことないよ。ええと……」


(……そういえば、なんて呼べばいいんだろ……)


「星美です! 星美って、呼んでほしい……です……」


 彼女は、尻すぼみに声を小さくして言った。


「じゃあ、星美?」


「………はい!」


 星美は満面の笑みで俺の顔を見ながら、元気に答えた。


(可愛いな。間違いなくこの子はいい子だ。これなら男女からモテるのも納得できる)


 そのことを改めて理解できた。……だからこそ、俺はずっと引っかかっていた疑問をぶつけることにした。


「なあ星美。ちょっとそこの公園に行かないか? 話がしたいんだよ」


「あ、はい!」


 俺と星美は、帰り道の途中にあった公園に立ち寄った。





==========





 その公園は、どこか見たことがあるような公園だった。でも俺は、そんなことに気を配る余裕なんてなかった。

 俺たちはブランコに座った。そして、足をブラブラさせていた星美に、俺は聞いてみた。


「………なあ、なんで俺なんだ?」


「え?」


「だから、なんで俺のこと、その……す、好きなんだ?」


(……改めて自分で言うと恥ずかしいな)


「友達から聞いたんだけど、お前のことを好きな男子はたくさんいるだろう? そのほかにも、たくさんの男子がお前に話しかけてくるだろうし……

 そんな中で、なんで一度も話したことない俺なんだ?」


「………」


 星美は少しだけ黙り、静かに話し始めた。


「……一度だけ、話したことがあります。先輩は覚えてないかもしれませんけど………」


(……ふむ、覚えていないな……)


「私が、ハラコーを受験した日のことです……」





==========





 その日私は、受験のため、ハラコーに来ていました。

 もともと緊張しやすい私は、学校に来てもドキドキしてて、パニックになってたんです。だから、受験開始までまだ時間があったんで、気持ちを落ち着かせようと思い、学校の中をウロウロしていました。

 そしたら、ある教室に迷い込んでしまったんです。


 その教室の教壇には、青いバラの造花が飾ってありました。私は造花でも青いバラを見るのは初めてで、つい見入っていました。

 その時、後ろから急に話しかけられたんです。


「受験生か?」


「……あ、はい!」


「会場はここじゃないぞ?」


「あ……すみません」


 その人の口調はとても怖くて、ただでさえ緊張していた私は泣きそうになっていました。

 そしたら、その人が花に気付いて、私に近付いてきたんです。


「……ああ、その花を見ていたのか?」


「あ、はい……青いバラを見るのは初めてで……」


「そうなんだ………」


 その人は、少し何かを考えるような素振りをして、話してきました。


「俺は花には詳しくないけど、この花は好きなんだよな……」


「そうなんですか?」


 その人の口調は、さっきまでと違って優しくなってました。その声に、私の緊張はだんだん解けていったんです。


「この花が、どんな花か知ってるか?」


「いえ……でも、とても綺麗だなって思います」


「この花はな、ちょっと前まで咲かせるのが不可能って言われてた花なんだよ。だから、当時の花言葉は“不可能”だったんだ」


「…………」


「でも、日本の企業が研究を進めて、不可能って言われていた花を誕生させたんだ。

 そっから、この花の花言葉にある花言葉が加えられたんだ。なんだと思う?」


「いえ、わかりません……」


「それはな、“奇跡・夢叶う”っていう言葉なんだよ」


 私は、その話に素直に感動を受けました。


「すごく、素敵な話だと思います……」


 そして、その人は笑顔で私の方を向いて話を続けました。


「受験前にこの花を見れてよかったな。きっと、この花がお前を祝福したんだろ。だからお前は大丈夫だよ。

 ……だから、そんな泣きそうな顔はするな」


「え?」


「緊張……少しは解けただろ?」


「……は、はい!」


 その時、私の中に緊張はもうありませんでした。その人の笑顔はとても暖かいものでした。そんな笑顔を見ていると、何だか私の心も暖かい気持ちになっていったんです。


「……でも、すごく恥ずかしいこと言いますね」


「うぐ……それは言わないでくれ」


 私、その人が顔を真っ赤にして照れている姿を見て、つい笑ってしまいました。

 それから、その人は会場までの道を教えてくれました。


「あの、ありがとうございました!」


「お礼はいいよ。――あ、そうそう、もう一つ」


「は、はい!」


「合格発表の日は学校休みだから、俺は学校に来ないんだ。

 ……だから、先に言っておくから」


「何をですか?」


 そしたら、その人はニコッて笑って、こう言ったんです。


「ようこそ。ハラコーへ」





==========





「――それが、先輩だったんです」


「……思い出した。あの時の受験生か……」


「はい! ……あの時の先輩、とてもクサかったですよ?」


 星美は笑顔で言った。


(……だから、それは言うなよ)


 星美はすっかり緊張がとれたようだった。


「でも、先輩のおかげで、私は落ち着いて受験することができました。

 そして、今まで経験したことがない気持ちまでくれたんです。それは、本やテレビではよく話題になってて、いろんな友達も話をしていたことなんです。でも、私には全然こなくて、この先も来ないかもって思ってたんです」


「………」


「でも、先輩と出会って、私はその気持ちと出会えたんです。

 それは思ってた以上に大きくて、思っていた以上に切なくて、思ってた以上に暖かい………

 私は、そんな素敵な気持ちを――私の初恋を持って、先輩が通う高校に入学しました」


「…………」


 星美の姿は、陽子先輩に憧れていた、あの時の俺の姿と重なった。

 この子は、俺と同じだった。

 初めての気持ちに、どうすればいいかわからず、とにかく不安で……だから、不器用にもその気持ちを吐き出そうとしているんだろう。


「高校に入って、私は先輩をすぐに見つけました。でも、なかなか勇気が出なくて話しかけられなくて………

 そして、噂で先輩にすごく綺麗な彼女ができたって聞いたんです」


(……月乃か)


「そのあと、先輩がその人と帰るところを見たんです。

 ……とても私なんかが敵わないくらい綺麗でした。綺麗でスタイルもよくて凛々しくて……そんな人を彼女に持つ先輩に告白しても、きっと断られる……

 ……そう思って諦めていました」


 星美は、すごく切ない表情をしていた。


「でも、諦めよう、諦めようって考えると、余計に気持ちが強くなって……

 諦めたくない。せめて気持ちは伝えたい……そう思ったんです」


「……それで、今日の昼か」


「はい。あの時は夢中だったので、頭の中は真っ白でした。

 ……だから、その……キ、キスまでしちゃって………」


 星美は、顔を真っ赤にして俯いた。


 本当は、そのことで一言二言文句を言おうと思っていた。

 でも、泣き出しそうな星美の顔を見ていたら、とても言えなくなった。おそらく、俺も星美マジックにかかってしまっているのだろう。

 笑いたければ笑え。俺は、初志貫徹もできないヘタレなんだ。


「……あの、先輩。聞いてもいいですか?」


「ん?」


 星美は怯えた表情で、俺の顔を見ながら言った。


「あの……告白の返事を……聞かせてもらえませんか?」


「………」


 正直な話、すでにかなり引き込まれていると思う。

 こんな可愛い子に、こんないい子に、こんな告白をされてドキドキしないわけがない。事実、さっきから俺の心臓は激しく脈動していた。

 ……もしここで告白を受ければ、明日からはバラ色の生活が待っているだろう。誰もが羨む、充実した学校生活が待っているだろう。

 でも、なぜかそれを躊躇する自分がいた。


(……いや…なぜか、ではない。……理由はもう、わかっているはずだ。俺に必要なのは、その確認作業なんだ……)



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