いつか気持ちを伝える日まで
「……みんな遅いね」
「あ、ああ、そうだな」
休み明けの学校、昼休み。普段通りの、日々変わりなく訪れた昼休みであった。……はずだが、俺は屋上で、なぜか空音と二人きりになっていた。
(……なんでこうなるんだ?)
則之は秘策があると言っていたが、実のところ、則之からまともな説明なんてなかった。
今日の朝、則之が俺と空音に昼休みは屋上で食べようと提案してきた。まあそれもいいだろう、と思い屋上に空音と二人で上がったのだが……なんと、則之は来なかった。
則之は、昼食を屋上で食べることを月乃には内緒にしていてほしいと俺に懇願してたから、もちろん月乃も来るわけがなく、結果、俺は空音と二人きりになっていた。
(則之よ……まさか、この間に作戦を決行せよ、そういうことでいいのか?
秘策ってこれか!? 策ですらねえじゃねえか!!)
俺は大きくため息をついた。ため息が出てしまった。それでも、とりあえずやってみることにした。
「とりあえず、食べようぜ」
「そ、そうだね………」
俺は買っていたパンの袋を開けた。空音は、可愛らしい弁当箱を取り出した。中はしっかりと弁当になっており、どれもうまそうだった。
(……どっかの兵器型弁当設計者にも見せてやりたい。ていうか、アイツは一度、料理というジャンルの基本を学ぶべきだと思う)
屋上は風が吹いていた。日射しも強いが、それでも心地よさを感じてしまうのは、そのおかげだろう。
しかし、どうもさっきから妙な空気が流れている。二人とも話さず、でも、こうピリピリって雰囲気でもない。なんとも言えない、柔らかな重さだった。
「そ、そういえばさ」
空音が、その空気に耐え切れなくなったか、唐突に話してきた。
「お、おう」
「二人だけって、初めてだよね」
「あれ? そうだっけ?」
「うん。そうだよ。いつもは必ずってくらい則之が一緒にいるし……」
「そういえばそうだなあ……」
(……もしかして、俺って則之の邪魔してた?
則之よ、すまなかった。お詫びと言っちゃあなんだが、今回の任務はキッチリ果たすぜ!)
「……空音ってさ、則之と付き合い長いんだよな?」
「うん。幼稚園からの付き合いだからね。いわゆる、腐れ縁ってやつかな。」
「腐れ縁ね……空音的に、則之ってどんな奴?」
「則之?」
空音は手を顎に添え、真剣に考え始めた。何事も一生懸命。空音らしい。
「そうね……ひらたく言えば、バカかな」
(……おぅ……)
「……バカだけど、根は意外と真面目で、正直で、一直線で、うるさいけど、ムードメーカーって感じかな?
昔っから変わってないんだよね。そういうところは……」
空音は、少し照れながら話していた。
(……あとで則之に教えてあげよう。狂喜乱舞間違いなしだ)
「確かに、則之は一直線だよな。もう猪って感じだし。告白なんて盛大にヤバそうだな」
(マズった。これは失言だった)
「そうそう! 私のときも、すごかったんだよ!」
「へえ、それはぜひとも見てみたかったな。
………って、どゆこと?」
「――――あ!」
空音は、しまった!! って顔をした。開けてはならない扉を開いたような感じだった。
「まさか……」
「……もう手遅れ、だよね。だったら言っちゃうけど……
実は、ここだけの話、私、則之から2回告白されてるんだ」
「…………」
(はいいいいいい!!??)
「いつ!?」
「中学の時と、高校入ってから……
中学の時なんて、学校から帰ったら家の前に則之がいて、昼間だったのに、“好きだあああああ!!”って叫んだんだよ?」
(チャレンジャーだな。まあ則之らしいが……ていうか言えよ!!
……って、言えねえか………俺だって人のこと言えた立場じゃねえし。
しかしスゲーな則之。二度フラれても、依然としてアタックを止めないとは……)
則之の不屈の精神と空音への深い想いを感じつつ、俺は任務に戻ることにした。
「なんで付き合わなかったんだ? 空音たち仲いいのに……」
「え、えっとね……それは……」
空音は困った表情のまま苦笑いを浮かべ、急に言葉を濁した。
(……まあ言いづらい話ではあるしな)
「いや、言いたくないなら無理に言わなくていいぞ?」
空音はしばらく考え、話し始めた。
「……則之には内緒にしてよ?」
「ああ! 任せとけ!!」
(……すまん空音。内容次第では則之に言っちまう)
「……実はね、私……す、好きな人がいるんだ……」
(………おぅ………)
空音は顔を赤く染めながら話した。
「その人を最初に見たのは中学のときなんだけど……なんていうかな、一目ぼれとは違うんだよ。
私の近所の友達も則之と楠原くんの中学に通っていたんだけど、その子もその人のことを知っててね。二人から話を聞いて、その人の姿を何度か見かけるうちに、ああいいなって思うようになって、気が付けば、好きになっていたの。
不思議なことだよね。実際、いつ、どうして好きになったかなんてわからないんだ。
……でもね、その人は確かに私の中にあって、とても大きくなってるんだ。その人の顔を見るたびに、心臓が早くなって、とても幸せな気持ちになれるんだよ」
空音の顔は、幸せそうなだった。話しながら、相手のことを思い出しているのだろう。
(則之よ。どうもお前の相手は強大のようだ)
「でも、ちょっと前にいろいろあってね。私、その人のこと諦めてたんだ。
……でもね、最近もう一度思ったの。私はやっぱりこの人が好きなんだって。諦めたくないって。
もちろん告白なんてしたことないんだけどね。告白してダメだったら、今の私じゃたぶん立ち直れないし、二度と話すことも出来なくなると思う。
それに、その人に告白したら、他にも大切な何かが壊れるだろうし、その人にも迷惑がかかっちゃうんだ。今の私にはそこまでする覚悟がない。
だから、今はただ、その人のそばにいようって思うんだ」
空音の顔は真剣そのものだった。そこに冗談なんてあるはずもなく、険しさも見え隠れしていた。
「……なあ空音。質問していいか?」
「え!? な、なに!?」
空音は体をビクッとさせ、冷や汗をかきながら俺を見た。
(そんなに驚かなくても……)
「その人って、どんな人?」
そう聞くと、空音は再び考え込んで、ゆっくり話した。
「ええとね、顔は……特別カッコよくは……ないかなあ……
あ! 私はカッコいいって思うけどね!」
(……いや、どっちだよ)
「成績も普通だし、運動が特にすごいわけでもないし……でもね、とても暖かい人なんだ」
「暖かい?」
「なんていうかな。困ったときは助けてくれて、落ち込んでいたら何も言わないけど傍にいてくれて……
私にだけ特別ってわけじゃないんだけどね。どんな人にもそうやって接してて、本人はそんなに意識してないんだ。それでも、私はすごく嬉しかったんだ」
「そ、そうか……」
(則之……悪いが、お前はすでに崖っぷちだ)
俺は、最後にダメ元で聞いてみることにした。
「最後にもう一つ質問。その人の名前は?」
「そ、そんなの言えないよ!!」
(……だよねえ)
「地元の学校の奴?」
「秘密!!」
(くぅ……則之、どうやら俺にできるのはこれまでのようだ)
「わかったよ空音。もう質問はなしだ」
「そ、そう……ああ、なんか恥ずかしくなってきた! 絶対誰にも秘密だよ!?」
「ああ。わかってるよ」
(……こんなこと、誰にも言えねえって)
自分で聞いといてアレだが、ここまで空音が話してくれるとは思わなかった。それはきっと、空音が俺を信頼して話したことだし、それを裏切るわけにはいかないな……
それに、もし則之がこの話を耳にしようものなら発狂しかねない。
空音は、持ってきていたお茶を一口飲み、空を見上げながら再び話し始めた。
「……でも、いつかは私の気落ちを伝えようって思う。結果がどうなるかはわからないけど、いつまでもこんな関係が続くなんて思わないし、言わないと、きっと私は後悔する。
まあ、気持ちの整理がつくまでは時間がかかりそうだけどね。
逃げてるように見えるかもしれないけど、しっかり考えたいんだ」
そう言った空音の顔からは、強い決意が感じ取られた。それは普段の空音と少しだけ、でも確実にどこか違う決意に満ちた顔だった。
「……俺は別に、空音が逃げてるなんて思わないな」
空音は、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
「だって空音は、こんなにも自分の頭で考えて、自分の足で前に進もうとしてる。
その準備の時間なんて人によって違うだろうけど……それでも空音は前を向いて、自分に向き合ってるじゃないか。
俺は、それは素直にすげえって思うな。
それはもう“逃げ”なんかじゃない。きっと“前進”なんだよ」
「……あ、ありがと………」
空音は俯いてしまい、動かなくなった。その口からは、それ以上何も言葉が出ることはなかった。
(ここで黙られたら、なんだかスンゲエ恥ずかしいんだが……)
そこからは二人とも黙ってご飯を食べた。空音は、やっぱり一言もしゃべらなかった。
……そして、昼休みが終わりに近づいてきた。
「そろそろ教室に戻るか」
「う、うん………」
俺はゆっくり立ち上がり、廊下に通じる窓によじ登り、下で待つ空音の手を掴んだ。
「……楠原くん」
「ん? どうしたん……だっと!」
一気に空音を引っ張り上げ、二人で廊下に着地した。
「私、その人に、いつか絶対気持ちを伝えるから。
その時が来たら……その人の名前、教えてあげる! それまで待っててね!」
空音は手を後ろに回し、笑顔で俺を見ながらそう言った。
「そ、そうか! 頑張れよ!」
「うん!!」
空音は小走りで階段を下りて行った。
……いつかの月乃のときのように、不覚にもドキッとしてしまった。
空音って、あんな顔もできるんだ。普段の空音とはどこか違う、何か輝いて見えた。
(あれが世に言う“恋する乙女”ってやつか……
補正ハンパねえな……)
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教室に戻った俺を待っていたのは、予想通りというか期待を裏切らないというか、やっぱり月乃だった。
月乃がツカツカ音を立てながら歩いてくる。その足音は、この世の終焉のような絶望感を感じさせるものだった。
「……ねえ、どこ行ってたの?」
その顔は、猫を被ってることもあり笑顔だったが、恐ろしい迫力があった。殺意モードが降臨していた。
俺が固まってると、則之が無理やり話しかけてきた。
「よう晴司! 飲み物買いに行こうぜ!!」
(ナイスだ則之!!)
「おお則之! 俺もちょうど喉が渇いていたんだ!!」
俺はさっさと教室を出た。むしろ逃げた。
「ちょっと………晴司!!」
月乃の声が後ろから聞こえたが、教室を出た瞬間ダッシュで離脱した。
自動販売機コーナーに着くと、則之は待ちきれなかったように切り出した。
「で! で!? どうだった!?」
「ええと……それはなだな……」
(……言えねえ。好きな男のノロケを聞いたなんて言えねえ)
「そうだな……まあ、お前に対して悪い感情は持ってなかったぞ?」
(……バカと言ってたが……)
「そうかそうか! で!? 俺の勝率はいかほどに!?
思った通りズバッと言ってくれ!!」
(ズバッとって……)
「どうなんだよ晴司!!」
興奮する則之の顔は、まさしく恋する男子の顔になっていた。見ていると具合が悪くなってきた。
(……補正ハンパねえな)
総合的に則之の勝率を考えてみた俺は、その弾き出された数値を元に、今の俺が取るべき最善の行動を取ることにした。
俺は、静かに則之の肩を叩いた。
「則之……ジュース奢ってやるよ」
俺は全力の作り笑いをうかべた。もう精いっぱい笑顔を作った。
「え? ちょっと、晴司?」
「いいから。なんでも好きなのを飲んでくれよ」
「ちょっと?? もしも~し??」
……その日俺は、則之にジュースを3本奢った。