第十三章:蒼騎士団の報せ
橋のそばまで白旗を掲げた騎兵が近づいてくる。
俺とユウキ先輩は警戒しながらそれを待ちかまえる。
馬に乗っている男は、割と歳を食った、屈強そうな男だ。
使者って言うより、刺客って言われた方がまだ納得できる。
使者は川のそばまでくると馬を下りてこちらに近づいてきた。
「俺の名はウィルド・ランボルク。
ディ・ラオール神国蒼騎士団の第三師団長を務めている。」
その使者と思われていた男はそう名乗った。
蒼騎士団ってのは聞いたことないが、師団長っていえばそれなりの地位だぞ。
恐らく、このアリトナ村に攻めてきている部隊の指揮官じゃないか。
神国の師団長といえば、当然騎士位を持っているだろうし、
刺客というのも、あながち冗談じゃないかもしれない。
ユウキ先輩はその男のそばにいき、応える。
「使者の御用向きはなんでしょうか、ウィルド殿。」
「がっはっは、あんたがユウキちゃんか。
なかなか、勇ましい顔しているな。」
途端、男がユウキ先輩になれなれしく話しかける。
ユウキ先輩の知り合いってわけでもなさそうだが・・・。
「アリトナ村の方面で公騎の力を持つ者がいれば、
それはきっと、亡命したユウキに違いないってな。
なるほどなるほど、その怖い顔をみると、アタリみたいだな。」
そうか、俺達がアリトナ村方面に亡命したことはわかっているし
公騎の力を持つ者は、神国以外ではそんなに数はいない。
トルアノ連邦では数名しかいない公騎の力を、辺境の村で使うものがいれば、
それは亡命したユウキ先輩に違いない、というのは想像に難くない。
「そんなことを言うためだけの使者だというのですか?」
「そう怖い顔するなよ。まぁなんだ。俺の用はあんたじゃない。
あんたはつぶせって言われてるからな。
それより、ユウキちゃんがいるなら、カナートって小僧もいるだろう。
そいつと話がしたいんだが、いるか?」
「お、おれ?」
とっさの呼びかけについ、反応してしまう。
「ばか、でてくるなカナート!
隠れていろ。」
「ユウキちゃんさ、そうどなるなって。
俺はなにもしねぇよ、ちょっと話をさせてくれればいいんだ。
戦いになったら、公騎のあんたはともかく、あの坊主とか
一瞬ではねちまいそうだからな。その前に、伝えておかないとな。」
ウィルドと名乗った男は不適な笑みを浮かべ、俺の顔を見ている。
「さぁ、そんなとこつったってないで、こっちこいよ。」
「カナート、下がっていろ!
話は私が聞いておく!」
ここしばらく、冷静だったんだけど、ユウキ先輩が最初にみた時のように感情的になる。
いつもはすごく冷静で戦いの場面でも、それは変わらない。
でも、何だったか・・・そうファルナ先輩の前では驚く程に感情的だった。
彼女の前では、冷静なユウキ先輩はポロポロと素顔がこぼれ落ち、
あぁこの二人は本当に仲がいいんだなぁと感じたのを覚えている。
俺は少し迷ったが、あの男が何故俺に話があるのか。
その疑問がわいてきて、話を聞くことにした。
ゆっくりと、警戒しながらユウキ先輩と並び、ウィルドと名乗る男を見据える。
「あんたが、カナート・エスシオールで間違いないな?」
ウィルドと名乗った男はまるで俺を十年来の友のような、親しげな笑みで見つめている。
なんなんだ、この人は・・・。
「あぁ、俺に話っていうのは?」
「がっはっは、なに、おまえにとってはいい話だと思うぜ?
おまえは神国の生まれだろ、祖国の兵士と戦っても平気なのか?」
「・・・何が言いたい。」
「はっはっは、そう怖い顔するなって。
おまえさえその気なら、おまえにかかった反逆罪はちゃらにして、
かつ俺達、蒼騎士団の副長として迎え入れたいっていう話だ。」
「なっ!」
どういうことだ、俺を騎士団の副長?何をいってるんだ、この男?
「俺達の蒼騎士団はおまえたちが亡命した後につくられたから
知らないのも無理はないかもしれないがな。
まぁ神国では聖騎士団や征龍騎士団と並ぶ、でかい騎士団なんだぜ?」
「わざわざ、反逆罪がかかって、亡命している、士官学校すら卒業していない男を、
この戦いの最中に、副長として迎え入れる。
そんな与太話を、俺が信じると、あんたは思っているのか?」
「がっはっは、なかなかに冷静沈着。物事をよく見ている。
じゃあ1つ、おまえが信じられる材料をやろう。
俺達の騎士団長は、ファルナ・ファルシオン。
おまえたちが亡命した後の話だが、星騎の叙任を受け、騎士団長に就任している。」
「ふぁ、ファルナ先輩が・・・星騎士に・・・?」
「わかるだろう、星騎士といえば、神国では神王に次ぐ地位を持つ。
おまえの反逆罪をちゃらにするぐらい、わけないんだよ。
で、ファルナ嬢はどうにも、おまえさんのことを気に入ってるみたいでな。
何でも、ファルナ嬢を二度もうち負かしたらしいじゃねぇか?」
ファルナ先輩なら、あるいはそういうこともあるかもしれない。
星騎の叙任が本当だとすれば、確かに反逆罪も、どうとでもなるだろう。
そもそもが、えん罪じゃないかとさえ思える、言われなき反逆罪でもあるのだから。
だが、ひっかかることがある。
「俺だけなのか・・・?
ユウキ先輩の反逆罪も取り消してくれるのか?」
「ユウキちゃんのは駄目だ。そいつのは神王直々に下された反逆罪だからな。
星騎士といえども、覆せない。だが、カナート、おまえさんのは
反逆者に荷担したからっていうだけで、ついた罪だ。
それぐらいなら、ファルナ嬢の力でなんとかなるってわけだ。」
ユウキ先輩は、神王の命令に逆らったから、反逆罪になったと言っていた。
話としては、それなりに筋は通っている。
だが、俺の答えはもうでている。とすれば、俺がとるべき行動は・・・。
「あんたの話が信用できるか、もう少し詳しく話が聞きたい。」
「カナート、こんな奴の話を聞くな!」
「ユウキ先輩、しばらくこの人と話をしているんで
席を外してもらえますか?」
「カナート!君は・・・君は・・・!」
ユウキ先輩はこうなると、いつもの冷静さがなくなる。
気づいてくれれば良いんだけど・・・。
「ユウキ先輩、俺の中ではまだ矛盾したままなんです。
それは、たぶん変わらないです。」
「えっ・・・?」
「それじゃ、ウィルドさんでしたっけ、いきましょうか。」
俺は、疑問をもたれないうちに、ウィルドという男に話をふる。
「がっはっは、しかし、おまえさん、モテモテだな、おい。
おじさん、うらやましくなっちまうぜ?」
意外とにぶい人なのかもしれない。これなら大丈夫そうだ。
「そんなんじゃないですよ。それじゃ向こうのほうで。」
俺とウィルドは、橋を離れ、男が馬を止めた木陰付近まで離れる。
男にできるだけ、不振に思われないよう話を聞き、時間をかける。
ふと橋の方をみるとユウキ先輩の姿はもうなかった。
さて、冷静さを取り戻してくれればいんだけど・・・。
「おい、もういいだろう。
こんな所で長話してる場合じゃねえよ。
さっさと、本陣にもどろうぜ。ユウキちゃんとはとっくに戻ったみたいだしよ?」
男はとうとうしびれをきらしてしまったようだ。
まぁこの辺りが潮時か。
「そうですね、それでは俺も自分の陣地に戻るとします。
次に会うときは、敵同士ですね。」
「あ・・・あん?
おい、どういうことだよ?俺達とくるんじゃなかったのか?」
「一緒にいくつもりなら、すぐに本陣に戻りますよ。
こんな所で、相手につくかどうか迷って話を聞くなんて、ばかげてる。」
男はようやく目的に気が付いたようだ。
「くっ、くそ!
てめぇ、馬鹿にしやがって!」
男がとっさに俺に斬りかかってくる。
まぁ時間も稼げたし、ここで死ぬのも悪くはないか。
と思った瞬間、男の刃が、別の刃に止められる。
「神国の使者は、刃をふるうようにしつけられているのか?」
「ゆ、ユウキ先輩!」
「すまない、カナート。少し冷静になれたようだ。」
「そう・・・みたいで、よかったです。」
俺は後一歩まで迫った相手の刃にひやりとしながら答えた。
「くっ・・・。
ちぇっ、わかったわかった。
俺のまけだ。ここはおとなしく引き下がろう。」
男は遠目に見える、トルアノ連邦の援軍をめにし、あきらめたようだ。
「間に合ったようですね、援軍は。」
「まったく、君も無茶をする。
時間稼ぎのために、あえて話を延ばすなんてな。」
「いや、思ったよりうまくいってよかったです。
俺も正直、駄目かと思ったところです。
ユウキ先輩が冷静になってくれて、よかったです。」
「ははっ、すまないな・・・。
君には肝心なときにはいつも、助けられている。」
「俺は何もしてないですよ。運が良かっただけです。
それに、本当に厳しくなるのはこれからですからね。
神国と、連邦が本格的に戦争を始めたらどうなるか・・・。」
援軍がきたおかげで、この場所に攻めてきた神軍は引き上げを始めたようだ。
だが、これで終わるとは思えない。
遠ざかる神軍と、近づいてくる援軍が奏でる軍蹄の音を聞きながら
俺達は今後広がるであろう戦火を案じていた。




