表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野球ってさ…  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/8

第3話 奇策のはじまり

夜のグラウンドに残った土の匂いが、まだ空気に漂っていた。

昨日、晴斗が「今日から全部変える」と宣言したその余韻が、部員たちの胸に重く沈んでいる。


翌日の夕方。

仕事を終えた社員たちが、疲れた足取りでグラウンドに集まってきた。


声は出ている。

だが、昨日とは違う。

どこか“探るような”声だった。


晴斗は、バックネット裏で腕を組んで立っていた。

みのりが隣に立つ。


「……みんな、緊張してるね」


「当然だろ。昨日までの練習を全部否定されたんだ」


晴斗の声は淡々としていた。

だが、その目は鋭かった。


みのりは小さく息を吸う。


「今日、何をするの?」


晴斗は答えず、グラウンドへ歩き出した。


***


部員たちが整列する。

夕陽が沈みかけ、影が長く伸びていた。


晴斗は、ゆっくりと視線を巡らせた。


「昨日言った通りだ。

 今日から、全部変える」


部員たちの喉が、ごくりと鳴る。


晴斗は、一本のバットを持ち上げた。


「まずは……走り込みをやめる」


ざわめきが起きた。


「え?」「走らないの?」「野球って走るスポーツじゃ……」


晴斗は手を上げ、静かに制した。


「走り込みは“疲れるための練習”だ。

 疲れた状態で練習しても、技術は身につかない。

 社会人は時間も体力も限られてる。

 だから、無駄は全部切る」


部員たちは顔を見合わせた。

その表情には、驚きと戸惑いと……少しの期待が混ざっていた。


晴斗は続ける。


「次。声出しも禁止だ」


さらにざわめきが広がる。


「声を出しても、技術は上がらない。

 声で自分を誤魔化すな。

 必要なのは“再現性”だ」


みのりが横で小さく頷いた。


「……晴斗くんらしいね」


晴斗は、バットを地面に置いた。


「今日やるのは、たった一つだけだ」


部員たちが息を呑む。


「“自分の役割を一つだけ極める”練習だ」


営業部の外野手が手を挙げた。


「役割って……守備とかですか?」


晴斗は首を振った。


「違う。

 お前は“落下点に入る歩数”だけを極めろ。

 外野の守備範囲は広い。

 だが、歩数が正確なら、足が遅くても追いつける」


経理部の捕手が戸惑いながら言う。


「じゃあ俺は……?」


「お前は“ワンバウンド捕球”だけを極めろ。

 肩が弱いなら、暴投を止める方が価値がある」


製造部の若手が手を挙げる。


「バントが苦手なんですけど……」


晴斗は即答した。


「なら、バントは捨てろ。

 お前は“初球の見極め”だけを極めろ。

 バントが下手なやつにバントをさせるのは、戦術じゃなくて虐待だ」


部員たちの表情が変わっていく。

驚きから、理解へ。

理解から、希望へ。


みのりは、その変化を見て胸が熱くなった。


晴斗は、最後にこう言った。


「社会人野球は、時間がない。

 だからこそ、全部やろうとするな。

 “一点突破の職人”になれ。

 それが……弱者が強者を倒す唯一の方法だ」


夕陽が完全に沈む。

照明が灯り、グラウンドが白く浮かび上がる。


晴斗は手を叩いた。


「じゃあ始めるぞ。

 今日から、お前たちは“専門職”だ」


部員たちが動き出す。

その動きはぎこちないが、昨日までとは違う“意志”があった。


みのりが晴斗の隣に立つ。


「……すごいね。

 本当に全部変えちゃった」


晴斗は、少しだけ笑った。


「変えなきゃ勝てない。

 勝てなきゃ……守れないものがある」


みのりはその横顔を見つめた。

夕闇の中で、晴斗の目は静かに燃えていた。


壊すための野球は、

この日、初めて“形”になり始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ