第26話 続いていく場所
月曜の朝。
オフィスの空気は、いつもより静かだった。
予選二回戦の敗退から一夜明け、
野球部の未来を決める経営会議が開かれる日だった。
みのりは、落ち着かない気持ちを抱えながら総務部の席に座っていた。
——今日で、すべてが決まる。
その時、部長が歩いてきた。
「桐谷さん。
経営会議、終わったよ」
みのりは息を呑んだ。
「……どうでしたか」
部長は、少しだけ微笑んだ。
「野球部は……存続だ」
みのりの胸が一気に熱くなった。
「本当ですか……!」
「うん。
勝敗じゃなく、“価値”が評価された。
部署間交流、健康維持、社内の雰囲気改善……
そして何より、予選での姿勢が高く評価された」
みのりは、涙がこぼれそうになった。
「……よかった……本当に……」
部長は続けた。
「ただし、活動費は少し削減される。
でも、続けるには十分だよ」
みのりは深く頷いた。
「……みんなに伝えます」
***
夕方。
グラウンドには、いつものように部員たちが集まっていた。
中山のいない外野。
村井の膝に残る痛み。
田淵の疲れた表情。
それでも、全員がそこにいた。
みのりは、深く息を吸った。
「みんな……
今日、経営会議の結果が出ました」
部員たちが一斉に振り向く。
「どうだったんですか」
「廃部……?」
「続けられるんですか」
みのりは、ゆっくりと微笑んだ。
「野球部は……存続です」
その瞬間、
グラウンドに歓声が広がった。
「よっしゃあああ!」
「続けられるのか!」
「マジで……よかった……!」
村井はミットを抱えたまま涙ぐみ、
田淵はバットを握りしめて空を見上げた。
晴斗は、静かに目を閉じた。
——よかった。
みのりは続けた。
「勝ったからじゃない。
“価値”があるって、会社が認めてくれたんだよ」
中山のいない外野を見つめながら、
晴斗はゆっくりと前に出た。
「……みんな。
予選は負けた。
でも……
俺たちは“続ける理由”を示せた」
部員たちは静かに頷いた。
晴斗は続けた。
「奇策は、もう俺のものじゃない。
みんなの仕事、経験、人生が作った“集合知”だ。
これからも形を変えながら、続けていく」
村井が言った。
「中山さんがいなくても……
俺たち、前に進めますよね」
晴斗は頷いた。
「進める。
中山が残してくれたものは、消えない」
田淵は、少し照れながら言った。
「三浦さん……
これからも、俺たちを引っ張ってください」
晴斗は、ゆっくりと首を振った。
「引っ張るんじゃない。
一緒に進むんだ」
みのりは、その言葉に胸が震えた。
——晴斗くんは、もう“奇策の人”じゃない。
——チームの中心に立つ、大人のリーダーだ。
***
練習が始まる。
奇策でも、基本でもない。
ただ、キャッチボールをし、
ノックを受け、
笑い合いながら走る。
その光景は、
勝利よりも美しく、
敗北よりも強かった。
みのりは、晴斗の隣に立った。
「……晴斗くん。
これから、どうするの?」
晴斗は、少しだけ空を見上げた。
「続けるよ。
ゆっくりでいい。
形を変えながら、続けていく」
みのりは微笑んだ。
「うん。
それが一番いいよ」
夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。
奇策は進化した。
チームは成熟した。
会社は価値を認めた。
そして今、
野球部は“続いていく場所”になった。
勝利でも敗北でもなく、
**続けることそのものが価値になる場所。**
その場所で、
大人たちの野球は、静かに、力強く続いていく。




