第25話 二回戦 ――揺れる均衡
日曜の朝。
昨日の勝利の余韻がまだ残っているはずなのに、
グラウンドに漂う空気はどこか張りつめていた。
予選二回戦。
相手は、区内でも上位常連の強豪企業チーム。
みのりは、集まってくる部員たちの表情を見て胸がざわついた。
——昨日とは違う。
——緊張じゃない、“覚悟”だ。
晴斗は、スコアブックを抱えながら静かに言った。
「……今日も“価値”を見せる。
勝てなくてもいい。
でも、胸を張れる戦いをしよう」
部員たちは頷いた。
中山の不在。
会社の視線。
奇策の再構築。
すべてを抱えたまま、二回戦が始まった。
***
初回の守備。
相手の1番打者は、鋭いスイングで外野の頭を越える二塁打。
「やば……」
「強いな……」
だが、外野の二人はすぐに声を掛け合った。
「次、俺が深めに入る」
「カバー任せろ」
続く打者。
村井は配球傾向を読み、外角低めを要求。
だが——
相手はその読みを逆手に取ってきた。
内角高めのストレート。
打者は迷いなく振り抜き、センター前へ。
1点先制。
晴斗は、静かに言った。
「……相手も“読んでる”な」
みのりは息を呑んだ。
——奇策が研究されている。
***
攻撃。
田淵が打席に立つ。
投手の癖を読むが、相手は癖を隠す技術が高い。
「……見えない」
三球三振。
続く打者も、
外角に逃げる変化球に手が出ず、凡退。
「強い……」
「昨日とはレベルが違う……」
ベンチの空気が重くなる。
晴斗は、静かに言った。
「焦るな。
“勝つため”じゃなくて、
“価値を見せるため”の試合だ」
その言葉に、部員たちは少しだけ肩の力を抜いた。
***
中盤。
相手は、奇策の“集合知”を完全に警戒していた。
外野の歩数分担には、
打球方向を逆手に取るバント攻撃。
内野のフェイクには、
走者がフェイクを逆利用して揺さぶりをかける。
村井の配球読みには、
投手が意図的に“傾向を崩す”投球。
「……すげぇな」
「ここまで対策されるとは……」
だが、部員たちは折れなかった。
「じゃあ、次はこうしよう」
「声でカバーしよう」
「情報共有をもっと早く」
奇策は崩されても、
“集合知”は崩れなかった。
みのりは胸が熱くなった。
——これが、晴斗くんが作ったチーム。
***
六回表。
1対0のまま、試合は緊迫していた。
その時だった。
村井が、突然膝に手をついた。
「……っ」
晴斗が駆け寄る。
「どうした!」
「昨日の疲れが……
足にきて……」
キャッチャーは、チームの頭脳。
村井が抜ければ、奇策は大きく揺らぐ。
だが、村井は首を振った。
「大丈夫です……
最後まで……やらせてください」
晴斗は、迷った。
——無理をさせれば、怪我を悪化させる。
——でも、村井の意思を折ることにもなる。
みのりは、そっと言った。
「晴斗くん……
“価値”を見せる試合なんだよ。
無理をさせることが価値じゃない」
晴斗は、ゆっくりと頷いた。
「……村井。
今日は、ここまでだ」
村井は悔しそうに唇を噛んだ。
「……すみません」
「謝るな。
お前は十分やった」
控えの捕手が入り、試合は続いた。
***
七回裏。
最後の攻撃。
1点ビハインド。
二死一塁。
打席には——田淵。
相手投手は、癖を完全に隠している。
観察力が通用しない。
だが、田淵はバットを握り直した。
「……癖が読めないなら、
“俺の強み”で勝負する」
初球。
外角ギリギリのストレート。
見逃し。
二球目。
インコースの変化球。
ファウル。
三球目。
外角低めのスライダー。
田淵は、迷わず振った。
打球は鋭くライトへ——
だが、相手の守備が一歩早かった。
ライトフライ。
試合終了。
スコアは、1対0。
黄昏インダストリーズ、敗退。
だが——
ベンチに“敗北の空気”はなかった。
「いい試合だった」
「強かったな、相手」
「でも……俺たちも負けてなかった」
みのりは、涙をこらえながら晴斗の方を向いた。
「……晴斗くん。
今日の試合、すごく良かったよ」
晴斗は、静かに頷いた。
「勝てなかった。
でも……
“価値”は見せられたと思う」
夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。
奇策は崩された。
チームは敗れた。
だが——
**存在意義は、確かに示された。**
次は、会社の判断が下る…




