第24話 予選一回戦 ――“価値”を示す日
土曜の朝。
冬の空気は冷たく澄み、会社裏のグラウンドには緊張が漂っていた。
今日は、ついに予選一回戦。
勝てるかどうかではない。
会社に“存在意義”を示す日だった。
みのりは、集まってくる部員たちの顔を見て胸が熱くなった。
中山の姿はない。
だが、その不在を埋めるように、全員の表情には覚悟が宿っていた。
晴斗は、スコアブックを抱えながら静かに言った。
「……行こう。
今日の目的は“勝つこと”じゃない。
“価値を見せること”だ」
部員たちは頷いた。
「部署を超えて支え合う姿勢」
「社会人としての責任を果たしながら戦う姿勢」
「奇策ではなく、集合知で戦う姿勢」
それを見せるための試合だった。
***
試合開始。
相手は、区内でも中堅の企業チーム。
派手さはないが、基本がしっかりしている。
初回の守備。
外野は二人で歩数を分担し、
内野はフェイクのタイミングを声で合わせる。
村井は、数字ではなく“傾向”で配球を読む。
「外角低め、来るぞ」
その読みは見事に当たり、
打者は泳いでセカンドゴロ。
「ナイス!」
ベンチから声が上がる。
みのりは胸が震えた。
——中山さんがいなくても、動けてる。
続く打者。
田淵が、投手の癖を読みながら仲間に声をかける。
「次、カーブ来るぞ。
腕の角度が変わってる」
その情報共有が守備全体を引き締め、
三者凡退で初回を終えた。
晴斗は、静かに頷いた。
「……いいぞ。
これが“集合知の奇策”だ」
***
攻撃。
田淵が打席に立つ。
投手の癖を読み、初球を見送る。
二球目。
わずかな指の動きの変化を見逃さず、
田淵は迷わず振った。
打球は鋭くライト前へ。
「よっしゃあ!」
ベンチが沸く。
続く打者たちも、
“観察した情報”を共有しながら打席に立つ。
「外角が甘い」
「カーブは抜け気味」
「インコースは来ない」
その積み重ねが、じわじわと相手を追い詰めた。
三回、ついに先制点が入る。
みのりは、思わず涙が出そうになった。
——勝っていることより、
——“みんなで戦っている”ことが嬉しい。
***
中盤。
相手も反撃してくる。
外野の連携が乱れ、同点に追いつかれる。
だが、誰も責めない。
「次、俺がカバーする」
「声出していこう」
「焦らなくていい」
社会人だからこそ、
“責めるより支える”空気が自然に生まれていた。
晴斗は、静かに言った。
「これでいい。
ミスしても、支え合えばいい」
みのりは、その言葉に胸が温かくなった。
***
終盤。
1対1のまま、試合は緊迫していた。
七回裏。
村井が、相手の配球傾向を読み切る。
「ここ、外角ストレート来る。
絶対に」
打者はその言葉を信じ、
外角を狙い撃ち。
打球はレフト前へ。
続く打者が送り、
三塁に走者が進む。
そして——
田淵が打席に立つ。
「任せろ」
投手の癖を読み、
三球目を捉えた。
打球はセンター前へ。
走者がホームに帰る。
2対1。
逆転。
ベンチが揺れた。
「よっしゃあああ!」
「田淵さん、最高!」
「これが俺たちの野球だ!」
みのりは、涙をこらえきれなかった。
——勝ち負けじゃない。
——でも、この瞬間は……嬉しい。
***
最終回。
相手の最後の打者が打ち上げたフライを、
外野の二人が声を合わせて追う。
「俺いく!」
「任せた!」
そして——
しっかりとキャッチ。
試合終了。
スコアは、2対1。
黄昏インダストリーズ、勝利。
だが、勝利よりも大きかったのは——
**“チームとしての価値”を示せたこと**だった。
部員たちは肩を叩き合い、笑い合った。
「今日……最高だったな」
「中山さんにも見せたかった」
「これなら、会社に胸張れる」
みのりは、晴斗の隣に立った。
「……晴斗くん。
本当に、すごいよ」
晴斗は、少しだけ笑った。
「まだ一回戦だ。
でも……
“価値”は見せられたと思う」
夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。
奇策は進化した。
チームは成熟した。
そして今日、
**会社に見せるべき“姿勢”を証明した。**
次は二回戦。
勝てるかどうかではなく、
**どう戦うか**が問われる。




