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野球ってさ…  作者: 双鶴


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23/26

第23話 形を変えて、前へ

水曜の夕方。

冬の風がグラウンドを吹き抜け、ネットを揺らしていた。

中山が去った翌日。

その空気は、昨日よりも静かで、昨日よりも重かった。


みのりは、集まってくる部員たちの表情を見て胸が痛んだ。


——みんな、まだ動揺してる。


村井はキャッチャーミットを抱えたまま、ぼんやりと立っていた。

田淵は素振りをしながらも、どこか集中していない。

外野のポジションには、ぽっかりと穴が空いている。


中山の不在は、想像以上に大きかった。


***


練習開始の時間。

晴斗は、いつもよりゆっくりと歩いてきた。


その顔には疲れがあったが、迷いはなかった。


「……全員、集まってくれ」


部員たちが輪になった。


晴斗は、静かに言った。


「中山が抜けた。

 これは……奇策にとって大きな痛手だ」


誰も反論しなかった。

それは事実だった。


だが、晴斗は続けた。


「でも……

 “誰か一人の強み”に頼る奇策は、もう限界なんだ」


部員たちが顔を上げた。


「奇策は……形を変える。

 中山の代わりを作るんじゃない。

 “全員で補う形”にする」


田淵が言った。


「全員で……?」


「そうだ。

 中山の歩数合わせは真似できない。

 でも、彼の“安定性”は分散できる」


晴斗は、ホワイトボードを取り出した。


そこには、奇策の新しい図が描かれていた。


・外野は二人で歩数を分担

・内野はフェイクのタイミングを共有

・捕手は配球読みを“数字”から“傾向”へ

・打者は観察力を“個人”から“チーム”へ


村井が驚いたように言った。


「……これ、奇策じゃなくて……

 “チーム戦術”じゃないですか」


晴斗は頷いた。


「そうだ。

 奇策は、もう“個人技”じゃない。

 “集合知”にする」


田淵は、ゆっくりと息を吐いた。


「……中山さんが抜けたから、できる形……なんですね」


晴斗は、少しだけ笑った。


「皮肉だけど……そうだ。

 中山がいたからこそ、気づけなかった形だ」


みのりは、その言葉に胸が震えた。


——晴斗くんは、もう“奇策の人”じゃない。

——チームを導く監督になっている。


***


練習が始まる。


外野は二人で歩数を分担し、

内野はフェイクのタイミングを声で合わせ、

村井は配球を“数字”ではなく“傾向”で読む練習を始めた。


田淵は、投手の癖を読むだけでなく、

他の打者にも情報を共有するようになった。


みのりは、その光景を見て胸が熱くなった。


「……すごい。

 みんな、中山さんの穴を“埋める”んじゃなくて、

 “形を変えて前に進んでる”」


晴斗は、静かに頷いた。


「中山の強みは、中山だけのものだ。

 でも……

 “チームの強み”は、全員で作れる」


その言葉は、風よりも静かで、

それでいて力強かった。


***


練習後。

部員たちは疲れながらも、どこか誇らしげだった。


「今日……悪くなかったな」

「中山さんがいた頃とは違うけど……

 これはこれで、強い気がする」

「予選、いけるかもしれない」


みのりは、晴斗の隣に立った。


「……晴斗くん。

 今日の練習、本当に良かったよ」


晴斗は、少しだけ空を見上げた。


「奇策は……変わるべきだったんだ。

 中山が抜けたからじゃない。

 “続けるため”に、変わる必要があった」


みのりは、静かに微笑んだ。


「うん。

 それが一番大事だよ」


夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。


奇策は形を変えた。

チームも形を変えた。

そして晴斗自身も、静かに変わっていく。


予選はもうすぐ。

勝てるかどうかではなく、

**“存在意義を示せるかどうか”**が問われる戦いが始まる。


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