第23話 形を変えて、前へ
水曜の夕方。
冬の風がグラウンドを吹き抜け、ネットを揺らしていた。
中山が去った翌日。
その空気は、昨日よりも静かで、昨日よりも重かった。
みのりは、集まってくる部員たちの表情を見て胸が痛んだ。
——みんな、まだ動揺してる。
村井はキャッチャーミットを抱えたまま、ぼんやりと立っていた。
田淵は素振りをしながらも、どこか集中していない。
外野のポジションには、ぽっかりと穴が空いている。
中山の不在は、想像以上に大きかった。
***
練習開始の時間。
晴斗は、いつもよりゆっくりと歩いてきた。
その顔には疲れがあったが、迷いはなかった。
「……全員、集まってくれ」
部員たちが輪になった。
晴斗は、静かに言った。
「中山が抜けた。
これは……奇策にとって大きな痛手だ」
誰も反論しなかった。
それは事実だった。
だが、晴斗は続けた。
「でも……
“誰か一人の強み”に頼る奇策は、もう限界なんだ」
部員たちが顔を上げた。
「奇策は……形を変える。
中山の代わりを作るんじゃない。
“全員で補う形”にする」
田淵が言った。
「全員で……?」
「そうだ。
中山の歩数合わせは真似できない。
でも、彼の“安定性”は分散できる」
晴斗は、ホワイトボードを取り出した。
そこには、奇策の新しい図が描かれていた。
・外野は二人で歩数を分担
・内野はフェイクのタイミングを共有
・捕手は配球読みを“数字”から“傾向”へ
・打者は観察力を“個人”から“チーム”へ
村井が驚いたように言った。
「……これ、奇策じゃなくて……
“チーム戦術”じゃないですか」
晴斗は頷いた。
「そうだ。
奇策は、もう“個人技”じゃない。
“集合知”にする」
田淵は、ゆっくりと息を吐いた。
「……中山さんが抜けたから、できる形……なんですね」
晴斗は、少しだけ笑った。
「皮肉だけど……そうだ。
中山がいたからこそ、気づけなかった形だ」
みのりは、その言葉に胸が震えた。
——晴斗くんは、もう“奇策の人”じゃない。
——チームを導く監督になっている。
***
練習が始まる。
外野は二人で歩数を分担し、
内野はフェイクのタイミングを声で合わせ、
村井は配球を“数字”ではなく“傾向”で読む練習を始めた。
田淵は、投手の癖を読むだけでなく、
他の打者にも情報を共有するようになった。
みのりは、その光景を見て胸が熱くなった。
「……すごい。
みんな、中山さんの穴を“埋める”んじゃなくて、
“形を変えて前に進んでる”」
晴斗は、静かに頷いた。
「中山の強みは、中山だけのものだ。
でも……
“チームの強み”は、全員で作れる」
その言葉は、風よりも静かで、
それでいて力強かった。
***
練習後。
部員たちは疲れながらも、どこか誇らしげだった。
「今日……悪くなかったな」
「中山さんがいた頃とは違うけど……
これはこれで、強い気がする」
「予選、いけるかもしれない」
みのりは、晴斗の隣に立った。
「……晴斗くん。
今日の練習、本当に良かったよ」
晴斗は、少しだけ空を見上げた。
「奇策は……変わるべきだったんだ。
中山が抜けたからじゃない。
“続けるため”に、変わる必要があった」
みのりは、静かに微笑んだ。
「うん。
それが一番大事だよ」
夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。
奇策は形を変えた。
チームも形を変えた。
そして晴斗自身も、静かに変わっていく。
予選はもうすぐ。
勝てるかどうかではなく、
**“存在意義を示せるかどうか”**が問われる戦いが始まる。




