第21話 見られているチーム
月曜の朝。
オフィスの空気は、いつもより静かだった。
だが、その静けさの奥に、何かが動き始めている気配があった。
みのりは総務部の席で、金曜に提出した「野球部の価値資料」のことを考えていた。
——経営陣は、どう判断するんだろう。
その答えは、昼前に届く。
***
昼休み直前。
総務部長が、みのりの席に歩いてきた。
「桐谷さん。
経営会議の結果が出たよ」
みのりは息を呑んだ。
「……どうでしたか」
部長は、少しだけ表情を緩めた。
「廃部は“保留”になった。
ただし……“予選の結果を見て最終判断”だそうだ」
みのりの胸が締めつけられた。
「……結果、ですか」
「そう。
勝てという意味じゃない。
“会社にとって価値がある活動かどうか”を、
予選を通して見たいらしい」
みのりは、ゆっくりと頷いた。
——見られている。
——野球部が、会社に試されている。
部長は続けた。
「桐谷さんの資料は、かなり評価されていたよ。
特に“部署間交流”と“新人定着”の部分はね」
みのりは、少しだけ肩の力が抜けた。
「……よかった」
「でも、まだ安心はできない。
予選での“姿勢”が問われる。
勝ち負けじゃなくて、どう戦うかだ」
みのりは深く頷いた。
「……伝えます。みんなに」
***
夕方。
グラウンドには、部員たちが集まっていた。
中山が言う。
「三浦さん、今日は来られるんですかね」
村井は、少し不安そうに。
「会社の判断……どうなったんだろう」
田淵は、バットを肩に担ぎながら言った。
「廃部とか……マジで嫌っすよ」
みのりは、深く息を吸った。
「……今日、経営会議の結果が出たよ」
部員たちが一斉に振り向く。
「どうだったんですか」
「廃部……?」
「続けられるんですか」
みのりは、ゆっくりと答えた。
「廃部は……“保留”になった。
でも、予選の結果を見て最終判断するって」
部員たちの表情が固まった。
「……結果って……勝てってことですか」
「いや、勝てるわけないだろ……」
「でも……やるしかないよな」
その時、グラウンドの入口から足音が聞こえた。
晴斗だった。
疲れは残っている。
だが、その目には迷いがなかった。
「……聞いたよ。
予選で判断されるって」
部員たちが振り向く。
「三浦さん……」
「どうすればいいんですか」
「勝てってことなんですか」
晴斗は、ゆっくりと首を振った。
「違う。
会社が見たいのは“勝利”じゃない。
“価値”だ」
部員たちは、静かに耳を傾けた。
晴斗は続けた。
「勝てなくてもいい。
でも……
“このチームは会社にとって意味がある”
そう思わせる戦い方をしなきゃいけない」
中山が言う。
「戦い方……?」
「そうだ。
部署を超えて支え合う姿勢。
社会人としての責任を果たしながら、
それでも野球を続ける姿勢。
奇策を使うだけじゃなく、
“自分たちの強み”を持ち寄る姿勢」
村井が、少しだけ笑った。
「……なんか、野球より難しいですね」
晴斗も笑った。
「奇策より難しいよ。
でも……俺たちならできる」
みのりは、その言葉に胸が震えた。
——晴斗くんは、もう“奇策の人”じゃない。
——チームを導く“監督”になっている。
***
練習が始まる。
今日は、奇策でも基本でもない。
・部署ごとの連携練習
・新人のフォロー
・仕事の悩みを共有する時間
・軽い運動での健康維持
・コミュニケーションゲーム
野球の練習というより、
“会社の縮図”のような時間だった。
だが、その空気は温かかった。
田淵が笑う。
「こういうの……悪くないっすね」
中山も頷く。
「野球部って……野球だけじゃないんだな」
村井は、少し照れながら言った。
「会社にとっての価値……
なんか、わかってきた気がします」
みのりは、胸が熱くなった。
——これが、会社に見せるべき姿なんだ。
***
練習後。
晴斗は、みのりの方を向いた。
「……予選まで、あと少しだな」
みのりは頷いた。
「うん。
でも……大丈夫だよ。
みんな、強くなってる」
晴斗は、少しだけ笑った。
「勝てなくてもいい。
でも……
“続ける価値があるチーム”だって、
会社に見せたいな」
みのりは、静かに答えた。
「見せられるよ。
晴斗くんが、そういうチームにしたんだから」
夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。
奇策は進化した。
チームは変わった。
会社も動き始めた。
そして今、
野球部は“見られているチーム”になった。
次に問われるのは——
**勝利ではなく、“存在意義”だ。**




