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野球ってさ…  作者: 双鶴


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20/26

第20話 “価値”を示すということ

土曜の朝。

冬の光が差し込むオフィスは、いつもより静かだった。

昨日のトラブル対応で、晴斗はほとんど眠れていない。

それでも、出社してすぐに資料を開いた。


——野球部の活動費削減。

——廃部の可能性。

——会社に“価値”を示さなければいけない。


奇策よりも難しい戦いが、目の前にあった。


***


昼前。

総務部の会議室に、みのりが呼ばれた。


「桐谷さん、これ……経営陣からの追加資料依頼」


部長が渡してきたのは、

「野球部の社内貢献度に関する報告書」

というタイトルの紙だった。


みのりは目を見開いた。


「……社内貢献度?」


部長は頷いた。


「“勝てるかどうか”じゃなくて、

 “会社にとってどんな価値があるか”を示せ、ということだ」


みのりは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


——勝利じゃない。

——奇策でもない。

——“価値”なんだ。


「……わかりました。まとめます」


部長は少しだけ微笑んだ。


「桐谷さんならできるよ」


***


夕方。

グラウンドには、昨日よりも多くの部員が集まっていた。


中山が言う。


「三浦さん、今日は来られるんですかね」


村井は、少し不安そうに。


「昨日のトラブル……まだ片付いてないかも」


田淵は、バットを肩に担ぎながら言った。


「でも……来てほしいっすね」


みのりは、深く息を吸った。


「……来るよ。

 晴斗くんは、来る」


その言葉を裏付けるように、

グラウンドの入口から足音が聞こえた。


晴斗だった。


疲れ切った顔。

眠れていない目。

それでも、まっすぐ前を見て歩いてくる。


部員たちが一斉に振り向いた。


「三浦さん!」

「来た……!」

「大丈夫なんですか?」


晴斗は、少しだけ笑った。


「大丈夫じゃないけど……来た」


その言葉に、みのりは胸が震えた。


***


練習前。

晴斗は、部員たちを集めた。


「……会社が、野球部の活動費削減を検討している。

 廃部の意見も出ている」


部員たちの表情が固まった。


「……マジかよ」

「そんな……」

「まだ何も始まってないのに……」


晴斗は続けた。


「でも……“勝てるかどうか”じゃない。

 会社が求めているのは、

 “野球部が会社にとってどんな価値を持つか”だ」


中山が言う。


「価値……?」


「そうだ。

 俺たちが野球をやることで、

 会社にどんなメリットがあるのか。

 それを示さなきゃいけない」


村井が、少し考え込む。


「……健康維持とか……?」


田淵が言う。


「部署間の交流とか……?」


晴斗は頷いた。


「そういうことだ。

 勝利じゃなくて、

 “会社にとっての意味”を示す」


みのりは、晴斗の横顔を見つめた。


——昨日までの晴斗くんとは違う。

——奇策だけじゃなく、会社全体を見ている。


晴斗は、静かに続けた。


「だから……

 今日の練習は、“価値”を作る練習にする」


部員たちは顔を見合わせた。


「価値……?」

「どういうことだ……?」


晴斗は、ゆっくりと説明した。


「部署を超えたコミュニケーション。

 仕事のスキルを共有する時間。

 新人や異動者が馴染む場所。

 健康維持。

 メンタルケア。

 会社の“顔”としての役割。

 ——野球部は、勝つためだけにあるんじゃない」


みのりは、胸が熱くなった。


「晴斗くん……

 それ、すごく大事だよ」


晴斗は、少しだけ笑った。


「奇策より難しいけどな」


***


練習が始まる。


今日は、いつもの奇策練習ではない。


・部署ごとのペア練習

・仕事の悩みを共有する時間

・新人のフォロー

・軽い運動での健康維持

・コミュニケーションゲーム


野球の練習というより、

“会社の縮図”のような時間だった。


だが——

その空気は、これまでで一番温かかった。


中山が笑う。


「こういうの……悪くないっすね」


村井も頷く。


「仕事の話、こんなにできると思わなかった」


田淵は、少し照れながら言った。


「野球部って……

 野球だけじゃないんだな」


みのりは、胸が震えた。


——これが“価値”なんだ。


***


練習後。

晴斗は、みのりの方を向いた。


「……明日、会社に提出する資料。

 手伝ってくれないか」


みのりは、迷わず頷いた。


「もちろん。

 一緒に作ろう。

 “野球部の価値”を」


晴斗は、少しだけ笑った。


「ありがとう」


夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。


奇策は揺らいでいる。

会社も揺らいでいる。

晴斗自身も揺らいでいる。


だが——

揺らぎの中でしか見えないものがある。


それは、

“野球部が会社に存在する意味”だった。


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