表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野球ってさ…  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/26

第17話 それぞれの現実

水曜の夕方。

会社裏のグラウンドに、冬の冷たい風が吹き抜けていた。

昨日の“壁”の余韻が、まだ全員の胸に残っている。


部員たちは集まっている。

だが、声は小さく、動きも鈍い。


みのりは、その空気を見て胸が痛んだ。


「……みんな、疲れてるね」


中山は、グローブを握りしめたまま言った。


「昨日の夜勤……正直、まだ頭がぼーっとしてて……」


村井は、書類の束を抱えたまま。


「決算前で……今日も残業確定です」


田淵は、ネクタイを緩めながら苦笑した。


「客先トラブルで……正直、野球どころじゃないっす」


みのりは、胸が締めつけられた。


——これが、社会人の現実。


晴斗は、静かに全員を見渡した。


「……今日は、練習を分ける」


部員たちが顔を上げた。


「分ける……?」


晴斗は頷いた。


「体が動くやつは奇策の練習。

 動かないやつは、軽い基本だけやる。

 無理に合わせる必要はない」


その言葉に、部員たちの表情が少しだけ緩んだ。


みのりは、晴斗の横顔を見つめた。


——昨日の“壁”を、ちゃんと受け止めてる。


***


練習が始まる。


中山は、軽いキャッチボールだけを選んだ。

村井は、ストレッチと軽い捕球練習。

田淵は、素振りだけ。


奇策組は、少人数で動く。


だが——

その“分かれた練習”が、思わぬ空気を生んだ。


奇策組は、どこか気まずそうだった。

基本組は、どこか申し訳なさそうだった。


「……俺ら、足引っ張ってるよな」

「奇策組に悪いよ……」

「仕事が忙しいのはわかってるけど……」


その声は、誰も責めていないのに、

“自分を責める声”だった。


晴斗は、胸が痛んだ。


——これじゃ、チームが割れる。


みのりは、晴斗の横に立った。


「晴斗くん……

 このままだと、みんなが自分を責めちゃうよ」


晴斗は、深く息を吸った。


「……わかってる」


だが、どうすればいいのかは、まだ見えていなかった。


***


練習後。

部員たちは疲れ切った顔で帰っていく。


中山は、晴斗に近づいた。


「三浦さん……

 奇策、続けたいんです。

 でも……仕事が忙しいと、ついていけなくて……

 迷惑かけてる気がして……」


村井も言った。


「奇策はすごいです。

 でも……“奇策組”と“基本組”に分かれると……

 なんか、チームじゃないみたいで……」


田淵は、苦笑しながら言った。


「俺ら、社会人なんで……

 どうしても限界あるんですよ。

 でも……野球は続けたいんです」


晴斗は、何も言えなかった。


みのりは、晴斗の横顔を見つめた。


——晴斗くん、また一人で抱え込んでる。


***


部員たちが帰ったあと。

グラウンドには、晴斗とみのりだけが残った。


風が吹き、ネットが揺れる音だけが響く。


みのりは、静かに言った。


「……晴斗くん。

 奇策はすごいよ。

 でも……奇策が“負担”になったら、意味がないよ」


晴斗は、拳を握った。


「わかってる……

 でも……奇策をやめたら、勝てない」


「勝つために奇策をやってるんじゃないよ」


みのりの声は、優しく、しかし強かった。


「続けるために奇策をやってるんだよ。

 仕事があって、疲れてて……

 それでも野球を続けたいから、奇策があるんだよ」


晴斗は、目を閉じた。


「……俺、間違ってたのか」


「間違ってないよ。

 ただ……“奇策の形”を変える時期なんだよ」


晴斗は、ゆっくりと息を吐いた。


「……形を、変える……」


「うん。

 奇策を“負担”じゃなくて、

 “支え”にするんだよ」


晴斗は、空を見上げた。


曇り空は、どこか重く、どこか優しかった。


「……わかった。

 奇策を……もう一度作り直す」


みのりは、静かに微笑んだ。


「うん。

 それが一番いいよ」


奇策は壁にぶつかった。

チームも壁にぶつかった。

晴斗自身も壁にぶつかった。


だが——

壁は、壊すものではない。


壁は、“越えるために形を変えるもの”だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ