第16話 奇策の“壁”
翌週の火曜。
空は晴れているのに、グラウンドの空気はどこか重かった。
繁忙期は続き、部員たちの疲労は蓄積していた。
みのりは、集まってくる部員たちの顔を見て胸が痛んだ。
「……みんな、無理してる」
中山は肩を回しながら言った。
「昨日、夜勤明けで……でも、来たかったんで」
村井は目の下にクマを作っていた。
「……頭が回らないっす」
田淵はスーツのまま。
「客先から直帰です。
でも……練習しないと、感覚が鈍るんで」
晴斗は、静かに全員を見渡した。
「……今日は、試合形式でいく」
部員たちがざわつく。
「試合形式……?」
「この状態で……?」
晴斗は頷いた。
「奇策2.0が“本物”かどうか、確かめる必要がある」
みのりは、晴斗の横顔を見て不安を覚えた。
——晴斗くん、焦ってる?
***
試合形式が始まる。
最初の数分は、昨日の勝利の余韻が残っていた。
中山は落下点に入り、フェイクも決まる。
村井は数字で配球を読み、ワンバウンドを止める。
田淵は投手の癖を読み、初球を見送る。
だが——
その“良さ”は長く続かなかった。
中山の足が止まる。
村井の構えが遅れる。
田淵の集中が切れる。
「……すみません」
「頭が回らない……」
「体が重い……」
奇策は精度が命。
だが、精度を支える“体力”と“集中力”が限界に近づいていた。
晴斗は、歯を食いしばった。
「……続けるぞ」
みのりは、思わず声を上げた。
「晴斗くん、今日は——」
「続ける」
その声は、強くはない。
だが、どこか追い詰められていた。
***
試合形式は続く。
だが、ミスが増える一方だった。
中山はフライを落とし、
村井はワンバウンドを弾き、
田淵は初球を振り遅れる。
部員たちの表情から、徐々に光が消えていく。
「……奇策、もう無理なんじゃ……」
「仕事と両立は……やっぱり……」
「昨日の勝利は……まぐれだったのか……?」
その声は、誰かを責めるものではなく、
“現実に押しつぶされそうな大人の声”だった。
晴斗は、拳を握りしめた。
「違う……
奇策は……間違ってない……」
だが、その声は震えていた。
みのりは、晴斗の横に立った。
「晴斗くん……
今日は、もうやめよう」
晴斗は、かすかに首を振った。
「やめたら……
奇策が崩れる……
昨日の勝利が……消える……」
みのりは、静かに言った。
「消えないよ。
昨日の勝利は、みんなの力だよ。
奇策だけじゃない」
晴斗は、目を閉じた。
「……でも……
奇策がなきゃ……勝てない」
「違うよ」
みのりの声は、優しく、しかし強かった。
「奇策は“勝つための武器”じゃない。
“続けるための工夫”なんだよ。
勝つために奇策を使うんじゃない。
続けるために奇策を使うんだよ」
晴斗の肩が、わずかに震えた。
部員たちは、その会話を黙って聞いていた。
誰も責めない。
誰も怒らない。
ただ、疲れ切った体で、晴斗の言葉を待っていた。
晴斗は、ゆっくりと息を吐いた。
「……今日は、終わりにしよう」
その言葉に、部員たちは安堵の息を漏らした。
みのりは、晴斗の横顔を見つめた。
「……ありがとう」
晴斗は、弱々しく笑った。
「……俺、間違ってたかもしれない」
みのりは首を振った。
「間違ってないよ。
ただ……“壁”にぶつかっただけ」
晴斗は、空を見上げた。
曇り空は、どこか重く、どこか優しかった。
「……壁、か」
「うん。
でも……壁があるってことは、
その先に進めるってことだよ」
晴斗は、ゆっくりと頷いた。
奇策は壁にぶつかった。
チームも壁にぶつかった。
晴斗自身も壁にぶつかった。
だが——
壁は、終わりではない。
壁は、次のステージへの入口だ。




