第14話 初めての“手応え”
土曜の午前。
薄曇りの空の下、会社裏のグラウンドには、いつもより早く部員たちが集まっていた。
理由は一つ。
今日は、久しぶりの練習試合だった。
相手は、同じ区内の中小企業チーム。
強豪ではない。
だが、黄昏インダストリーズにとっては十分すぎる相手だった。
みのりは、集まってくる部員たちの表情を見て、胸が温かくなった。
「……みんな、いい顔してる」
中山が笑う。
「奇策2.0、今日こそ試せますね」
村井も頷いた。
「数字で配球読むの、昨日からずっと練習してました」
田淵はバットを肩に担ぎながら言った。
「営業の観察力、見せてやりますよ」
晴斗は、少し離れた場所でスコアブックを閉じた。
「……行くぞ」
その声は、以前よりも落ち着いていた。
***
試合開始。
初回の守備。
相手の1番打者が構える。
晴斗は、村井に小さく合図を送った。
村井は、投手の癖とカウントを数字で読み、外角低めを要求する。
投手が投げたボールは、要求通りのコースへ。
打者は泳ぎ、セカンドゴロ。
「よしっ!」
ベンチから声が上がる。
村井は、ミットを軽く叩いた。
「……読めた」
晴斗は静かに頷いた。
「数字は嘘をつかない」
***
続く2番打者。
中山が外野で構える。
打球は高く上がった。
だが、中山は慌てない。
歩数を数え、落下点に入る。
フェイクの動きも混ぜ、相手の走者を惑わせる。
そして——
完璧なタイミングでキャッチ。
「ナイスキャッチ!」
部員たちが歓声を上げる。
中山は照れくさそうに笑った。
「製造ライン、今日も順調っす」
みのりは、その光景を見て胸が震えた。
「……本当に、変わったんだ」
晴斗は、静かに言った。
「変わったんじゃない。
“自分たちの野球”になっただけだ」
***
攻撃。
田淵が打席に立つ。
相手投手の癖を観察し、初球を見送る。
二球目。
投手の指の動きがわずかに変わる。
田淵は、迷わず振った。
打球は鋭くライト前へ。
「よっしゃあ!」
ベンチが沸く。
田淵はベース上でガッツポーズをした。
「営業の観察力、悪くないだろ」
晴斗は小さく笑った。
「お前の強みだ」
***
試合は終盤へ。
黄昏インダストリーズは、奇策と基本の融合で相手を翻弄していた。
守備は安定し、攻撃は繋がる。
奇策は奇策ではなく、
“社会人の経験を活かした戦術”になっていた。
みのりは、胸が熱くなるのを感じた。
「……晴斗くん。
みんな、本当に強くなったね」
晴斗は、少しだけ空を見上げた。
「奇策は……俺のものじゃない。
みんなの仕事と経験があって、初めて成立する」
みのりは、静かに頷いた。
「うん。
それが一番いいよ」
***
最終回。
相手の最後の打者が打ち上げたフライを、中山が落ち着いて捕る。
試合終了。
スコアは——
4対1。
黄昏インダストリーズ、勝利。
部員たちは歓声を上げ、互いに肩を叩き合った。
「やったぞ!」
「奇策2.0、マジでハマった!」
「これ……本当に勝てるかもしれない!」
みのりは、涙をこらえながら晴斗の方を向いた。
「……晴斗くん。
本当に、ありがとう」
晴斗は、少しだけ笑った。
「まだ一勝だ。
でも……悪くない」
その笑顔は、これまでで一番自然だった。
奇策は進化した。
チームは成長した。
そして、初めて“勝利の手応え”を掴んだ。
だが、この勝利はまだ序章にすぎない。
社会人野球の現実は、
この先もっと厳しくなる。
それでも——
今日の勝利は、確かに未来へ繋がっていた。




