第12話 それでも続ける理由
土曜の朝。
曇り空の下、会社裏のグラウンドにはいつもより静かな空気が漂っていた。
週末だというのに、部員たちの足取りは重い。
みのりは、集まってくる一人ひとりの表情を見て胸が痛んだ。
「……みんな、疲れてるね」
晴斗は、スコアブックを抱えたまま黙っていた。
昨日の言い合いの余韻が、まだ胸の奥に残っている。
中山が、申し訳なさそうに近づいてきた。
「三浦さん……今日、ちょっと早めに抜けてもいいですか。
午後から急な出勤で……」
村井も続く。
「俺も……決算前で、どうしても……」
田淵は苦笑しながら言った。
「すみません……昨日の残業が響いてて……」
誰も悪くない。
誰も怠けていない。
ただ、社会人としての現実がそこにあるだけだった。
晴斗は、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。無理はするな」
その声は、昨日よりも柔らかかった。
みのりは、その変化に気づいた。
***
練習が始まる。
だが、奇策の動きは相変わらず鈍い。
中山は落下点の歩数が合わず、何度もやり直す。
村井はワンバウンド捕球で手を痛め、顔をしかめる。
田淵は初球の見極めに集中できず、バットを地面に叩きつけた。
「……もう無理だよ」
「仕事もあるし、こんな練習じゃ……」
「奇策って、本当に意味あるのか?」
その声は、昨日よりも弱々しかった。
晴斗は、深く息を吸った。
「……今日は、奇策をやらない」
部員たちが顔を上げた。
「え……?」
晴斗は、静かに続けた。
「奇策は、精度が命だ。
でも……精度を上げるためには、まず“体”が動かなきゃいけない。
今日は、基本だけやる。
キャッチボールとノックだけだ」
部員たちは驚いたが、どこか安堵の表情を浮かべた。
みのりは、晴斗の横顔を見つめた。
「……ありがとう」
晴斗は、少しだけ笑った。
「奇策は大事だ。
でも……奇策に縛られて、みんなが壊れたら意味がない」
その言葉は、昨日のみのりの言葉を受け止めた証だった。
***
基本練習が始まる。
奇策のような派手さはない。
ただ、キャッチボールをし、ノックを受けるだけ。
だが、部員たちの表情は昨日よりも明るかった。
「……なんか、久しぶりだな」
「こういうの、落ち着くわ」
「奇策もいいけど、やっぱ基本も大事だよな」
みのりは、その光景を見て胸が温かくなった。
晴斗は、部員たちの動きを静かに見つめていた。
「……悪くないな」
みのりが微笑む。
「うん。
奇策も大事だけど……
こういう日も必要だよ」
晴斗は、ゆっくりと頷いた。
「奇策は……“選択肢の一つ”でいいのかもしれないな」
みのりは、その言葉に胸が震えた。
「晴斗くん……
やっと、そう言ってくれた」
晴斗は照れくさそうに視線を逸らした。
「……昨日、お前に言われたからな」
みのりは、少しだけ目を潤ませた。
「ありがとう。
本当に……ありがとう」
***
練習後。
部員たちは疲れた顔をしながらも、どこか晴れやかだった。
「今日、なんか良かったな」
「奇策もいいけど、こういう日も必要だよな」
「また来週も頑張ろう」
その声を聞きながら、晴斗はみのりの方を向いた。
「……みのり」
「なに?」
「俺……間違ってたかもしれない」
みのりは首を振った。
「間違ってないよ。
ただ……“一人でやろうとしすぎた”だけ」
晴斗は、ゆっくりと息を吐いた。
「これからは……
みんなで考える。
奇策も、練習も、勝ち方も」
みのりは、静かに微笑んだ。
「うん。
それが一番いいよ」
夕陽が沈み、グラウンドに長い影が伸びる。
奇策は揺らいでいる。
チームも揺らいでいる。
晴斗も揺らいでいる。
だが、揺らぎの中でしか見えないものがある。
それは、
“続ける理由”だった。




