第11話 崩れかけた輪
金曜の夕方。
会社裏のグラウンドに、週末前の疲労が重く沈んでいた。
空は曇り、照明の光が地面にぼんやりと滲んでいる。
部員たちは集まっている。
だが、誰も口を開かない。
昨日までの“奇策の揺らぎ”が、全員の胸に影を落としていた。
みのりは、その空気を見て胸が痛んだ。
「……今日も、重いね」
晴斗は、スコアブックを閉じたまま動かない。
「重いのは……俺のせいだ」
その言葉は、誰に向けたものでもなく、ただ空気に溶けた。
***
練習が始まる。
だが、奇策の動きはさらに悪化していた。
中山は落下点の歩数が合わず、苛立ちを隠せない。
村井はワンバウンド捕球で手を痛め、顔をしかめる。
田淵は初球の見極めに集中できず、バットを地面に叩きつけた。
「……もう無理だよ」
「仕事もあるし、こんな練習じゃ……」
「奇策って、本当に意味あるのか?」
その声は、誰かを責めるものではなく、
“疲れ切った大人の本音”だった。
晴斗は、黙って聞いていた。
その沈黙が、逆に部員たちの不安を増幅させる。
みのりは、耐えきれず声を上げた。
「みんな、ちょっと待って!
晴斗くんは……」
だが、その言葉を遮るように田淵が言った。
「桐谷さん。
俺たち、もう限界なんですよ」
みのりは言葉を失った。
***
練習後。
照明が落ち、グラウンドが暗闇に沈む。
部員たちは疲れ切った顔で帰っていく。
その背中には、昨日までなかった“距離”があった。
みのりは、晴斗の隣に立った。
「……晴斗くん。
今日は、ちゃんと話した方がいいよ。
みんな、不安なんだよ」
晴斗は、しばらく黙っていた。
そして、低い声で言った。
「……俺のせいだ」
「違うよ」
みのりは即座に否定した。
「奇策は間違ってない。
でも……奇策に合わせるために、みんなが壊れそうになってる。
それを見て、あなたが一番苦しんでる」
晴斗は、拳を握った。
「俺が言い出したんだ。
俺が責任を取らなきゃいけない」
「責任って……何?」
みのりの声は震えていた。
「勝つこと?
奇策を成功させること?
それとも……みんなを守ること?」
晴斗は答えられなかった。
みのりは、静かに続けた。
「晴斗くん……
あなたは、また一人で全部背負おうとしてる。
それじゃ、昔と同じだよ」
晴斗の目が揺れた。
「……昔?」
「高校の時。
あなたは一人で責任を背負って、壊れた。
今も同じ道を歩いてる」
晴斗は、息を呑んだ。
みのりは、涙をこらえながら言った。
「お願い……
もう一人で抱えないで。
私も、みんなも……あなたを支えたいんだよ」
沈黙が落ちた。
風が吹き、ネットが揺れる音だけが響く。
晴斗は、ゆっくりと目を閉じた。
「……どうすればいいんだ」
その声は、弱さではなく“本音”だった。
みのりは、そっと晴斗の手に触れた。
「一緒に考えよう。
奇策を続けるために、
“社会人だからこそできるやり方”を」
晴斗は、ゆっくりと頷いた。
その頷きは小さかったが、
確かに“崩れかけた輪を繋ぎ直す”第一歩だった。
***
帰り道。
街灯の光が歩道に落ち、二人の影が並んで伸びる。
みのりは、晴斗の横顔を見つめた。
「……ねぇ、晴斗くん」
「なんだ」
「あなたは、間違ってないよ。
ただ……一人でやろうとしすぎただけ」
晴斗は、少しだけ笑った。
「……そうかもしれない」
その笑顔は弱々しかったが、
確かに“前に進むための笑顔”だった。
みのりは、その笑顔を見て胸が温かくなった。
奇策は揺らいでいる。
チームも揺らいでいる。
晴斗も揺らいでいる。
だが、揺らぎの中でしか見えないものがある。
それは、
“支え合うことでしか前に進めない大人たちの姿”だった。




