第4話 撤退判断
次の現場は、同じ災害区域のさらに奥だった。
瓦礫は、まだ鳴っている。
軋む音が途切れず、粉塵が空気を重くしていた。
「生存反応、一」
短い報告。
それだけで、全員が理解した。
行けば、危ない。
引けば、誰かが残る。
早瀬 迅は、指揮車のモニターを見つめていた。
無人機、稼働可能。
損傷なし。
S-HAD、オンライン。
ヘルメットの内側に、無機質な文字が浮かぶ。
二次崩落リスク:高
続いて、電子音。
――ピッ。
――ピッ。
――ピッ。
撤退アラーム発令
想定猶予時間:1分20秒
短い。
一秒。
それだけで、人は死ぬ。
♦︎
「……判断官」
無線が、迅を呼んだ。
誰も、意見を言わない。
直前の現場が、頭をよぎる。
数値は、崩れていなかった。
判断も、合理的だった。
それでも――
間に合わなかった命がある。
迅は、息を一つ、深く吸った。
数字は、信用できる。
AIも、間違っていない。
だが――
それだけでは、決められない。
♦︎
無人機の映像が切り替わる。
瓦礫の隙間。
倒れた棚の下で、若い女性が、かすかに動いている。
まだ、生きている。
S-HADが数値を更新した。
成功確率:68%
迅は、その数字を見つめたまま、しばらく動かなかった。
六割八分。
行けるとも、引くべきとも言えない数字。
それでも――
ゼロではない。
♦︎
「無人機、最大支保」
迅の声は、静かだった。
「人は――入る」
無線が、わずかにざわつく。
「条件付きだ」
迅は、続けた。
「突入は一名。
無人機の再配置完了後、
猶予時間が四十秒以上残っている場合のみ」
S-HADが再計算に入る。
再計算中
支保完了予測:15秒
想定猶予時間:55秒
間に合う。
迅は、短く言った。
「行ける」
それは、勢いでも、賭けでもない。
引くことの重さを知った上での判断だった。
♦︎
無人機のアームが最大まで展開される。
梁を押さえ、
床を支え、
空間を固定する。
「今だ!」
救助班の一人が、瓦礫の中へ滑り込む。
無人機は、その背中を、ただ黙って支えていた。
「接触!」
「引き抜く!」
時間が削れる。
猶予時間:30秒
「あと少し!」
無人機が制御を切り替える。
人間優先モード:オン
次の瞬間――
救助対象が、瓦礫の下から引き抜かれた。
「回収!」
救助班が女性を抱え、
無人機が即座に後退する。
♦︎
崩落。
だが――
誰も、中にはいない。
粉塵の向こうで、
女性が咳き込みながら、確かに息をしていた。
「……生きてるな」
誰かが、ぽつりと呟いた。
確認するような声だった。
喜びでも、達成感でもない。
だが、その言葉に、
誰かが小さく息を吐いた。
♦︎
撤退アラームが止まる。
撤退アラーム解除
試験データ取得完了
指揮車の中で、迅は、しばらく何も言わなかった。
これは、完全な勝利じゃない。
失われた命は、戻らない。
それでも――
救えた命が、ここにある。
♦︎
救助班の一人が、ヘルメットを外した。
額に滲んだ汗を、乱暴に拭う。
「……生きてるな」
さっきと同じ言葉。
だが今度は、少しだけ力が抜けていた。
迅は、その声を聞いて、ようやく視線を落とした。
「……よし」
それだけ言った。
褒めもしない。
正解だとも言わない。
それでも、現場は理解していた。
♦︎
AIは、警告を出す。
無人機は、瓦礫を支える。
だが最後に、
行くか、引くかを決めるのは人間だ。
早瀬 迅は、
今日もその判断を引き受けた。
救えた命が、そこにある限り。
次の現場でも。
正解がなくても。




