決着
ゴーレムの左腕が、こちらに迫る。
巨大な鉄の腕。
それが、俺に向かって振り下ろされる。
空中で体勢を変えることはできない。
重力に従って落下している今、俺にできることは限られている。
このままでは、叩き落とされる。
地面に叩きつけられ、それで終わりだ。
だが――
(……これでも、避けられる!)
俺は空中で体を捻る。
転生者としての知識、そして十五年間鍛え上げた体。
それが、可能にする。
鉄の腕が、俺の頭上をかすめる。
ギリギリの回避。
「――ッ!」
そのまま、ゴーレムの胸元に着地する。
鉄の胸部に足をつけ、体勢を整える。
目の前に、ヒビの入った魔石。
青白く光る、拳大の結晶。
だが、そこには無数のヒビが入っている。
(……ここだ!)
ここを破壊すれば、ゴーレムは止まる。
全身の魔力を剣先に集中させ、剣身が淡い蒼白の光を放つ。
魔力を一点に注ぎ込み、どんな硬い装甲も貫く――【魔力刃・極点】
「はああああっ!」
俺は、全力で剣を突き刺す。
剣先が、魔石に触れる。
耳をつんざくような金属音。
魔石の表面に、蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
「砕けろ――ッ!」
俺は、さらに魔力を注ぎ込む。
魔石が、内側から輝き始める。
もう、限界だ。
そして――魔石が砕け散り、青白い光が部屋を照らす。
ゴーレムの体から光が漏れ出し、鉄の装甲がバラバラに崩れていく。
魔力が暴走している。
このままでは、ゴーレムは爆発する。
危険を察知した俺は、咄嗟にゴーレムから飛び降り、着地した瞬間――爆発が部屋を揺らした。
衝撃波が、俺たちを襲う。
爆風が、髪を激しく揺らす。
「きゃあああ!」
「――ッ!」
お嬢様とクラリスが、吹き飛ばされそうになる。
二人は壁際にいたが、それでも衝撃波は容赦ない。
俺は咄嗟に駆け寄り、二人を庇う。
背中で、爆風を受け止める。
背中に、破片が当たる。
鉄の破片が、服を裂き、肌を切る。
だが、致命傷ではない。
痛みは、我慢できる。
爆発が収まる。
静寂が、訪れた。
耳鳴りが、ゆっくりと消えていく。
「……終わった、のか?」
俺が、呟く。
煙の向こうに、ゴーレムの残骸が転がっている。
鉄の腕、足、胴体――全てが、バラバラになって散らばっている。
もう、動く気配はない。
「やった……やったんですか……?」
お嬢様が、震える声で言う。
その声には、信じられないという驚きが混じっている。
「……ええ、終わりましたわ」
クラリスが、安堵の息を吐く。
「カイトさんのおかげですわ」
俺は、二人から離れる。
そして――(……ここで、倒れるか)
俺は、わざとよろめく。
足に力が入らないように見せる。
「カイト!?」
お嬢様が、叫ぶ。
「だ、大丈夫です……ただ、少し……」
俺は、膝をつく。
片手を地面につき、体を支える。
実際は、まだまだ余裕がある。
この程度の戦闘で、俺が消耗するはずがない。
だが、ここで倒れておかないと――お嬢様に不自然だ。
奴隷の執事が、こんな強敵を余裕で倒せるなんて。
そんなこと、あってはならない。
「魔力を……使いすぎた、だけです……」
俺は、わざと荒い息をする。
額に汗を浮かべ、腕を震わせる。
全てが、演技だ。
「カイト! 無理しないでください!」
お嬢様が、慌てて駆け寄る。
その顔には、心配の色が浮かんでいる。
「お嬢様……俺は、大丈夫……です……」
「大丈夫じゃありません! こんなに……」
お嬢様の目に、涙が浮かぶ。
「私のために……こんなに無理をして……」
「……当然です」
俺は、微笑む。
苦しそうに、だが優しく。
「俺は、お嬢様の執事ですから」
「カイト……」
お嬢様が、俺の手を握る。
その手は、温かい。
そして、震えている。
(……これでいい)
お嬢様は、俺が全力を出してやっと勝ったと思っている。
それでいい。
真実を知る必要はない。
「……ふふ」
クラリスが、小さく笑う。
俺は、ちらりと彼女を見る。
彼女は、こちらを見ていた。
その目には――明らかに、俺の演技を見抜いている色があった。
(……バレてるな)
だが、クラリスは何も言わない。
ただ、微笑んでいる。
その笑みは、どこか含みがある。
「素晴らしい戦いぶりでしたわ、カイトさん」
「……ありがとうございます」
「あなたのおかげで、私たちは助かりましたわ」
クラリスが、俺に近づく。
そして、お嬢様には聞こえない声で――
「……でも、まだ余裕がありそうですわね」
(……やはり)
完全に見抜かれている。
「さあ、何のことでしょう」
「とぼけても無駄ですわよ」
クラリスが、くすりと笑う。
「でも、安心してくださいませ。私は、秘密を守りますから」
「……なぜです」
「あなたが、エリアナ様を守るために力を隠しているのは明らかですもの」
クラリスが、お嬢様を見る。
その目は、優しい。
「そんな素敵な関係を、私が壊すわけにはいきませんわ」
俺は、何も言えなかった。
この少女は――全てを理解している。
「ただ――」
クラリスが、再び俺を見る。
「いつか、エリアナ様にも真実を教えてあげてくださいませ」
「……それは」
「今じゃなくてもいいですわ。でも、いつか」
クラリスが、優しく微笑む。
「エリアナ様は、きっと理解してくださいますわ」
「クラリスさん? カイトと何を話してるんですか?」
お嬢様が、不思議そうに聞く。
「ああ、いえ」
クラリスが、明るく笑う。
「カイトさんに、回復薬を渡そうと思いまして」
彼女は、懐から小瓶を取り出す。
赤い液体が入った、小さなガラス瓶。
「はい、これを」
「……ありがとうございます」
俺は、回復薬を受け取る。
そして、わざとゆっくりと飲む。
苦い液体が、喉を通る。
「……ふう」
少し顔色が良くなったように見せる。
演技を、続ける。
「これで、何とか動けそうです」
「良かった……」
お嬢様が、安堵の表情を浮かべる。
「では、魔石を回収しましょう」
クラリスが、ゴーレムの残骸に近づく。
煙の中から、何かが光っている。
「これは……かなりの大きさですわね」
巨大な魔石の欠片が、そこにあった。
砕けてはいるが、だいぶ大きい。
「これなら、学費……」
お嬢様が、目を輝かせる。
「三ヶ月分……いえ、半年分はいけますわね」
クラリスが、にっこりと笑う。
「……本当ですか!?」
「ええ。アイアンゴーレムの魔石は、かなりの高額ですもの」
お嬢様の目が輝き、思わず体が弾むように喜ぶ。
「やりました! これで学費が……!」
その笑顔を見て、俺も笑みを浮かべる。
(……良かった)
これで、しばらくはダンジョンに来なくていい。
お嬢様を、危険な目に合わせなくて済む。
「カイト!」
お嬢様が、俺に抱きつく。
「ありがとうございます! カイトのおかげです!」
「い、いえ……俺は……」
「カイトがいなかったら、私……」
お嬢様の声が、震える。
「本当に……ありがとうございます……」
俺は、お嬢様の頭に手を置く。
その髪は、柔らかい。
「どういたしまして、お嬢様」
そして、微笑む。
「これが、俺の仕事ですから」
お嬢様は、俺の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
クラリスは、そんな二人を見て、優しく微笑んでいた。




