魔法学院三年生の実力
ゴオオオオオッ――!
アイアンゴーレムの咆哮が、部屋中に響き渡る。
全高三メートル。全身が鉄の塊。両腕には巨大な鉄球がぶら下がり、床を引きずるたび、ガリガリと不快な音を立てる。
「……っ」
お嬢様が、息を呑む。
当然だ。こんな化け物、初心者が相手にできる存在じゃない。
「エリアナ様、後ろへ」
クラリスが、杖を構える。
その表情には、余裕があった。
「まずは、私が攻撃パターンを確認しますわ。お二人は待機を」
「で、ですが――」
「大丈夫ですわ。私、三年生ですもの」
クラリスが、不敵に笑う。
次の瞬間――
「【炎の槍】」
詠唱が、一瞬だった。
炎の槍が三本、空中に出現する。それぞれが人の腕ほどの太さで、先端は鋭く尖っている。
(……速い)
俺でさえ、目を見張る速度だ。
フレイムランスが、ゴーレムに向かって一斉に放たれる。
ドガァンッ! ドガァンッ! ドガァンッ!
三発すべてが、ゴーレムの胴体に命中する。
爆炎が上がり、煙が立ち込める。
「……やりましたか?」
お嬢様が、期待を込めて言う。
だが――
ガシャン、ガシャン。
煙の中から、ゴーレムが姿を現す。
胴体に焦げ跡はあるが、致命傷には程遠い。
「……やはり、硬いですわね」
クラリスは、冷静に分析している。
「通常の炎魔法では、表面を焦がすのが精一杯。弱点を狙わないと倒せませんわ」
「弱点……?」
「ええ。胸の中央にある魔石。あれを破壊すれば、一撃ですわ」
だが、そう簡単にいくはずがない。
ゴーレムが動き出す。
ドシン、ドシン――。
重い足音を立てながら、こちらに向かってくる。
そして――
ブンッ!
右腕の鉄球を、横薙ぎに振り抜いた。
「っ!」
クラリスが、瞬時に後ろに跳ぶ。
鉄球が通り過ぎた空間を、風圧が引き裂く。
(……速い)
あの巨体から繰り出される一撃が、これほどの速さとは。
もし、クラリスの反応が一瞬でも遅れていたら――即死だった。
「ふふ……なかなかやりますわね」
だが、クラリスは笑っている。
戦いを楽しんでいる。
「では、こちらも本気で参りますわ」
クラリスが、杖を掲げる。
「【火球】」
三連続で火球が放たれる。
だが、狙いはゴーレムではない。
天井、壁、床――。
火球が爆発し、煙と炎で視界を遮る。
「今ですわ、エリアナ様!」
「え……?」
「煙で視界が悪い今なら、接近できますわ! 胸の魔石を狙って!」
「む、無理です! 私には――」
「できますわ! あなたなら!」
クラリスの声が、力強い。
お嬢様が、俺を見る。
その目には、助けを求める色があった。
(……やるしかない)
「お嬢様、行きましょう」
俺が、お嬢様の手を取る。
「カイト……」
「大丈夫です。俺がついてます」
俺たちは、煙の中に飛び込む。
ゴーレムの巨体が、煙の向こうにぼんやりと見える。
(……あの胸の魔石を狙う)
だが、問題がある。
お嬢様の魔法では、魔石を破壊できない。威力が足りなさすぎる。
ならば――
(俺が、やるしかない)
「お嬢様、【風刃】を撃ってください」
「で、でも……!」
「大丈夫です。俺が、補助魔法をかけます」
俺が、お嬢様の背中に手を置く。
魔力を流し込む。
(これなら、バレない――はず)
「【風刃】!」
お嬢様が、叫ぶ。
俺が、裏で魔力を練り上げる。
風の刃が、空気を切り裂いて放たれる――
その瞬間。
煙が晴れた。
ゴーレムが、こちらを向いている。
そして――
ブンッ!
鉄球が、真正面から迫る。
「――ッ!」
俺は咄嗟に、お嬢様を抱えて横に跳ぶ。
ドガァァンッ!
鉄球が、床に激突する。
石畳が砕け、破片が飛び散る。
「きゃあああ!」
お嬢様が目を固く閉じて、俺にしがみつく。
(……危なかった)
あと一瞬遅れていたら、潰されていた。
俺はお嬢様を抱えたまま、ゴーレムから距離を取る。
「お二人とも、大丈夫ですの!?」
クラリスが、叫ぶ。
「は、はい! なんとか!」
俺が答える。
お嬢様を地面に降ろす。
お嬢様はまだ震えていて、立つのがやっとだ。
「ふええ……怖かったですぅ……」
「大丈夫ですか、お嬢様」
「は、はい……カイトのおかげで……」
お嬢様は、まだ恐怖で顔が真っ青だ。
(……あの回避、見られたか?)
俺は、ちらりとクラリスを見る。
彼女は、こちらをじっと見つめている。
その目には――明らかな興味の色があった。
ドシン、ドシン。
ゴーレムが、再びこちらに向かってくる。
今度は、両腕の鉄球を同時に振り上げている。
(……まずい)
あれを受けたら、確実に死ぬ。
「【氷の鎖】!」
クラリスの声が響く。
次の瞬間、ゴーレムの両腕に氷の鎖が巻きつく。
動きが、止まる。
「エリアナ様! 下がっていてくださいませ!」
「は、はい!」
お嬢様が、慌てて後ろに下がる。
クラリスが、必死に魔力を注ぎ込んでいる。
だが、氷の鎖にヒビが入り始める。
ゴーレムのパワーが、魔法を上回ろうとしている。
「……カイトさん」
クラリスが、小声で呼ぶ。
俺は、彼女の方へ近づく。
お嬢様からは少し離れた位置。
お嬢様には聞こえない距離だ。
「何でしょうか」
「あなた……」
クラリスが、俺を見る。
その目は、鋭い。
「ただの執事ではありませんわね」
(……やはり、気づかれたか)
「先ほどの回避動作。あの速度、あの判断力――普通の使用人には不可能ですわ」
「……さあ、何のことでしょう」
「とぼけても無駄ですわよ」
クラリスが、微笑む。
「私、観察眼には自信がありますの。あなたは相当な実力者――下手をすると、私以上かもしれませんわね」
バキィィンッ!
氷の鎖が砕け散る。
ゴーレムが、自由を取り戻す。
「……話は後にしましょう」
クラリスが、杖を構える。
「今は、あれを倒すのが先ですわ」
「……分かりました」
「協力してくださいますわね?」
「はい」
「では――」
クラリスが、俺の耳元で囁く。
「あなたの秘密は守りますわ。でも、お嬢様のために、力を貸してくださいませ」
俺は、頷く。
(……この人、信用できるのか?)
だが、今は選択肢がない。
クラリスが、お嬢様の方を向く。
「エリアナ様!」
「は、はい!」
「私とカイトさんで、ゴーレムを抑えますわ! その間に、魔法の準備を!」
「で、でも、私の魔法なんて……」
「大丈夫ですわ! あなたの魔力は弱くありませんもの!」
クラリスが、力強く言う。
「ただ制御が苦手なだけ。ですから、最後に私が軌道を調整しますわ。だから、思いっきり魔力を込めてくださいませ!」
お嬢様が、決意を込めて頷く。
「……分かりました!」
「では――」
クラリスが、俺を見る。
小さく頷く。
「行きますわよ、カイトさん」
「了解しました」
俺が剣を構える。
クラリスが杖を掲げる。
そして――
ゴーレムが、咆哮を上げる。
戦いの、第二幕が始まった。




