休日の始まり
お出かけ日当日の朝。
あれから、ヴィクトリアとは話す機会がなく、スカーレットのことについて聞けないまま当日を迎えてしまった。
なんとかすると聞いてはいるものの、スカーレットが本当に応じるのかと悩む。
あの頑固な性格だ。簡単には首を縦に振らないだろう。
だが、今はそれを信じるしかない。
「カイト、この服どうでしょうか?」
エリアナが、今日着ていく服について俺に相談していた。
淡い青色のワンピース。清楚で、エリアナによく似合っている。
裾には、小さな白い刺繍が施されていた。
「とても似合っていると思います」
「本当ですか! よかった……」
エリアナが、安心したように微笑む。
その表情には、子供のような無邪気さが浮かんでいた。
俺がここに来る前のことは知らないが、来てからは俺以外の誰かと休日に出かけることはなかった。
よほど楽しみなのであろう。
その輝くような笑顔を見ていると、今日が良い日になってほしいと心から思う。
「リリアが迎えに来てくれるんですよね」
エリアナが、嬉しそうに言う。
「そうですね。まだ時間はあるので、準備は済ませておきましょう」
「はい!」
エリアナの笑顔を見ていると、今日が無事に終わってほしいと切に願う。
スカーレットが来るかどうか、不安は残る。
だが、エリアナの期待を裏切りたくはなかった。
この笑顔を、曇らせたくはない。
◇◇◇
時間が過ぎ、屋敷のベルが鳴る。
「きっとリリアだわ!」
エリアナが、駆け足で玄関へ向かう。
その足取りは、まるで舞うようだった。
俺も、その後を追う。
扉を開けると――
小さな妖精のようなワンピースを着たリリアが立っていた。
白を基調とした、清楚で可愛らしい服だ。
胸元には、小さなリボンが付いている。
普段の制服姿とは、また違った雰囲気がある。
「かわいい!」
エリアナが、即座に反応する。
「……おしゃれしてきた」
リリアも、少し照れたように応える。
頬が、ほんのりと赤く染まっている。
お互いに、ふふっと笑い合う。
その光景を見ながら、俺は荷物を持って玄関に向かった。
二人の仲の良さが、微笑ましい。
「馬車できた……早く行こう」
リリアが、そう言う。
それを聞いて、屋敷の前に停めてある馬車を見る。
(……なんと豪華な装いの馬車なんだ)
俺は、思わず驚いた。
紋章が入った、立派な馬車。
装飾も細かく施されている。
アルテミス家のものだろう。
リリアが走って、馬車の前にいる従者に話しかける。
「すごいですね!」
エリアナも、その馬車を見て感激していた。
貧乏貴族であるエリアナが普段乗っている馬車とは、比べ物にならない。
その差は、一目瞭然だった。
馬車の中に入ると、エリアナは興奮気味だった。
「わぁ……ふかふかです……!」
椅子に座りながら、嬉しそうに声を上げる。
何度も、座り心地を確かめるように体を動かしている。
俺も荷物を乗せ、従者の方にお礼を言って乗り込んだ。
「では、参りましょう」
従者が、丁寧に頭を下げてから、馬車を走らせる。
エリアナとリリアは、楽しそうに話している。
今日買いたいものや、行きたい場所の話だろうか。
二人とも、本当に楽しみにしているようだ。
俺は、窓の外を見ながら思った。
(……スカーレットは、来るのだろうか)
不安が、胸の中に静かに渦巻いていた。
◇◇◇
待ち合わせの場所。
街の噴水がある広場の前に、俺たちは到着した。
噴水の水が、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
周りには、買い物客や散歩をする人々が行き交っていた。
既に、シェリルが待っている。
噴水の近くに立ち、きょろきょろと辺りを見回していた。
三人に気づいたのか、こちらに向かってくる。
「みんなー! こっちこっち!」
シェリルが、手を振りながら駆け寄ってくる。
だが――
シェリルは、制服のままだった。
印象がギャルだったので、もっと派手な服で来るものだと思っていたが、予想は外れた。
「シェリルさん、制服なのですね」
エリアナが、少し驚いたように言う。
「やっぱ、浮いちゃうよね……」
シェリルが、恥ずかしそうに言う。
「私、他に着ていけるような服、持ってなくて……」
その声には、少しだけ寂しさが滲んでいた。
「……なら、今日買おう」
リリアが、優しく言う。
「そうですね! みんなでシェリルさんの服を選びましょう!」
エリアナが、明るく提案する。
「ほんと!? ありがとう!」
シェリルが、嬉しそうに笑う。
その笑顔は、本当に嬉しそうだった。
女性陣は、楽しそうに会話をしている。
俺は、周りを確認する。
だが、ヴィクトリアもスカーレットの姿も見えなかった。
(……まだ、来ていない)
待ち合わせの時間までは、まだ少しある。
もう少し待っていれば、きっと――
そう思っていると――
「お待たせしてしまって、すまない」
後ろから、落ち着いた声がかけられた。
振り返ると――
長い赤い髪に、凛とした姿で立つヴィクトリアがいた。
普段の制服ではなく、上品なドレス。
深紅の色が、彼女によく似合っている。
その姿は、まさに貴族の令嬢そのものだった。
それを見て、すぐに三人が反応する。
「せ、生徒会長さんではありませんか!?」
エリアナが、驚いて声を上げる。
「……カイトが言ってた案って、生徒会長を呼ぶこと?」
リリアが、首を傾げる。
「生徒会長が、なんでいるの!?」
シェリルが、相変わらずの反応を見せる。
そして――
少し離れた場所に、腕を組んで佇んでいるスカーレットがいた。
その表情は、やはり硬い。
だが、ここに来てくれた。
それだけで、十分だった。
「初めましてですね。スカーレットの姉、ヴィクトリアと申します」
ヴィクトリアが、軽くお辞儀をする。
その動作の節々に、礼儀作法がしっかりとした姿勢が見て取れる。
立ち振る舞いが、美しい。さすがは、生徒会長だ。
「エリアナ・フォンブルクと申します」
「リリア・アルテミス……です」
「シェリル・アーノルドです!」
三人も、それに合わせて名前を言っていく。
ヴィクトリアは、一人一人に丁寧に頷いた。
その笑顔は、優しく穏やかだった。
そして――
ヴィクトリアが振り返り、小さくため息を漏らす。
そして、スカーレットのもとに歩いていく。
「スカーレット、こちらへ」
ヴィクトリアが、優しく促す。
「……」
スカーレットは、無言のまま。
だが、ヴィクトリアに少し引きずられるようにして、こちらに合流する。
表情は、やはり硬い。
そして、腕は組んだままだ。
まるで、拒絶を示すかのように。
「……お姉様が行くっていうから、仕方なく来ただけです」
スカーレットが、そっぽを向きながら言う。
視線は、どこを見ているのか、斜め上の方向。
誰とも目を合わせようとしない。
その一言に、場の空気がわずかに張り詰めた。
シェリルが、一瞬だけ言葉を失う。
その表情には、複雑な感情が浮かんでいた。
「では、参りましょうか」
ヴィクトリアが、あえて何事もなかったかのように言った。
その声には、場の空気を和らげようとする意図が感じられた。
「はい!」
エリアナが、元気に答える。
こうして、六人の休日が始まった。
スカーレットとシェリルの間には、まだ確かな溝がある。
だが――
歩き出した直後、スカーレットは一度だけ、シェリルの方を見た。
ほんの一瞬。
そこにあったのは、嫌悪ではなく――戸惑いだった。
どう接すればいいのか、分からない。そんな表情。
すぐに視線を逸らし、彼女は何も言わず前を向く。
その小さな変化に気づいたのは、おそらく俺だけだった。
(……少しずつでいい)
俺は、心の中でそう思った。
今日一日で、何かが変わるかもしれない。
そう願いながら、俺たちは街へと歩き出した。




