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お嬢様、実力を試される

翌朝。

 俺が朝食の準備をしていると、お嬢様が珍しく早起きして降りてきた。


「おはよう、カイト」


「おはようございます、お嬢様。今日は早いですね」


「うん……あのね、カイト」


 お嬢様が、俺の目をまっすぐに見る。


「今日も、ダンジョンに行きたいの」


「……は?」


 思わず素の声が出た。


「え、今日も、ですか?」


「うん。昨日の成功で、学費一ヶ月分は確保できたけど……まだ全然足りないでしょう?」


 確かにそうだ。

 魔法学院の年間学費は六百万ゴールド。昨日の五十万では、まだ全然足りない。


「それに……」


 お嬢様が少し俯く。


「わたくし、本当に自分の力でライノスを倒せたのか……確かめたいの」


(あー、やっぱりそうなるか)


 俺は内心でため息をついた。

 お嬢様は疑っている。当然だ。自分が何もしていないことを、本人が一番よく知っている。


「お嬢様。無理はなさらず――」


「大丈夫。カイトがいてくれるもの」


 お嬢様が笑顔で言う。

 その笑顔に、俺は何も言えなくなった。


「……分かりました。では、朝食の後にギルドへ参りましょう」


「ありがとう、カイト!」


(また全部やるのか、俺……)


 俺は心の中で、深く深くため息をついた。


 ギルドの扉を開けた瞬間、俺たちに視線が集中した。


「あ……」


「いた、昨日の……」


「単独でライノス倒した新人だろ?」


「マジで本人か……」


 ざわざわと囁き声が広がる。

 お嬢様の顔が、みるみる赤くなる。


「か、カイト……みんな見てる……」


「気にしないでください。堂々となさって」


 俺はそう言いながら、お嬢様を受付へと誘導した。


 依頼ボードの前で、お嬢様は悩んでいた。


「うーん……どれにしようかしら……」


 初級の依頼では稼ぎが少ない。

 かといって、上級の依頼は危険すぎる。


 中級の依頼を探していると――


「あら、あなたが噂のエリアナ・フォンブルク様?」


 背後から、澄んだ声が聞こえた。


 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 栗色の髪を縦ロールに結い、豪華なドレスを着た貴族の令嬢。


 その立ち振る舞いからして、名門の出だと分かる。


「わ、わたくしですが……」


 お嬢様が緊張した様子で答える。


「初めまして。わたくしはクラリス・ヴァンフリート。魔法学院の三年生ですわ」


 クラリスと名乗った少女が、優雅に一礼する。

 ヴァンフリート家。この国でも五本の指に入る名門貴族だ。


「ま、魔法学院の……!」


 お嬢様の目が輝く。


 魔法学院――それは、お嬢様の憧れの場所だ。

 学費を稼ぐために、今こうしてダンジョンに通っているのだから。


「あ、あの……何か……?」


「ええ。実は、あなたの噂を聞いて、とても興味を持ちましたの」


 クラリスが、お嬢様をじっと見る。


「単独でライノスを討伐された、と。それも、登録一週間で」


「は、はい……」


「……正直に申し上げますと、信じられませんわ」


 クラリスの目が、わずかに細くなる。


「失礼ですが、フォンブルク家は没落貴族。魔法教育を受ける余裕もなかったはず。それなのに、中級ダンジョンを単独で攻略?」


 周囲の冒険者たちが、興味津々に様子を窺っている。

 お嬢様の顔が、みるみる青ざめていく。


(……まずい。ボロが出る)


 俺は一歩前に出ようとしたが、クラリスが続けた。


「ですから、確かめたいんですの。あなたの実力を」


「じ、実力……?」


「ええ。もし本当にあなたが実力者なら、この依頼はいかがかしら?」


 クラリスが、依頼ボードから一枚の紙を取り出す。


 そこには、こう書かれていた。


『中級ダンジョン深部・アイアンゴーレム討伐

 報酬:百万ゴールド』


「アイアンゴーレム……!?」


 お嬢様が驚愕の声を上げる。


 アイアンゴーレムは、ライノスよりも格上の魔獣だ。

 全身が鋼鉄でできており、並の攻撃では傷一つつかない。


 パーティを組んでも苦戦する相手として知られている。


「ライノスを倒せたあなたなら、余裕ですわよね?」


 クラリスが、挑発するように笑う。


 お嬢様が、俺を見る。

 その目は、明らかに「助けて」と言っている。


 だが、俺は何も言えない。

 ここで「無理です」と言えば、お嬢様の嘘がバレる。


 周囲の視線が、お嬢様に集中している。


「どうなさいますの? もしかして……できませんの?」


 クラリスの言葉に、お嬢様の表情が強張る。


「……わたくし、やりますわ」


 お嬢様が、震える声で言った。


「お、お嬢様!?」


「大丈夫……わたくし、やれます……」


 お嬢様の目に、決意の色が浮かんでいる。


 引けない。

 ここで断れば、昨日の成功が嘘だったことになる。


(……マジか)


 俺は内心で頭を抱えた。


「まあ、素晴らしい度胸ですわ!」


 クラリスが拍手をする。


「では、わたくしも同行させていただきますわね」


「え……?」


「だって、確かめたいんですもの。あなたの実力を、この目で」


 クラリスが、にっこりと笑った。

 その笑顔には、純粋な好奇心と――わずかな疑念が混じっている。


「あなたが本物なら、わたくしも尊敬いたしますわ。でも、もし嘘なら……」


 クラリスの目が、一瞬だけ鋭くなる。


「その時は、冒険者ギルドに虚偽報告として届け出ますわ」


「………」


 お嬢様が、固まる。

 周囲の冒険者たちも、息を呑んで見守っている。


「さあ、参りましょうか。準備はよろしいですの?」


「は、はい……」


 お嬢様が小さく頷く。


 俺は、お嬢様の後ろで深く息を吐いた。


(最悪だ……!)


 目撃者がいる状況で、どうやってお嬢様を守ればいいんだ。

 しかも、相手は魔法学院の生徒。


 魔法の知識も経験も、お嬢様とは比べ物にならない。

 ボロが出る可能性が、格段に高い。


「では、受付で依頼を正式に受けてきますわね」


 クラリスが、颯爽と受付に向かう。


 お嬢様が、小声で俺に囁いた。


「カイト……わたくし、どうしよう……」


「……大丈夫です。お嬢様なら、きっとできます」


 俺は笑顔でそう言ったが、内心では必死に策を練っていた。


 どうする。

 どうやって、バレずにゴーレムを倒す。


 変装魔法は使える。

 だが、クラリスがずっと見ている状況では、隙がない。


(……その場で考えるしかないか)


 俺は覚悟を決めた。

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