それぞれの説得
翌日。
いつも通りの授業を終え、放課後になった。
「それじゃあ、私たちはスカーレットさんとシェリルさんに、休日のことを伝えに行ってきます」
エリアナが、少し緊張した様子で言う。
「……頑張る」
リリアも、小さく拳を握って頷いた。
「お願いします」
俺が頭を下げると、二人はそれぞれの教室へと向かっていった。
そして、俺は別の場所へ向かう。
今回の件は、シェリルだけの問題じゃない。
スカーレット自身が、誰かと一緒に行動することを拒んでいる。
彼女が変わらない限り、きっと同じことを繰り返す。
だからこそ――理由を知らなければならない。
俺が向かったのは、生徒会室だった。
◇◇◇
ノックをして、ドアを開ける。
「失礼します」
中には、クラリスとヴィクトリアがいた。
書類を整理していたクラリスが顔を上げ、柔らかく微笑む。
「あら、カイトさん。今日はお一人ですか?」
「はい。少し、お時間をいただければと思いまして」
「ええ、どうぞ。お掛けになってください」
クラリスが紅茶を淹れてくれる。
机にカップが置かれ、三人で向かい合って腰を下ろした。
俺は、ゆっくりと話し始めた。
今回の内部調査の話。
スカーレットとシェリルの間にできた溝のこと。
そして、お嬢様とリリアが休日に皆で買い物に行くことで、二人の仲を取り持とうとしていること。
すべてを話し終えると、ヴィクトリアは静かに紅茶を口にした。
「……事情は理解しました」
ヴィクトリアが、カップを置いて言う。
「スカーレットさん、人を遠ざけるところがありますものね」
クラリスが、心配そうに言う。
「ええ……」
ヴィクトリアは、小さく息を吐いた。
「あの子は、ローズウェル家に縛られすぎているのです」
「縛られている……?」
俺が、聞き返す。
「前に、友達と過ごす時間も大切だと言ったことがあるのですが……良い反応ではありませんでした」
その声音には、姉としての後悔が滲んでいた。
「では、誘ってもすぐに断られますね、きっと」
俺が、言う。
「ええ、きっと」
ヴィクトリアが、静かに頷く。
少しの沈黙が流れた。
その後、ヴィクトリアが俺を見て尋ねた。
「カイトさんから見て、スカーレットはどう映っていますか?」
俺は少し考え、正直に答えることにした。
「誰かと一緒にいることを、避けているように見えます」
「……」
「シェリルさんに対しても、強く距離を取っていました。
まるで、近づかれることを恐れているかのように」
「……やはり、そうですか」
ヴィクトリアは、目を伏せた。
「実は、あの子がそうなった理由には、過去があります」
「過去……」
「今回の件も……無関係ではありません」
そう前置きしてから、ヴィクトリアは語り始めた。
「ローズウェル家は、代々雷属性を得意とする家系です」
「雷属性……」
それを聞いて、俺はある疑問を思い出した。
模擬戦で、スカーレットが使っていたのは火属性の魔法だった。
「ですが、スカーレットはそれが使えないのです」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「昔から、私と比べられてきました」
ヴィクトリアの声が、わずかに震える。
「才能がない、期待外れだと……そう言われ続けて」
「……」
「気づけば、周囲から人が離れていき……残ったのは、魔法だけでした」
ヴィクトリアが、唇を噛む。
「情けない話です。妹の異変に、私はずっと気づけなかった」
クラリスが、そっと視線を落とす。
俺も、言葉を失っていた。
だから、あれほど魔法に執着していたのか。
だから、人との距離を断ち切るようになったのか。
模擬戦で中級魔法を使ったのも、努力の証だったのだろう。
「……それなら尚更、誰かがそばにいるべきだと思います」
俺は、言葉を選びながら口を開いた。
「同情でも、説得でもなく」
「同じ目線で、隣に立ってくれる人が……
今のスカーレットさんには、必要なんじゃないかと」
それを聞いて、ヴィクトリアはすぐには答えなかった。
カップを持つ指が、わずかに強張る。
「……分かっているのです」
ぽつりと、そう零した。
「頭では、ずっと……私が、向き合うべきだと」
だが、視線は紅茶に落ちたままだった。
「でも……怖かった」
「怖い……?」
「今さら姉として顔を出しても、拒絶されるだけではないかと」
静かな沈黙が落ちる。
その沈黙を、クラリスがそっと破った。
「模擬戦の帰り道のこと、覚えていますか?」
「……ええ」
「エリアナ様の話をしていた時……
スカーレットさん、少し嬉しそうでしたよ」
「……そうだったわね」
ヴィクトリアの目が、ゆっくりと上がる。
「あの子、誰かを見下していたわけじゃない」
「ただ……どう距離を取ればいいのか、分からなくなっていただけ」
そう言って、ヴィクトリアは小さく息を吐いた。
「……私が、逃げていたのね。妹が一人で戦っているのに」
ヴィクトリアは、そっと目を閉じた。
「……分かりました」
その声は、決意というよりも、諦めに近い響きだった。
「スカーレットを、連れ出してみます」
「本当ですか」
俺が、確認するように聞く。
「ええ……試してみます」
ヴィクトリアの表情には、まだ迷いが残っている。
「ただ、あの子がどう反応するかは……正直、分かりません」
「それでも……」
「ええ。姉として、何もしないわけにはいきませんから」
その声には、覚悟とも不安とも取れる複雑な感情が滲んでいた。
「ありがとうございます」
俺は、深く頭を下げた。
(……これで、本当に大丈夫なのだろうか)
ヴィクトリアの表情を見て、俺は少し不安になった。
だが、今はこれ以上何も言えない。
その後、日程や集合場所などの詳細を伝え、俺は生徒会室を後にした。
◇◇◇
その帰り道。
廊下の先で、エリアナとリリアがスカーレットに話しかけているのが見えた。
「お買い物、行きましょう!」
エリアナが、明るく声をかける。
「嫌だ」
即答だった。
「……一緒に行けば……楽しい」
リリアも、必死に誘う。
「そんな時間はない」
スカーレットの声は、冷たかった。
完全な拒絶。
やがて二人は諦めたように、俺の元へ戻ってきた。
「カイト……」
エリアナが、落ち込んだ様子で言う。
「……ダメ、だった」
リリアも、顔を下げる。
「シェリルさんは誘えたんですけど……
スカーレットさんは、全然聞いてくれなくて」
エリアナが、悔しそうに言う。
「大丈夫です」
俺は、静かに言う。
「こちらは、なんとかなりそうです」
「え、本当ですか!?」
エリアナの表情が、一気に明るくなる。
「さすがカイト!」
「……ありがとう」
リリアも、小さく微笑む。
二人の表情が明るくなる。
だが、俺の胸には一抹の不安が残っていた。
(連れ出せはするだろう……)
(だが、当日どうなるかは分からない)
ヴィクトリアが説得すると言ってくれた。
だが、スカーレットがすんなりと従うとは思えない。
当日、何かトラブルが起きないとも限らない。
休日まで、あと数日。
この選択が、正しいものになるかどうかは――
その日になってみなければ分からなかった。
夕日が、廊下を赤く染めている。
俺たちは、それぞれの家路についた。




