陽気な影
放課後。
職員室の前に、エリアナ、リリア、スカーレット、そして俺の四人が集まっていた。
「私、なにかしたかな……緊張する」
エリアナが、小さく呟く。
「大丈夫……エリアナなら」
リリアが、励ますように言う。
俺はエリアナの執事として、当然のように同行している。お嬢様が呼び出されたのなら、側にいるのが俺の役目だ。
「さあね。さっさと済ませましょう」
スカーレットが、腕を組みながら言う。
その口調は、相変わらずぶっきらぼうだ。だが、以前ほどの刺々しさは感じられない。模擬戦以降、少しだけ態度が柔らかくなった気がする。
「では、入りましょうか」
エリアナが、ドアをノックしようとした。
その時――
「おい、待て」
ドアが開き、ロバート先生が顔を出した。
「ロバート先生……」
エリアナが、驚いた表情を見せる。
「悪い、場所を変える。ちょっと待ってろ」
ロバート先生が、そう言うと職員室の中に戻っていく。
「……どういうこと?」
スカーレットが、首を傾げる。
数分後、ロバート先生が再び現れた。
「会議室に移動する。こっちだ」
四人は、ロバート先生について廊下を歩き出した。
「あの、先生……」
エリアナが、恐る恐る聞く。
「何の用件なんですか?」
「それは、会議室で説明する」
ロバート先生が、気だるそうに答える。
「それと……お前たちは三人だと思ってるだろうが」
「え?」
エリアナが、不思議そうな顔をする。
「もう一人、選ばれた生徒がいる。B組からだ」
「B組から……?」
リリアが、小さく呟く。
「そいつは今、アリシアが連れてくる予定だ」
ロバート先生が、会議室のドアを開ける。
中には、既に何人かの教員が待っていた。
学院長、セリーナ秘書、フレデリック先生。
「お待ちしておりました」
学院長が、穏やかに微笑む。
「さあ、座ってください」
四人は、長いテーブルの片側に座った。
だが、一つだけ空席がある。
「もう一人の生徒は……?」
フレデリック先生が、ロバート先生に聞く。
「アリシアが連れてくるはずだが……」
その時、ドアがノックされた。
「失礼します」
アリシア先生が入ってくる。
その後ろから、息を切らした女性が現れた。
青い髪をした、制服を少し着崩した女性。息を切らしながらも笑顔を作るが、その目はどこか落ち着かず、わずかに震えている。
「はぁ……はぁ……すみません、遅れました……!」
女性が、息を整えながら謝る。
俺は、すぐに思い出した。
人だかりから抜け出した後、廊下で走っていて俺とぶつかった女性だ。
あの時も、何かに呼ばれていると言って走り去っていった。
「遅刻ですよ、シェリル・アーノルド」
フレデリック先生が、少し厳しい口調で言う。
「ごめんなさい……」
シェリル――青い髪の女性が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「理由は?」
フレデリック先生が、問いかける。
「それは……」
シェリルが、少し言葉に詰まる。
「ちょっと、用事があって……」
「用事?」
「はい……その……」
シェリルが、視線を泳がせる。
明らかに、何かを隠している様子だった。その目は、どこか落ち着きがない。
「……」
フレデリック先生が、少し厳しい表情を見せる。
「まあ、今回は許しましょう。ですが、次はありませんよ」
「はい……すみません」
シェリルが、深く頭を下げる。
「座りなさい」
アリシア先生が、空いている席を指す。
シェリルは、四人の隣――エリアナの隣に座った。
その時、スカーレットがシェリルを見る。
その目は、明らかに冷たかった。
「……」
シェリルも、その視線に気づいたようだ。
少し居心地悪そうに視線を逸らす。
「では、改めて」
学院長が、口を開く。
「本日、皆様をお呼びしたのは……」
セリーナが、五人に書類を配る。
「冒険者協会からの、正式な依頼があるからです」
「依頼……?」
エリアナが、不思議そうに呟く。
「はい。新しく発見されたダンジョンの、内部調査です」
学院長が、説明する。
「推定難易度は、下級とのこと。そして、報酬は一人につき五十万ゴールドです」
「五十万!?」
エリアナが、驚きの声を上げる。
「下級ダンジョンにしては、かなり高額ですね」
フレデリック先生が、補足する。
「協会も、慎重になっているのでしょう」
「詳細は、この書類に記載されています」
アリシア先生が、言う。
「期限は、二週間後。準備期間も考慮しての期限です。それまでに、しっかりと準備を整えてください」
「二週間……」
リリアが、呟く。
「質問は?」
ロバート先生が、五人を見回す。
しばらく、沈黙が続いた。
「あの……」
エリアナが、手を挙げる。
「教員の方は、同行されないんですか?」
「いい質問だ」
学院長が、頷く。
「協会からの依頼書には、『生徒のみでの調査』と明記されています」
「えっ……」
エリアナが、不安そうな表情を見せる。
「実戦経験を積ませるため、とのことです」
セリーナが、補足する。
「下級ダンジョンですし、皆さんなら問題ないでしょう」
「他に質問は?」
ロバート先生が、再び聞く。
だが、誰も口を開かない。
スカーレットは、腕を組んだまま黙っている。
シェリルは、どこか落ち着かない様子で書類を見ている。
「……特にないようだな」
ロバート先生が、欠伸をする。
「なら、解散だ。詳しいことは、また後日連絡する」
五人は、会議室を後にした。
廊下に出ると、スカーレットが足を止める。
「ちょっと」
その声が、シェリルに向けられる。
「え……?」
シェリルが、振り返る。
「さっきの遅刻の理由、本当は何?」
スカーレットが、冷たい目でシェリルを見る。
「それは……」
シェリルが、また視線を逸らす。
「言えないの?」
「……うん」
「なら、私はあなたを信用できないわ」
スカーレットが、冷たく言い放つ。
「内部調査は、何が起こるかわからない」
「得体の知れない人間と、一緒に行動するつもりはない」
「そんな……」
シェリルが、困惑した表情を見せる。
「スカーレットさん……」
エリアナが、止めようとする。
だが、スカーレットは聞かない。
「準備期間は二週間。その間に、あなたが信用できる人間か見極めさせてもらうわ」
そう言い残すと、スカーレットはその場を去っていく。
「……」
シェリルが、その場に立ち尽くす。
その表情には、明らかな困惑と、そして少しの怒りが浮かんでいた。
「……大丈夫、ですか?」
エリアナが、心配そうにシェリルに声をかける。
「あ、うん……大丈夫」
シェリルが、無理に笑顔を作る。
だが、その笑顔は明らかに作られたものだった。
「……シェリル……さん」
リリアも、小さく声をかける。
「ありがと。でも、本当に大丈夫だから」
シェリルが、そう言う。
だが、俺には分かった。
彼女は、全然大丈夫ではない。
「……行こうか」
エリアナが、優しく言う。
「うん……」
シェリルが、小さく頷く。
五人は、一緒に廊下を歩き出した。
だが、その空気は重かった。
スカーレットとシェリルの間にできた溝。それは、簡単には埋まりそうにない。
「……大丈夫かな」
エリアナが、小さく呟く。
「……分からない」
リリアが、小さく答える。
俺は、前を歩くスカーレットの背中と、隣を歩くシェリルの横顔を見ながら思った。
これから、どうなるんだろうか。
ダンジョン調査は、二週間後。
この状態で、本当にうまくいくのだろうか。
廊下の先で、スカーレットは一度も振り返らなかった。
シェリルは、その背中を見つめたまま、唇を噛みしめている。




