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学院の決断

翌日の朝。


魔法学院の学院長室に、数名の教員が集められていた。


学院長は、六十代と思われる老紳士だ。

白髪に白髭を蓄え、威厳のある佇まいをしている。


その隣には、若い女性が立っていた。

学院長秘書のセリーナ。二十代後半の彼女は、眼鏡をかけ、几帳面そうな雰囲気を漂わせている。


部屋には、三人の教員が座っていた。


一人目はロバート。

一年A組の担任で、三十代半ばの男性である。気だるそうな表情が特徴的だ。


二人目はアリシア。

一年B組の担任で、二十代後半の女性。真面目そうな雰囲気を持っている。


三人目はフレデリック。

五十代の男性で、一年生の学年主任を務めている。落ち着いた雰囲気と、厳格な表情が印象的だ。


「お集まりいただき、ありがとうございます」


学院長が、穏やかな口調で切り出した。


「本日、皆様にお集まりいただいたのは――」


セリーナが、教員たちに書類を配る。

教員たちは、それぞれ書類を手に取った。


「冒険者協会から、正式な依頼が届きました」


学院長が続ける。


「新しく発見されたダンジョンの、内部調査です」


「……ダンジョンの内部調査、ですか」


フレデリックが、書類に目を通しながら言う。


「はい。推定難易度は、下級とのことです」


学院長の言葉に、ロバートが欠伸をしながら口を開いた。


「下級か……それなら、大した危険もなさそうだな」


「そうですね」


アリシアが頷く。


「ですが、生徒たちにとっては貴重な経験になるかと思います」


「その通りです」


学院長が、穏やかに微笑む。


「我が学院の生徒たちは優秀です。しかし、実戦経験が不足している」


「模擬戦や訓練では学べないことが、ダンジョンにはあります」


「今回の依頼は、生徒たちにとって絶好の機会かと存じます」


セリーナが補足した。


「なるほど……」


フレデリックが腕を組む。


「しかし、危険も伴いますね」


「その通りです」


学院長が、真剣な表情になる。


「だからこそ、皆様に相談したいのです」


「どの生徒を参加させるべきか」


教員たちが、互いに顔を見合わせる。

しばらく、沈黙が続いた。


「……協会からの要望では」


フレデリックが、書類を見ながら言う。


「四名程度の少数精鋭を、とのことです」


「四名か……」


ロバートが、少し考え込む。


「下級ダンジョンなら、それで十分だろうな」


「では、どの生徒を選抜するか」


アリシアが問いかける。


「A組から三名、B組から一名が妥当かと思いますが」


「同感だ」


フレデリックが頷く。


「まず、A組から選抜するとしましょう」


ロバートが口を開く。


「リリア・アルテミスは外せないな」


「魔法の才能は、学年でもトップクラスだ」


「先日の模擬戦でも、圧勝していた」


「リリア・アルテミス……」


学院長が頷く。


「確か、アルテミス家の令嬢ですね」


「はい」


セリーナが頷く。


「名門の家柄です」


「次に、スカーレット・ローズウェルを推薦します」


フレデリックが言う。


「生徒会長の妹であり、実力も申し分ありません」


「それに――」


ロバートが続ける。


「模擬戦で中級魔法を使用していた」


「一年生で中級魔法を扱えるのは、極めて稀だ」


「中級魔法を……」


学院長が、驚いた表情を見せる。


「それは、素晴らしい」


「はい。彼女も、候補に入れるべきでしょう」


フレデリックが頷いた。


「そして、三人目は……」


ロバートが、少し間を置く。


「エリアナ・フォンブルクを推薦したい」


「……エリアナ・フォンブルク?」


アリシアが首を傾げる。


「確か、魔法が苦手な生徒では?」


「ああ、そうだ」


ロバートが頷く。


「魔法の腕は、正直言って未熟だ」


「では、なぜ……?」


フレデリックが、訝しげに聞く。


「中級ダンジョンでの実績があるからだ」


ロバートが説明する。


「アイアンゴーレムを討伐したという報告が、協会に上がっている」


「それに、先日の模擬戦でも最後まで諦めなかった」


「接近戦で相手を翻弄する、型破りな戦法も見せていた」


ロバートは、珍しく真剣な表情をしていた。


「正直、俺もあいつがどこまでやれるのか……ちょっと試してみたい」


「……」


フレデリックが、しばし考え込む。


「確かに、実戦経験は貴重ですね」


「ですが、魔法が未熟というのは……」


「だからこそ、だ」


ロバートが言う。


「リリアとスカーレット、そしてB組から選抜する生徒がいれば、戦力は十分だろう」


「エリアナには、別の役割が期待できる」


「……分かりました」


学院長が頷く。


「では、エリアナ・フォンブルクも候補に入れましょう」


「ありがとうございます」


ロバートが、軽く頭を下げた。


「次に、B組からですが」


アリシアが書類を見る。


「シェリル・アーノルドを推薦します」


「シェリル・アーノルド……」


学院長が、少し考え込む。


「アーノルド? 聞いたことのない名前ですね」


「どこの出身ですか?」


フレデリックが首を傾げる。


「ええと……」


アリシアが書類を確認する。


「確か、辺境の小さな村の出身と記載されています」


「なるほど」


学院長が頷く。


「それで、どのような生徒ですか?」


「魔闘士を目指している生徒です」


アリシアが説明する。


「武器を使わず、身体強化魔法を使った格闘戦が得意とのことです」


「成績も優秀で、模擬戦では圧倒的なパワーで相手を制圧していました」


「魔闘士か……」


フレデリックが頷く。


「バランスが良いですね」


「リリアとスカーレットの魔法」


「シェリルの格闘戦」


「そしてエリアナの実戦経験」


「他の三名がいれば、問題ないでしょう」


「では、この四名で決定ということで」


学院長が言う。


「異論はありませんか?」


「なし」


教員たちが、同時に答えた。


「では、決定です」


学院長が微笑む。


「次に、教員の同行についてですが」


「それが……」


フレデリックが、申し訳なさそうに言う。


「協会からの依頼書には、『生徒のみでの調査』と明記されています」


「何?」


学院長が驚く。


「それは、なぜ……?」


「おそらく、実戦経験を積ませるためかと」


セリーナが補足する。


「教員が同行すれば、生徒たちは頼ってしまいます」


「協会は、生徒たちの自立した判断力を見たいのでしょう」


「……」


学院長が、難しい顔をする。


「しかし、それは危険では……」


「下級ダンジョンです」


ロバートが言う。


「それに、選抜した四名は優秀です」


「きっと、問題なくやれるでしょう」


「……」


学院長は、長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。


「分かりました。生徒たちを、信じましょう」


「ありがとうございます」


教員たちが、頭を下げる。


「それと――」


セリーナが口を開く。


「協会からの報酬ですが、一人につき五十万ゴールドとのことです」


「五十万!?」


アリシアが驚く。


「下級ダンジョンにしては、高額ですね」


「ああ、協会も慎重になっているんだろう」


ロバートが言う。


「最近の中級ダンジョンの件もあるしな」


「なるほど……」


学院長が頷く。


「では、生徒たちにも、その旨を伝えましょう」


「はい」


教員たちが頷く。


「では、明日、選抜された生徒たちに告知します」


フレデリックが立ち上がる。


「お願いします」


学院長が微笑んだ。


教員たちが部屋を後にする。

部屋には、学院長とセリーナだけが残った。


「……大丈夫でしょうか」


セリーナが、不安そうに言う。


「教員も同行せず、生徒たちだけで……」


「心配ですか?」


学院長が、優しく聞く。


「はい……」


セリーナが頷く。


「もし、何かあったら……」


「大丈夫です」


学院長は、窓の外を見る。


「我が学院の生徒たちは、優秀です」


「きっと、無事に帰ってきます」


「……はい」


セリーナは小さく頷いた。

だが、その表情には、まだ不安が残っていた。


学院長も、それを感じ取っていた。


(……杞憂であればいいが)


学院長は、心の中でそう願った。


新しいダンジョン。

それは、常に予測不能だ。


下級と推定されていても――

何が起こるか分からない。


(……生徒たちを、信じるしかない)


学院長は、静かに目を閉じた。


その日の夕方。


一年A組とB組の教室に、それぞれの担任が現れた。


「ちょっといいか」


ロバートが、A組の生徒たちに言う。


「エリアナ・フォンブルク、リリア・アルテミス、スカーレット・ローズウェル」


「放課後、職員室に来い」


三人の名前が呼ばれる。

生徒たちが、ざわめいた。


「何だろう……?」


「三人とも、模擬戦で活躍してた人たちだ」


同じ頃、B組でも――


「シェリル・アーノルド。放課後、職員室へ」


アリシアが告げる。


選ばれた四人。


彼女たちは、まだ知らない。

自分たちが、新しい冒険の始まりに立っていることを――。

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