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お嬢様、才能に目覚めたと勘違いされる

 翌朝。

 俺は早くから起きて、朝食の準備をしていた。


 昨日のダンジョン攻略で手に入れたライノスの魔石。これを換金すれば、学費一ヶ月分になる。

 問題は、どうやってお嬢様に「自分が倒した」と信じ込ませ続けるかだ。


「おはよう、カイト……」


 お嬢様が食堂に降りてきた。

 目の下に薄く隈ができている。昨夜はあまり眠れなかったようだ。


「おはようございます、お嬢様。お顔色が優れませんが……」


「う、うん……昨日のこと、考えてたら眠れなくて……」


 そりゃそうだろう。

 自分が何もしてないのに、巨大な魔獣が倒れていたんだから。


「本当に……わたくしが、倒したのかしら……?」


 お嬢様が不安そうに俺を見る。


「もちろんです。お嬢様の隠れた才能が開花したのでしょう」


「で、でも……わたくし、魔法なんて……」


「お嬢様。才能というのは、突然現れるものです。お母様も、きっと天国で喜んでおられますよ」


 母親の話を出すのは卑怯だが、ここは押し切るしかない。

 お嬢様の目に涙が浮かぶ。


「お、お母様……」


「さあ、朝食を召し上がってください。今日はギルドに行って、魔石を換金しましょう」


「……うん」


 お嬢様は小さく頷いた。


 まだ完全には信じきれていない様子だが、それでいい。

 これから少しずつ、自信をつけさせていけばいい。


【昼過ぎ・冒険者ギルド】


 ダンジョンから戻った俺たちは、冒険者ギルドへと向かった。

 魔石の換金をするためだ。


 ギルドの扉を開けると、昼下がりの喧騒が耳に飛び込んでくる。

 酒を飲みながら談笑する冒険者たち。依頼書を眺める若い剣士。受付には数人の列ができていた。


「カイト、あの……本当に、わたくしが出すんですの……?」


 エリアナお嬢様が、俺の袖をぎゅっと掴みながら不安そうに囁く。

 その手には、ライノスの魔石が入った袋。


 本来なら俺が持つべきものだが、

 「お嬢様が倒した」ことになっているので、彼女に持たせている。


「ええ。お嬢様が討伐されたのですから、堂々となさってください」


「で、でも……わたくし、何もしてませんわ……」


「お嬢様は勇敢にもダンジョンに挑まれました。それだけで十分です」


 完全に詭弁である。


 だが、ここで「実は俺が倒しました」と言えば、

 奴隷の執事が主人より強いという、立場的にヤバい状況になる。


 お嬢様は小さく頷いて、意を決したように受付へと向かった。

 俺は一歩下がり、お嬢様の後ろで控える。


 奴隷の執事として、これが正しい立ち位置だ。


「あの、魔石の換金をお願いしたいのですが……」


 お嬢様が受付嬢に声をかける。

 貴族らしい、落ち着いた口調だ。


 受付嬢は――名札によれば、リーナという――にこやかに応対した。


「はい、承ります。魔石を拝見しますね」


 お嬢様が袋から魔石を取り出す。

 青白く光る、拳大の結晶。


 その瞬間、リーナの表情が固まった。


「………………え?」


 彼女の目が、魔石と、お嬢様と、そして俺を交互に見る。

 周囲の冒険者たちも、その様子に気づいて視線を向けてきた。


「こ、これ……ライノスの魔石、ですよね……?」


「ええ。そうですが」


「どなたが、討伐されたんですか……?」


 リーナの声が、わずかに震えている。


 ライノスは中級ダンジョンの深部に生息する魔獣だ。

 新人が単独で倒せる相手ではない。


 お嬢様が、ビクビクしながら俺を振り返る。

 俺は無言で頷いた。


「わ、私……です……」


「……………………は?」


 リーナだけでなく、周囲の冒険者たちからもどよめきが起こった。


「え、マジで?」

「誰だよその子?」

「知らねえ……無名の冒険者だろ?」

「単独でライノスとか、ベテランでも無理だぞ?」

「パーティ組んでねえのかよ……」

「没落貴族が、一週間で中級ダンジョン攻略って……」


 ざわざわと広がる噂話。

 お嬢様の顔が、みるみる青ざめていく。


(……まずい。逃げ出しそうだ)


 俺は軽く咳払いをして、お嬢様の背中をそっと押した。


「お嬢様。ご謙遜なさらず、堂々となさってください」


「カ、カイト……」


「お嬢様の実力です。自信をお持ちになって」


 完全に嘘である。

 だが、ここで真実を言うわけにはいかない。


 リーナが何度か瞬きをしてから、急いで台帳をめくる。


「えっと……エリアナ・フォンブルク様、ですよね?」


「はい、さようでございます」


「……登録は先週。パーティ登録なし。単独行動……」


 リーナの声が震える。


「え……単独で……? パーティも組まずに、ライノスを……?」


 リーナが魔石を鑑定器にかける。

 機械が光り、数値が表示された。


「純度98%……間違いなく、ライノスの魔石です。これは……」


 彼女が顔を上げ、お嬢様をまっすぐに見る。


「驚きました。登録一週間で、しかも単独で中級ダンジョン攻略……

 将来有望というか、規格外ですわね」


「あ、ありがとうございます……」


 お嬢様は、完全に困惑している。


「換金額は、五十万ゴールドになります。よろしいでしょうか?」


「ご、五十万……!?」


 お嬢様が驚愕の声を上げる。


 五十万ゴールド。

 俺を買った時と同じ金額だ。


「はい。ライノスの魔石は希少ですので。学費一ヶ月分には十分かと」


 リーナが金貨を数え、袋に入れる。

 お嬢様は震える手でそれを受け取った。


「か、感謝いたしますわ……」


「また、よろしければ上位の依頼もご検討ください。

 エリアナ様なら、きっと達成できます」


 周囲の冒険者たちが、再びざわつく。


「マジかよ……」

「化け物だろ」

「新人で単独はヤバすぎる」


 お嬢様が、俺の袖を掴んで囁いた。


「カイト……わたくし、何も……」


「大丈夫です。お嬢様は素晴らしい」


(いや、全部俺だけど)


 心の中でツッコミを入れながら、俺は笑顔を保つ。


「と、ともかく! 失礼いたしますわ!」


 お嬢様が俺の腕を引っ張る。

 俺たちは急いでギルドを後にした。


 外に出て、ようやく一息。


「これで学費一ヶ月分は安心ね」


「ええ。お嬢様の功績です」


「そ、そうよね……? わたくし、頑張ったもの……」


 自己暗示が、静かに始まっていた。


(……これ、どこまで行くんだろうな)


 青空は、どこまでも澄んでいる。

 そして――お嬢様の勘違いも、どこまでも続きそうだった。

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