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13/30

小さな出会い

初日の授業が全て終わり、俺とお嬢様は学院の中庭にいた。

夕日が、白い校舎を赤く染めている。


「はあ……」


お嬢様が、大きく息を吐いた。


「疲れましたか、お嬢様」


「はい……緊張しっぱなしで……」


お嬢様は、少し疲れた様子で微笑む。


初日は、本当に色々なことがあった。

朝のホームルームでの注目。クラスメイトたちの好奇の視線。そして、あの赤髪の少女の厳しい言葉。


授業中も、周囲からの視線は絶えなかった。


魔法理論の授業では、教師が「実戦経験のある者」として、お嬢様を例に挙げた。

お嬢様は顔を真っ赤にして、何も答えられなかった。


魔法実技の授業でも同じだ。


「フォンブルク、やってみろ」


教師に指名され、お嬢様は震える手で杖を構えた。


結果は――案の定、魔法は不発だった。


周囲からは、失望の溜息が漏れた。


「……本当に、あのゴーレムを倒したのか?」

「嘘だったんじゃない?」


そんな囁きが、教室の隅で聞こえた。


お嬢様は、俯いて何も言えなかった。


(……辛かっただろうな)


俺は、中庭のベンチに座るお嬢様を見る。


「でも……」


お嬢様が、顔を上げる。


「なんとか、初日を終えられました」


その笑顔は、少し無理をしているように見えた。


「お嬢様」


「大丈夫です、カイト」


お嬢様が、首を横に振る。


「これから、頑張ります。ちゃんと魔法も練習して、皆さんに認めてもらえるように」


その目には、決意の光が宿っていた。


俺は、何も言えなかった。

ただ、微笑むことしかできなかった。


その時。


「あ、あの……」


小さな声が聞こえた。


俺とお嬢様は、同時に振り向く。


そこには、一人の少女が立っていた。


背は小さい。お嬢様よりも頭一つ分は低い。

長い前髪が顔を隠していて、表情がよく見えない。


制服は少し大きめで、袖が手を覆っている。


「……」


少女は、じっとお嬢様を見ている。

だが、何も言わない。


「あの……何か?」


お嬢様が、優しく声をかける。


「……っ」


少女が、ビクリと肩を震わせる。


そして、前髪の隙間から、おずおずとお嬢様を見上げた。


「あ、あの……えっと……」


声は、とても小さい。

まるで、消えてしまいそうなくらい。


「ゆっくりでいいですよ」


お嬢様が、ベンチから立ち上がり、少女に近づく。


「あの……その……」


少女が、何かを言おうとする。

だが、言葉が出てこない。


俯いて、袖で顔を隠してしまう。


「……っ」


「大丈夫ですか?」


お嬢様が、心配そうに少女を見る。


「も、もしかして……体調が悪いんですか?」


「ち、違……」


少女が、小さく首を横に振る。


そして、深呼吸を一つ。


「あ、あの……エリアナ・フォンブルク、さん……ですか……?」


ようやく、少女は言葉を絞り出した。


「はい、そうですけど……」


お嬢様が、頷く。


「あ……」


少女の目が、少し輝いた。


「あの……ちゅ、中級ダンジョンで……ライノスと……ゴーレムを……」


「あ、はい……一応……」


お嬢様が、少し戸惑いながら答える。


「すごい……」


少女が、小さく呟く。


「私……ずっと……お話ししたくて……」


「え?」


「でも……朝は……人が多くて……近づけなくて……」


少女が、俯く。


「それで……ずっと……タイミングを……」


なるほど。

朝のホームルームの後、お嬢様の周りは人だかりだった。


この少女は、その輪に入れなかったのだろう。


(……コミュニケーションが苦手なタイプか)


俺は、少女の様子を観察する。


視線は常に下を向いている。

声は小さく、言葉も途切れ途切れ。


人と話すのが、とても苦手なのだろう。


「そうだったんですね」


お嬢様が、優しく微笑む。


「私も、お友達が欲しいなって思ってたんです」


「……本当、ですか?」


少女が、顔を上げる。


前髪の隙間から、大きな瞳がこちらを見ている。


「はい! よかったら、お友達になってくれませんか?」


お嬢様が、手を差し出す。


「……っ」


少女が、その手を見つめる。


そして――


「……はい」


小さく頷いて、お嬢様の手を握った。


その手は、とても小さくて、冷たかった。


「私はエリアナ・フォンブルクです。改めて、よろしくお願いします」


「……リリア、です」


少女――リリアが、小さな声で名前を告げる。


「リリアさん、ですね。フルネームを教えてもらえますか?」


「あ……リリア・アルテミス……です……」


「リリア・アルテミスさん。素敵な名前ですね」


「あ、ありがとう……ございます……」


リリアが、少し顔を赤くする。


「リリアさんも、一年生ですか?」


「はい……A組、です……」


「え! 同じクラスだったんですね!」


「はい……でも……私、目立たないので……」


「そんなことないですよ」


お嬢様が、リリアの肩に手を置く。


「これから、たくさんお話ししましょうね」


「……はい」


リリアが、小さく微笑んだ。


その後、三人でしばらく中庭のベンチに座って話をした。

と言っても、話すのはほとんどお嬢様だ。


リリアは、時々小さく頷くだけ。

それでも、リリアは嬉しそうだった。


「リリアさんは、どうして魔法学院に?」


「……魔法が、好きで……」


「でも……人と、話すのが……苦手で……」


「そうなんですね」


「私も、魔法が好きなんです。でも、まだまだ下手で……」


「……そんなこと、ないと思います……」


「だって……中級ダンジョンを……」


「あ、あれは……その……」


「色々、助けてもらって……私一人の力じゃないんです……」


お嬢様が、俺の方をちらりと見る。


「……そうなんですか……」


「でも……やっぱり、すごいと思います……」


「ありがとうございます」


二人の間に、静かで穏やかな空気が流れる。


(……良かった)


俺は、二人の様子を見ながら思う。


リリアは、コミュニケーションが苦手だが、悪い子ではない。

むしろ、純粋で優しい子に見える。


(……この子となら、お嬢様も仲良くなれそうだな)


しばらくして、リリアが立ち上がった。


「あの……そろそろ……帰らないと……」


「そうですか。また明日、学院で」


「はい……また……明日……」


リリアは、小走りで去っていった。


「……良い子ですね」


「はい。お嬢様と気が合いそうですね」


「お友達になれたら嬉しいです」


その笑顔は、本物だった。


(……少しずつ、お嬢様の居場所ができていくといいな)


「カイト、帰りましょう」


「はい、お嬢様」


俺たちは、学院を後にした。


明日からも、色々なことが待っているだろう。

でも、お嬢様は一人じゃない。


俺がいる。

そして、リリアという友達もできた。


(……少しずつ、前に進んでいこう)


俺は、心の中でそう誓った。

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