借金で売られた俺、最強執事になる
「次、十五番! カイト、十五歳!」
奴隷市場の檻の中、俺は呼ばれた。
俺――カイトは転生者だ。この世界に赤ん坊として生まれ変わり、前世の記憶を持ったまま十五年を過ごした。
転生特典で剣術と魔法の才能も手に入れた。本気を出せば、この国の騎士団長クラスと渡り合える自信がある。
だが、運が悪かった。
家に多額の借金があり、俺は「商品」として売りに出されてしまったのだ。
「おい、こいつは使えるのか?」
「十五歳、健康体です! 力仕事も問題なし!」
奴隷商人が俺を売り込む。客たちが品定めするように俺を見る。
(まあ、誰も買わなきゃ脱走するだけだけどな)
この世界の奴隷制度は穴だらけだ。前世の知識で抜け道は分かっている。買い手がつかなければ、今夜にでも逃げ出す予定だ。
「……あの」
その時、小さな声が聞こえた。
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
金髪碧眼。可愛らしい顔立ちだが、服はツギハギだらけ。明らかに貧しい。
「その子を……買いたいんです」
エリアナ・フォンブルク。後で知ったが、没落貴族の令嬢らしい。
「お嬢ちゃん、こいつは五十万ゴールドだよ?」
「は、はい……用意しました……」
少女は震える手で、ボロボロの袋を差し出した。
五十万ゴールド。この国の一般家庭の年収くらいだ。
(え、マジで買うの? こんな貧乏そうなのに?)
契約が成立し、俺は少女――エリアナお嬢様のものになった。
屋敷に向かう道中、お嬢様はずっと俯いていた。
「あの、お嬢様? なぜ俺を?」
「……私、魔法学院に入学したいの」
お嬢様は小さな声で言った。
「でも、うちは貧乏で学費が払えない。ダンジョンでモンスターを倒してお金を稼がないといけないんだけど……私、魔法が全然使えなくて……」
ああ、なるほど。戦力として俺を買ったわけか。
「だから、一緒にダンジョンに行ってほしいの。お願い……」
お嬢様の目に涙が浮かんでいる。
「あの五十万ゴールドは……?」
「お母様の形見の指輪を売って……家の家具も売って……やっと用意したの……」
俺は絶句した。
形見を売ってまで、俺を買ったのか。
(……こいつ、本気じゃん)
その瞬間、俺の中で何かが変わった。
脱走? そんなこと、もうどうでもよくなった。
「分かりました、お嬢様。この命に代えてもお守りいたします」
俺は跪いて誓った。
形見まで売って俺を信じてくれたこの子を、絶対に守ろうと。
ただし、問題がひとつある。
この世界、ダンジョンには「入場制限」があるのだ。貴族の許可証がないと入れない。平民や奴隷は単独では入場できないシステムになっている。
貴族の権力を示すための制度らしい。
つまり、俺一人では絶対にダンジョンに入れない。お嬢様と一緒じゃないと稼げないのだ。
くそ、面倒くさい制度だ……。
【一週間後・ダンジョン】
「ふええ……本当にここ、入るんですかぁ……?」
お嬢様は入口で震えている。
「大丈夫です! お嬢様なら余裕ですよ!」
俺は明るく言う。本当はお嬢様、魔法がほとんど使えない。初級魔法でさえ失敗する。
でも、それでいい。俺がすべてやるから。
ダンジョンを進む。転生してから十五年、この世界のことは色々と学んできた。モンスターの生態も頭に入っている。
「お嬢様、あそこにゴブリンが三匹います! お嬢様の火魔法で一掃しましょう!」
「む、無理ですよぉ! 私、ファイアボール撃てません!」
「大丈夫! 俺が補助魔法をかけますから!」
そう言って、俺は【補助魔法・ブースト】を使う。実際は、俺が裏で魔法を撃つための準備だ。
「えい!」
お嬢様が杖を振る。
俺が隠れて火球を放つ。
ドカーン!
ゴブリンが三匹、一瞬で消し飛んだ。
「え……? 私……やったの……?」
「さすがお嬢様! 見事な魔法でした!」
こうして俺たちは順調に進み、魔石を集めていく。
そして――
「お嬢様! あそこに高額モンスターのライノスが!」
全長五メートルの巨大な獣。角だけで一メートルある。あれを倒せば学費一ヶ月分だ。
「ふええええ!? あんなの無理ですぅ!」
「大丈夫! お嬢様なら――」
その時、ライノスが気づいた。突進してくる。
「きゃああああ!」
俺は咄嗟にお嬢様を庇う。ライノスの角を剣で受け止めるが、わざと吹き飛ばされる。
「カイト!!」
「お嬢様……早く……逃げて……」
「で、でも!」
「お嬢様に何かあっては……形見を売ってまで買い取ってくださった恩を……返せません……どうか……」
涙を流しながら、お嬢様は逃げた。
足音が消える。
「……よし」
俺は立ち上がり、【変装魔法・シャドウクローク】を発動。執事服が漆黒のローブに変わる。
「転生してから必死で勉強したからな」
ライノスの弱点は左目の奥。そこに魔石がある。一撃で砕けば即死だ。
剣を抜く。魔力を集中させる。
ライノスが突進してくる。
俺は軽く跳躍し、ライノスの頭上を飛び越える。
空中で体を捻り、剣を振り下ろす。
左目に剣が突き刺さる。魔石が砕ける音。
ライノスの巨体が地面に倒れる。
ドォォォンッ!!
轟音がダンジョン中に響く。
「……やべ、音デカすぎた」
急いで魔法を解除し、壁際に倒れ込む。
「カイト! カイト!!」
お嬢様が戻ってきた。体を揺さぶられる。
「……お、お嬢様……?」
目を開けると、そこには涙で顔をぐしゃぐしゃにしたお嬢様。
「良かった……意識が……! でも、ライノスは……?」
お嬢様が周りを見て、絶句する。
倒れているライノス。
「え……? え……?」
「お、お嬢様……まさか……あのライノスを……!?」
驚いた顔を作る。ここが重要だ。
「ふええええ!? わ、私、何もしてませんよぉ!」
「いえ! この見事な一撃! お嬢様の隠れた才能が開花したのです!」
「そ、そんな……」
「き、気のせいですよ! さあ、帰りましょう!」
俺は慌てて魔石を回収し、お嬢様を連れて帰る。
その夜。
エリアナは自室で一人、考えていた。
「本当に……私が倒したの……?」
どう考えてもおかしい。自分には魔法の才能がない。それは自分が一番よく分かっている。
「でも……カイトは私が倒したって……」
混乱したまま、エリアナは眠りについた。
同じ頃、執事部屋。
「完璧だな」
俺はライノスの魔石を眺める。これで学費一ヶ月分は確保だ。
「まだまだ足りないな。明日も頑張らないと」
「お嬢様、ごめんな。でも、これがお互いのためなんだ」
形見を売ってまで俺を買い取ってくれたお嬢様。
その恩を返すためにも、俺は影で戦い続ける。
お嬢様には絶対にバレてはいけない。
だって、奴隷の執事が主人より強いなんて、立場が複雑になるだけだから。
「さて、明日も頑張りますか」
俺は月明かりの中、静かに剣を磨き続けた。
転生者としての知識と、この世界で磨いた力を使って――お嬢様の夢を叶えるために。




