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 それから凡そ二年が経過する。ルキセクエスは現在己が屋敷の近くにある丘の上に立っていた。眼前には貴人の物にしては小振りな墓がある。彼が造らせたクシャトカトラの墓である。

「よう、クシャトカトラ。元気……ってのも変か。安らかに眠れているか?」

 当然、返事はない。相手は冷たい土の中にいる。魂もここにはあるまい。食人鬼達が信じる死後の楽園へ行った筈なのだから。

「済まないな。お前の城、守れなかった。色々と責任を取らされて家ごと取り潰されるんだってさ。酷いよな。フブフゲルグ様も陛下も、庇っては下さらなかった。漸くアダルバスズの気持ちが分かったよ。ちょっと可哀想なことをしてしまったかな」

 獣相手の戦いは失敗する要素がなかった。実際、食人鬼側が勝利を収めている。よってあの戦闘で命を落とし、剰え重要な兵器を失わせたクシャトカトラは、イナサプテ計画で恨みを買っていたのも相俟って、死後に非難と嘲笑を受ける立場となった。更には死人に口なしと言わんばかりに、有りもしない罪を捏造する者も出る。結果、長く続いた名家は失墜した。クシャトカトラには血縁者もいたが、無関係な彼等も運命を共にする羽目に陥った。故に、親族はクシャトカトラを酷く恨み、彼が先祖代々の墓に入ることを許さなかった。亡骸が棄損される可能性を考えたルキセクエスが、先んじて彼を引き取っていたので、最悪の事態は避けられたが。

 不意にルキセクエスの目が潤む。彼は手の甲で瞼を擦った。

「済まない。何を言ったらいいのか分からないよ。話は沢山あった筈なのに」

 涙は止め処なく湧いて来る。ルキセクエスは諦めて手を下ろし、墓を見た。顔には笑みが浮かんでいる。胸はきりきりと痛むのに、精一杯の笑顔を作っている。

「なあ、クシャトカトラ。お前、やっぱりあのササラって二足獣が好きだったのか? その、恋愛感情的な意味で。もしかしたら、愛玩動物を家族と思うのと同じ感覚なのかもしれないとも考えたんだが……。お前、流石にそれはなしだぞ」

 笑顔は維持しつつも眉間に僅かばかり皺が寄る。拒否感が強い。

 二人の死後、ルキセクエスはササラに関してはっきりと自覚したことがある。彼がササラを好きになれなかった理由だ。原因はイナサプテ計画やクシャトカトラの異常な執心ではなく、性格の不一致であった。身の程を弁えない思考と言動、そしてそこはかとなく独善的な所に危うさと嫌悪感を覚えたから。もし仮に彼女が浄種であったとしても、ルキセクエスはクシャトカトラに対して付き合いを見直すよう促しただろう。

 そういった相手が、大切にされた恩も忘れてクシャトカトラを殺めたのだから、ルキセクエスは最早ササラに向けて憎悪しか抱かなかった。勿論、クシャトカトラの墓にはササラの亡骸を髪の毛の一筋たりとも入れてはいない。クシャトカトラは彼女と共にありたいと望むかもしれないが、それだけは認められなかった。そもそも、ササラは死んだ場所に置き捨てて来ている。きっと敵の一味として処分されたに違いない。

 ルキセクエスは亡き友人への呼び掛けを続ける。

「正直さ、俺は未だに肉が大好物でお前の思想は全く出来ないんだけど、でもこのままあの計画が綺麗さっぱり消え去って全てが元通りってなると、お前が生きていた事実までなくなってしまう気がして。お前の生まれてきた意味って何だったのかなって……」

 次の言葉を吐く前に、ルキセクエスは一瞬躊躇した。けれども、意を決して彼は告げるう。

「だからさ、飽くまで負担にならない程度なんだけど、俺がお前の計画を引き継ごうかと思ってるんだ。ああ、今は本当に無理だぞ。何か皆、あの計画に対して拒否感情が強くなってしまってるみたいで……。でも、多分何年かしたら落ち着くんじゃないかなあ」

 何時しか涙は止み、頬も乾き切っていた。

「そう、今日この報告だけは絶対にしようと思って来たんだ。他にも話はあった気がするんだけど……済まん、忘れてしまった。次来るまでに思い出しておくから、勘弁してくれ。じゃあ、もう帰るな。楽園を抜け出して、あの娘の所へなんて行くんじゃないぞ」

 来た時よりも少しばかり晴れやかな気分で、ルキセクエスは踵を返す。すると、穏やかで温かい風が彼を撫でた。彼は立ち止まり、振り返る。そこで、物言えぬクシャトカトラが返事代わりに心地良い風を送って来たのではないかと妄想し、ルキセクエスはつい口元を緩めた。

 程なく、彼はまた歩き出した。足を止めることはもうなかった。

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