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 光が消えた後の景色は凄惨だった。まず、その場にいた食人鬼の兵士の半数と全ての二足獣が完全に焼き消えた。他は殆どが肉体の一部を残している死者だ。彼等は絶え間なく血を吹き出し、地面に赤い水溜まりを形成している。生存者もいなくはなかったが、誰も戦える状態ではなかった。兵器類も軒並み損傷していた。形象機器は煙を上げ、時折火花を散らしている。そうした中、クシャトカトラは痛む身体に鞭打って起き上がろうとしてた。

「くっ……」

 動ける者は彼だけだ。攻撃を察知すると自動で発動する仕組みになっていた防御魔法が、辛うじて間に合ったのだ。同じ魔法を用意していた者は他にもいるが、全員意識を失うか負傷し地面に突っ伏しているので、クシャトカトラが即座に起き上がれる程に軽傷だったのは奇跡と言うより他はない。尤も、彼もまた受けた衝撃の全てを防ぎ切ることは出来ず、結局は吹き飛ばされてしまったが。

 クシャトカトラは惨状を目の当たりにして歯軋りする。次に、彼の部隊を壊滅させた元凶へ視線を向けた。高出力光撃兵装である。頑丈な造りに見えたこの形象機器も、例に漏れず壊れてしまっていた。四門の砲身は接続部が失われてばらばらに転がり、本体も部品が砕け散って煙と火花を吐いている。縛り付けられていたイツキの姿が何処にも見当たらないが、恐らくは焼失したのだろう。最早、どう見積もっても使い物になる状態ではなかった。

(容易く爆発する様な仕様ではないと聞いていたが……。不具合か? ならば、事前に誰かが気付く筈。否、実際に気が付かなかったからこそこうなったのか。そうでなければ、此方に接収されるのを見越して、我々の目を誤魔化す仕掛けが施されていたか。或いは、形象機器ではなく獣の方に)

 イツキについては一応身体検査をさせた上で戦場へ投入したのだが、見落としがあったのかもしれない。クシャトカトラの顔付きが一層険しいものへと変わった。

「アダルバスズめ、これも手札の一つか。重ね重ね悪知恵を働かせて」

 ともあれ、状況は大体把握した。次の手を考えなければならない。全体を見れば、戦闘はまだ続いているのだ。

(我が隊に継戦能力はない。死傷者は多数、生存者も当分は動けまい。主力の形象機器も使えず……。接近していた敵兵が全滅したのは唯一の救いだな。今の内に本隊と連絡を取って――)

 腕を地面に突いて上半身を少し浮かせた状態で、クシャトカトラは緊急連絡用の形象機器を取り出そうと懐に手を差し入れる。にも拘らず、そこでクシャトカトラの動きが止まった。視界の隅で不審なものを捉えた為だ。彼は徐に頭を動かし、相手の正体を確認する。場所は彼の部隊に最も近い岩山。その絶壁に空いた穴から獲物を見付けた蟻の如くわらわらと二足獣が湧き出していた。

「駄目だな。今から応援を呼んでも、恐らく間に合わない」

 クシャトカトラは何も握られていない手を懐から出した。そして両手を地面に突き、ゆっくりと立ち上がる。

(失態だ。これではまた何も守れない)

 二足獣達は歓喜の表情を浮かべて此方に向かってくる。自分達の勝利を確信しているのだろう。彼等が頼みの綱としていた新兵器は既に修復不可能なまでに壊れ果て、尚且つ食人鬼側はまだ多くの戦力を残しているというのに。

「e5qJGcGfGfG+e?atqtq」

「675vsa7aZG7Gsvc5vZqJG3aJve5vZvJvcDt5qZGeGfaZvJqfG」

「6e?afafv」

 理解不能で不快な音色が耳に侵入する。クシャトカトラは眉を寄せ、再び懐に手を差し込んだ。しかし、掴んだのは先程取り出すつもりであった物とは別の形象機器だ。

「心卑しい害獣共、罪なき同胞をも苦しめる暴虐の化身が。良いだろう。私が始末を付けてやる。知能と自我を持って生まれて来たことを後悔するが良い」

 そう言いながら、クシャトカトラは首輪の姿をした形象機器を装着し、魔法を発動させた。



   ◇◇◇



 それから暫く経って、ササラが現場に到着する。悲惨な光景、加えて良く知る人物の信じ難い行動に彼女は衝撃を受け、口を両手で覆った。

「御主人、様?」

 掠れた声が漏れた所で、後方よりルキセクエスの荒い息遣いが近付いてきた。

「おまえ、いがい……と、あし、はや……」

 食人鬼の身体能力は二足獣よりも優れている。特にルキセクエスは元軍人で同胞の中でも体力はある方なのだが、何故かササラに追い付けなかった。クシャトカトラへ向けた強い感情が彼女の足を速めたこと、ルキセクエスが簡素ながら鎧を身に着けていたこと、退役後の運動不足等々、幾つかの要因が重なっているのだろう。彼は己を恥じ、膝に手を突いた姿勢で無理矢理息を整えた。

 ある程度体力が戻ると、ルキセクエスは顔を上げ、改めて周囲の様子を窺う。彼等を囲っているのは死体の山だ。生存者も混ざっているのかもしれないが、殆どの者が倒れていて区別が付かない。身を起こしているのは唯一人――クシャトカトラだけである。自身の負傷に起因するものか、将又他者の血を浴びたのか、彼は全身を真っ赤に染めていた。そして汚れた地面に座り込み、一心不乱に死肉を貪っていた。歪なまでに肉食を嫌っていたあのクシャトカトラが、だ。彼はとても正常な状態には見えなかった。

「あいつ……」

 呻く様に呟いたルキセクエスは、ふとクシャトカトラの首元を注視する。そこには見慣れない装飾品が巻かれていた。ルキセクエスが過去に何処かで見た品だ。大方形象機器であろうと推測し、ルキセクエスは己が記憶を辿る。やがてその首輪の正体を思い出し、彼は歯軋りした。

 軍人時代、ルキセクエスが同僚と共に犯罪組織の関係施設へ立ち入った時のことだ。獣肉内の命素を摂取後即座に神秘力へと変換する形象機器が大量に発見された。悪人達は術者の力量を上回る高度な魔法を扱う際や、肉体の限界を超えた頻度で魔法を行使したい場合に、この形象機器を利用していたらしい。所有者と用途に目を瞑れば一見画期的な品であるが、使用者の心身を害する危険性が高く、後に製造と使用を禁じる項目が法に追加された。

 クシャトカトラの首輪は、あの時ルキセクエスが確認した形象機器に形状が酷似している。為政者側でありながら、クシャトカトラは非合法な手段を用いて違法な品を入手し、窮地に追い込まれて実際に使ってしまったのだ。ならば、彼が正気を失っている原因は明白だ。

「不味いな。早く外させないと」

 だが、ルキセクエスが一歩踏み出す前にササラが駆け出した。

「御主人様!」

 ササラはクシャトカトラに向かって行く。ルキセクエスは慌てた。慌て過ぎて足が動かなかった。

「おい馬鹿、止めろ。今のクシャトカトラは何時もとは違うんだ。死ぬぞ!」

 気に入らない相手ではあるものの、後程復調したクシャトカトラに責められては堪らない。ルキセクエスはササラを止めようと声を張り上げる。けれども、飼い主に手懐けられた愚かな家畜は従わなかった。

 程なく、ササラはクシャトカトラの側まで来た。彼女は愛しい主人にしがみ付く。すると、クシャトカトラは呻き声を漏らし、獲物の肉塊を掴んだ手を少しだけ口から離した。

 ササラはここぞとばかりにクシャトカトラに呼び掛けた。

「御主人様、御主人様!」

「……さ、さら……?」

 虚ろだった目に意志が宿る。ササラは涙を流して頷き、クシャトカトラの腕に額を付けた。クシャトカトラの身体から徐々に力が抜けていく。やがて彼は完全に正気を取り戻し、短く大きな悲鳴を上げて肉塊を投げ捨てた。ササラは安堵の息を漏らす。然る後に、ササラは彼から離れた。

 クシャトカトラは動揺と絶望が混ざった顔をササラへと向ける。

「ササラ、私、は」

 だらしなく汚れた頬に涙が伝う。ササラも泣いていた。

「ああ、御主人様。何て酷い。お可哀想に。こんなに怪我をされて、血も沢山……」

「駄目だ。止めろ。私から、もっと、離れ、ろ」

 ところが、普段は従順なこの家畜が今に限っては命令を聞かなかった。しかも、こう願い出たのである。

「御主人様、私を召し上がって下さい」

「……は?」

 口を軽く開けたまま、クシャトカトラは固まる。直ぐには相手の発言の意図が理解出来ない。ササラは彼の胸中を察し、より詳しく自分の考えを告げた。

「どうか私を御主人様の糧に。今こそご恩を返させて下さい」

「一体何を言っているんだ、お前は?」

「今のご自分の状態を分かっていらっしゃらないのですか? 全身ぼろぼろで、意識も朦朧としておられて、何時事切れてもおかしくない位。私は耐えられないのです。だから――」

 ササラは地面に転がっていた剣を拾い上げ、刃を自分の首に当てた。これにはクシャトカトラのみならず、離れた場所で様子を窺っていたルキセクエスも慌てる。

「止めろ。何をしているんだ!」

 必死に叫ぶクシャトカトラに向かって、ササラは穏やかに微笑み掛けた。

「御主人様はお優しい方。きっと、私を殺すのを躊躇われるでしょう。だから、私が――」

「止めろと言っているんだ! 私はその様なことは望んでいない。私には何の問題もない。お前の肉なんて必要ない!」

「でも、先程まで二足獣を召し上がっておられたではありませんか」

「え?」

 クシャトカトラは怯む。ササラの口元から笑みが消え、眼は真っ直ぐにクシャトカトラを捉えた。心に余裕がないのは彼女も同じだ。かと言って、泣き言を吐いて逃げ出す訳にはいかない。それは許されてはならない。彼女の熱意は気迫に表れ、他者を圧倒し黙らせた。

「あれほど肉食を嫌っておいでだった御主人様が、自我すらなくして肉をお口へ運んでしまわれる位に、お身体は二足獣を求めていらっしゃるのではありませんか? そこまで御主人様は疲弊してしまわれたのでは?」

「そんな、ことは……」

 血塗れの食人鬼は己が所業を思い出して青褪めた。頭を抱え、自分の身体を見下ろす。醜い、と感じた。恥ずかしい、と思った。こんな姿を誰にも見られたくなかった。何時の間にか止まっていた涙が再び溢れ出した。クシャトカトラは癇癪を起した幼子の如く喚く。

「違う、違う! 私を見ないでくれ。ササラ、どうか……」

 首を横に振り頭を掻き毟ってクシャトカトラが下を向くと、ササラは抑揚のない声で「御主人様」と前置きして再び相手を黙らせる。

「私は幸せです。御主人様を窮地よりお救い出来るのですから。家畜の私は御主人様に食べられる為に生まれ、生き続けてきました。だから、御主人様のお役に立てて死ねるのがとても嬉しい……」

 ササラは瞼を下ろし、剣の柄を強く握り締めた。けれども、彼女の目論見はクシャトカトラによって崩される。彼はササラに詰め寄り、相手の手首を掴んで剣を首元から引き離した。次にその剣を奪い取ると、遠くの地面へ向かって投げ捨てた。ササラは初め驚いた顔をするも、やがて悲しみ俯いた。それを見て、クシャトカトラは衝撃を受ける。

「理解出来ない。どうして、そんなことを言うんだ?」

 模範的な家畜であるササラは、稀に思い込みで奇行に走るものの、基本的には主人の命令に忠実だった。否、逆らえる筈がないのだ。彼女はそう動くよう、記憶操作による洗脳を受けているのだから。

 そこまで思い至って、漸くクシャトカトラは気付いた。

「ああ、そうか。魔法の所為か。何故、今迄忘れていたのか……」

「御主人様?」

 身命を賭してクシャトカトラに尽くせと魔法で縛り付けたから、ササラは彼を守らんと自害を図ったのだ。ならば原因たる魔法を取り払えば、彼女は自己保身を思い出す筈だ。しかし、この措置は彼女がクシャトカトラから離れていく危険性も孕んでいた。

 確かにクシャトカトラは彼女を救いたいと思っている。罪悪感も抱いている。だが、喪失への恐怖が彼の決断を遅らせた。そうなるだけの時間を彼女と過ごして来た。ササラは今ではクシャトカトラの心の支柱だ。彼女なしでは生きられない。けれども――。

 感極まってクシャトカトラはササラを抱き締めた。強い強い抱擁だ。ササラが痛みを覚えて身じろぐも、彼は腕を緩めない。これが離別の挨拶となるかもしれないのだ。早々には止められなかった。

 長い様で短い時間が過ぎて、クシャトカトラはササラを解放する。そうして彼女の顔を見詰め、告げた。

「済まない、ササラ。私はお前にとても酷な行いをした。お前を騙して……。だが、もう終わりにする。本当の自分を取り戻せば、きっとお前は私を憎むだろう。けれど、私は今のお前を直視出来ないんだ」

 これまでクシャトカトラがササラに掛けた魔法を解除しようと思わなかったのは、彼の内側に潜む卑怯な心が無意識の内に邪魔をしていた為だろう。クシャトカトラは今になってそれを自覚した。彼は覚悟を決める。

「幸せな時間を有難う。どの様な結果になろうとも、私はお前を大切に思っているよ」

 そう言って、クシャトカトラは左手の中指に嵌めていた指輪を引き抜いた。彼が何時も身に付けている品だ。戦場には不釣り合いだが、身に着けているのには理由があった。その指輪が他者の精神を操作する魔法を出力する形象機器であるからだ。ササラの記憶を奪い、代わりに家畜としての行動規範や食人鬼の言語知識を植え付けたのも、イツキの自我を消して操っていたのも、全てこの形象機器の仕業だった。

 ササラは指輪の正体を知らされておらず、クシャトカトラの思惑も正確には把握していない。しかし、彼と自分に何か良くないことが起ころうとしているのは直感的に分かって、瞠目した後にクシャトカトラを止めようと口を開いた。

「御主人さ――」

 ササラの声は半ばで止まる。頭の中が真っ白な光で満たされていく。そして白い世界の片隅で、軽量な金属製品が別の硬質な物体とぶつかり跳ねる音が響いた。

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