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大図書館に城兵を呼び付けて事後処理を任せると、クシャトカトラはルキセクエスとササラを引き連れ、城下へと下り立った。目指す先は城や町を破壊して回っている兵器の許だ。道中で彼は前方を睨んだまま、ルキセクエスにこの様な頼み事をした。
「ルキセクエス、少しの間だけササラを預かってくれ」
「預けている間に死んでいるかもしれないぞ」
揶揄だ。クシャトカトラは凄みを利かせた声を放つ。
「手を出したら殺す」
するとまず短い沈黙があり、続いてルキセクエスの溜息が響いた。彼の足音が止まる。
「分かったよ。そう怒るなって」
その言葉を聞いてクシャトカトラも立ち止まり、振り返ってササラの状態を確認する。彼女も空気を読んで既に足を止めており、落ち着かない様子でクシャトカトラへ視線を返して来る。それを神妙な面持ちで見詰めた後、クシャトカトラはまた正面を向いて地面を強く蹴った。魔法の効果によって彼の身体は宙へと舞い上がる。ササラとルキセクエスは共に空を向き、無言のまま彼を見送った。
◇◇◇
サクサスバ書庫城を襲撃した抵抗組織の構成員は、大まかに二つの部隊に分かれている。一つは大図書館を目指す本隊、もう一つは住民の目を引き付ける陽動部隊だ。後者は破壊行為によって本隊の通り道を作る役割も担っている。そして、高出力光撃兵装は後者に配備されていた。言うまでもなく中心戦力はこの新兵器なのだが、実は攻撃の度に放熱する必要があるのと、動力の充填にやや時間が掛かるという弱点がある。要は連射が出来ないのだ。故に、他の者は度々無防備になってしまう主力武器を守る仕事を熟していた。
「イツキ、前へ出過ぎだ!」
少し離れた場所にいるディランが叱責する。イツキは荒い息を吐きながら弁明した。
「すみません。この形象機器、なかなか思った通りに動いてくれなくて」
イツキは基本的に上官の指示には素直に従う。故郷の世界では戦闘に参加したことが一切なく、また此方に来て幾つかの失敗を経験し、己の至らなさを痛感しているからだ。その彼女が珍しく言い訳をしている。ならば、本当に対処が難しい問題なのだろう。ディランは意識的に高揚を抑制し、物々しい姿をした兵器を眺めた。
「まあ、これだけの図体だからな。動きが鈍いのも無理はないのかもしれない。後でメルーゼルに苦情を入れておこう。取り敢えず砲撃に割り振っている力を抑えて、移動の方へ回してみてくれ」
「分かりました」
そこで同じ部隊にいた誰かが声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。威力を下げたら、反撃する余力を敵に残してしまうんじゃないか?」
似た様な意見は他からも出た。発言しなかった者達も、殆どが不安気な顔をしている。イツキの友人であるマサルも同様だった。しかしながら、彼は勇気を振り絞ってこう言った。
「おいおい、あんたが握っている武器は何の為にあるんだよ。あんたは何しにここへ来たんだ。戦う為だろうが。戦う為に組織に入ったんだろうが。なのに、他人の背中に隠れるばかりで恥ずかしくないのか? それに、手柄を間宮に独り占めされたんじゃ、自分の命を危険に晒した甲斐がないとは思わないか? なあ、隊長!」
ディランは初め呆けていたが、ややあって破顔しマサルの背中を叩く。小気味良い音と共に「いてっ!」という声が響いた。
「言うようになったじゃないか、マサル。まあ、そういうことだ。作戦内容の再確認は必要ないな? 各々持ち場に着き、敵の撃退に当たってくれ」
マサルとイツキ以外の全員が表情を引き締め、一斉に返事をした。皆が忙しなく動き出す中、マサルは口を半開きにして立ち尽くす。だが、少しして自分の意見が受け入れられたと理解し、喜色満面となって「はい!」と返した。単純な若者だ。ディランは苦笑するも、奮起する彼に水を差す様なことはしなかった。
ふと、ディランはイツキへと視線を移す。間を置かず、彼は渋面となった。
「具合が悪そうだな。大丈夫か?」
熱を帯びていた先程とは打って変わって、イツキの肌は土気色になっている。息は荒いままで全身から滝の様な汗が噴き出している。ヴィエシラ新牧場襲撃戦でも過度に疲労している印象があったが、今はその比ではない。ディランと共にいたマサルも異変に気付いて振り返った。
「俺、残ります。間宮が持ち直すまで手伝わせて下さい」
マサルはディランを一瞥してそう告げると、イツキに向かって駆け出す。そこで、辛うじて聞き取れる位のか細い声が耳に届いた。
「待って。離れて」
「え?」
「形象機器、が……言うことを聞かない!」
イツキが言い終わる前に、高出力光撃兵装の砲塔が駆動音を轟かせ、大きく向きを変えた。直後、砲門から放たれた光にマサルの上半身が呑み込まれる。
「マサル!」
ディランが叫ぶ。マサルの下半身が血を噴き倒れたのは、それとほぼ同時だった。付近に残っていた全員が、イツキを見る。
「イツキ、何を!」
構成員の一人が悲鳴に近い叱責をイツキにぶつける。けれども、彼女は操縦桿を凝視したまま言葉にならない声を吐き続けるばかりだ。片や高出力光撃兵装は使い手の内心を体現するかの如く、彼女を取り込んだまま四方八方に向きを変える。否、彼の兵器がこうした動きを見せているからこそ、彼女は動揺しているのだろう。
「隊長、これは一体どういうことなんですか!」
構成員達は責任者たるディランに詰め寄る。しかし、ディランとて確実な答えは持たない。憶測を述べるしかない。
「分からん。兵装が故障したのかもしれん」
「『故障』?」
隊員達の士気が一気に落ちて行く。ディランは歯軋りをした。
(メルーゼルの奴め、とんだ欠陥品じゃないか!)
帰還したら真っ先に元凶を殴りに行こうとディランは決心するが、差し当って周囲にある物を好き勝手に殴打する巨大棍棒をどうにかしなければならない。
「取り敢えず、イツキを降ろした方が良いのでは? このままだと、命素が枯渇する可能性もありますよ」
「ああ、そうだな」
ディランは頷き、イツキに向かって大声で呼び掛けた。
「イツキ、拘束具を外せ! 君が形象機器から離れて命素の供給が途絶えれば、そいつは停止する筈だ!」
拘束具を外した瞬間、イツキが暴れる大型兵器に殴り付けられて負傷する可能性は否めないが、最悪の事態は免れ得る。ところが、返って来たのは僅かな希望すら打ち砕かんとする言葉であった。
「今、やってます! でも――」
拘束具、操縦桿、操作盤――全てが強力な接着剤で固定されているかの様にびくとも動かない。イツキの目から涙が零れた。
(どうして外れないの!)
イツキを囲う金属の壁面が、再び振動を開始する。砲身が次射を打ちたがっている。本来ならば、もっと時間を要する筈なのに。
「駄目、駄目、駄目っ。皆、私から離れて!」
砲撃は絶叫と重なって発せられた。イツキの懸命の呼び掛けは、直後に命を落とす者には意味を成さなかった。
味方も敵も叫びながら逃げた。
「何で味方の兵器で味方が死んでるんだ!」
「ああ、止めてくれ、止めてくれ! 頼むから!」
「何やってんだよ、イツキ!」
「こんな馬鹿な話があってたまるか! こんな、こんなことで……」
次射は更に早かった。この攻撃でディランと食人鬼の兵士数名が死亡し、現場は混乱を極めた。
◇◇◇
イツキからは若干距離のある低空にて、クシャトカトラは一部始終を蔑みの目で観察していた。
「形象機器の暴走――。偶然の事故か仕組まれていたのかは知らないが、十分な知識もないのに身の程に合わぬ道具を使うから斯様な憂き目に遭うのだ」
クシャトカトラの独り言は足下にいる兵士達にも伝わった。彼等は驚いて上を向く。
「クシャトカトラ様、どうして此方に?」
「ここは危のう御座います。どうか避難なさって下さい!」
賓客に何かあっては堪らない。彼が怪我の一つでも負えば、縦え無事にこの局面を乗り越えられたとしても、後日誰かが責を問われることになる。だが、クシャトカトラは兵士の要請を聞き届けなかった。
「問題ない。私を見縊るな」
クシャトカトラは自分の真下を一瞥すらしないまま、騒動の中心へと向かった。兵士達は彼の名を呼んで制止しようとしたが、やはり効果はなかった。
高出力光撃兵装は暴走を始めてから既に十回余り光を放出していたが、停止する気配は一向に見せなかった。短縮されたとは言え発射後の一時休止はまだ存在しているので、その時を狙って動力源であるイツキを襲うことも可能な筈なのだが、敵も味方も彼女に近付こうとはしない。休止時間の間隔が一定ではなく、何時攻撃が自分に向かって来るか分からない為だ。
けれども、上空より降り注いだ無数の火の玉によって状況は一変する。魔法の効果らしきそれらは何れもイツキには当たらなかったが、彼女が搭乗している兵器には僅かばかりの損傷を加えた。地面に倒れる砲身に引っ張られ、彼女は「ぐっ」と呻き声を漏らす。
周囲が炎に包まれた所で、イツキの頭上から男の声が響いた。
「たれはびられかろテなろたれかさテかびロまびされやさはろわろまほラ」
食人鬼の言葉だ。イツキが上を向くと、動き難そうな意匠の高級衣服と華美な装飾品で着飾った端正な面立ちの青年が浮いていた。一目で高貴な身分の者と分かる風貌だ。そして、恐らくは魔法を得意とする食人鬼である。先程の火の玉は、彼が持っている指揮棒の形をした形象機器が生み出したものに違いない。
「敵? このままでは――」
「なろさろらさやさはさささたれはろらほやさなほラ」
若い食人鬼が何かを叫ぶも、通訳機を装着していないイツキには言葉の意味が理解出来ない。だが、どうせ碌な内容ではあるまいと当たりを付けて彼女は苛立つ。それに触発されたのか、彼女の武器が再び駆動音を鳴らし始めた。加えて被弾の影響か、操縦桿が少しだけ動くようになっていた。
イツキは操縦桿を両手で握り、有らん限りの力を込めて動かす。
「何とか砲身をあっちへ」
幸いにも彼女の願いは通じ、がしゃんと一度大きな音を鳴らした後に、重い砲身は件の食人鬼の方へと向いてくれた。
「行けた。当たってえええっ!」
イツキが叫び終わると同時に、四門の筒が眩い光を放つ。しかし、敵はその攻撃を蝶が舞う様にひらりと交わした。目論見が外れたイツキは息を呑んだ。
「まびなろまほヲまれらびたほなれさびヲまさヲなれされたれヲやろたれまろあれまろなれらさシャわれささわほさびヲなびやれロまれはびたほさろたほはびさびなろられあさわろなれさほなれらさなれかびなろささヲ」
食人鬼は呆れ顔をイツキに向ける。言葉は知らずとも、何となく相手が自分を嘲っているのは彼女にも理解出来た。
砲塔が唸る。大人しくしていた時間は今迄で一番短い。だが、イツキは気を止める余裕を持たない。彼女は飛翔する食人鬼を一心に睨む。そして、次射。やはり、相手は顔色一つ変えず攻撃から逃れた。
それから、似た立ち回りを何度も繰り返した。回を重ねる毎に休止時間は短くなり、連射に近い状態になっていく。にも拘らず、イツキ側の攻撃は一つも目標に当たらなかった。
「彼方此方に動き回る所為で照準が合わせ辛い。止まれ! 逃げるな!」
イツキは声を荒らげる。思わしくない戦況と体力の激しい消耗が原因で、判断力を失ってしまっている。今の彼女は目の前の敵を殺すことしか考えられない獣であった。
サクサスバ兵はクシャトカトラと未知の形象機器の応酬を遠巻きにぽかんと眺めていたが、やがて覚醒しクシャトカトラの方へ呼び掛けた。
「クシャトカトラ様!」
咎める様な声音で言うと、クシャトカトラが淡々と言葉を返す。
「他の者は退避せよ。後数回、魔法を打たせる。魔法の威力は徐々に落ちている。使い手の消耗と連動しているに違いあるまい。一般的な形象機器と同じ仕様だ。よって、相手が魔法を撃てなくなった頃合いを見計らい、此方も仕掛ける」
「しかし、それでは城が――」
焦燥を滲ませつつ、発言を行った兵士は城を見た。堅牢ながらも美しかった建物が、今やその一部を失い煙を上げている。上手く誘導しているのか、クシャトカトラが交戦を開始してからの損傷はないが、この先も同様である保証はない。後で罰を受けたとしても彼を力尽くで止めるべきなのでは、と兵士達は思い始めていた。けれども、クシャトカトラはこう応じた。
「安心しろ。これ以上、壊させはしない」
下々を守るのは地位ある者の役目だ、眼前の猛獣を叩き潰すのも彼の仕事の一つなのだ、とクシャトカトラは自他に言い聞かせる。一方で、彼にはある深刻な変化が起こっていた。二足獣に対する認識の転換である。彼の内側は今、真っ黒に塗り潰されていた。
彼に、ササラに、身内に等しい主君に、人間社会に、大いなる災厄を齎す存在――「二足獣」。善良なササラと同じ種でありながら、同じ様には生きられない者達。短慮が原因で自滅する獣の何と醜く悍ましいことか。きっとササラは異端なのだろう。人と並び立てる獣は彼女だけだったのだ。
(ならば、イナサプテ計画は尊い彼女を生かす為に)
クシャトカトラは形象機器を構える。
「闇雲に暴れ回るしか能のない獣めが。私が形象機器の正しい使い方を教示してやろう」
攻撃の予兆を感じ取り、眼下の獣は僅かに目付きを変えた。
◇◇◇
同じ時分、ササラとルキセクエスは郊外にいた。断続的に響く破壊音を共に落ち着かない表情を浮かべて聞いている。だが、やがて風の音のみが残り、彼等は漸く危機が去ったことを知った。
ササラは事前に、あの新兵器こそが抵抗組織の主力であり他に持ち込まれているのは些細な戦闘用形象機器のみだとアダルバスズから聞かされていた。従って、戦力的に有利な食人鬼側の勝利を疑ってはいなかったものの、それが即ちクシャトカトラの無事を示すとは限らない。
「御主人様……」
ササラは呟きながら、ルキセクエスは無言で以ってクシャトカトラの身を案じた。後者は肉体だけでなく、心の状態についても。彼は本能的に不穏な未来を予感を覚えていた。




