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 こうした過程を経て、メルーゼルは新兵器を完成させた。抵抗組織の施設内に運び込まれたその形象機器は、組織が所有する物の中では類を見ない大きさと物々しい意匠で、偶然立ち会ったイツキは思わず「わあ!」と感嘆の声を漏らす。そして、メルーゼルの姿を認めると駆け寄って尋ねた。

「大きいですね。これ、本当に形象機器なんですか?」

「おや、イツキ。来ていたのですね」

「偶々なんですけどね」

 答えを得る前にイツキは再び新兵器を見る。どうしても目が其方に惹き付けられてしまうのだ。この形象機器は彼女の願いを叶えてくれる。そう、確信させてくれる威容であった。

 メルーゼルの隣にいたディランは斯くの如きイツキの姿勢に感心し、頼もしいと言わんばかりに笑った。

「流石は組織随一の戦士、強い兵器の気配には敏感だな。お察しの通り、これはメルーゼルが開発した新型形象機器だ。今、搬入が終わったばかりでね。これから君を呼びに行かせようと思っていた所だよ」

「これだけ大きいと一人では動かせそうにないですね」

「ふっふっふっ、そう思うでしょう。でもこれ、一人用なんです。限界はありますが浮遊もしてくれますので、見掛けに依らず移動や方向転換にも手間が掛からないんですよ」

 眼鏡の位置を指で調整しながら答えたのはメルーゼルである。数多くの形象機器を生み出してきた彼にとってもこの新兵器は力作らしく、興奮を抑え切れないといった風に見受けられる。一方、ディランは驚きつつも比較的冷静で、敢えて冷や水を浴びせる言葉を吐いた。

「だが、代わりに膨大な量の命素を消費するんだそうな。『浮遊』と言ってもほんの少し浮くだけで、上空からの奇襲は不可能らしいし。まったく、経費を馬鹿みたいに使ってとんだ欠陥品を生み出してくれたものだよ」

「失礼な! 批判は実際に使ってみた後に言いなさい。驚きますよ。威力は今迄とは段違いですから」

「書類に記載されている情報が事実なら、確かに君の言う通りなのだろうがね。しかしメルーゼル、ちゃんと検証は行ったのか? 無理だよな。やったら、確実に食人鬼共に補足されるものな。つまり、ここに書かれている話は飽くまで理論上の話に過ぎないということだ。そんな物を現場に出せるか」

「ぐぬぬっ、浪漫を解さぬ無骨者め!」

 メルーゼルは肩を怒らせ、ディランを睨み付ける。普段の落ち着いた態度とは異なり、今日は幼い言動が前面に出ていた。その様子を目の当たりにして、彼は使命だけではなく趣味に生きる人でもあるのだと周囲は確信する。けれども、ディラン以外は誰も彼を咎めない。大半の者は新兵器の方が気になって仕方がなかった。それはイツキも同様だった。

「先生、此方の形象機器は前に私専用と言っていた物ですよね?」

「はい、そうです。折角ですから、今直ぐ試乗――否、試運転してみますか?」

 怪しい研究者がにんまりと笑う。悪巧みをしている顔だ。この場の責任者たるディランは慌てて割って入った。

「イツキ、止めておきなさい。何が起きるか分からない」

「いいえ、やります。これが戦況を大きく変える力となるかもしれないのでしょう?」

「しかしだね……」

 ディランは言葉を詰まらせた。イツキの発言にも一理あるが、強過ぎる責任感と敵愾心に圧されて少々前のめりになっている様にも見える。問題の新兵器に安全性の保証がないのも相俟って、彼は判断に迷った。だがここで一旦決定を保留にしても、新兵器の試験は上からの命令で必ず行われるだろうし、イツキやメルーゼルの性格上彼の目の届かない所でこっそり実行に移す可能性もある。要するに、彼の制止は無意味なのだ。よって、彼は最終的に渋々ながらもイツキの意見を受け入れる決断をした。

「やれやれ、困った子だよ。分かった。条件付きで認める。条件は私が危険と判断したら中断すること、それから試し撃ちはまだしないこと。良いかい?」

「了解しました」

 上官の許可を得たイツキは花が咲いた様な笑みを浮かべ、無骨な兵器の許まで駆けて行く。その後を追って書類の束を持ったメルーゼルも歩き出した。



 新兵器の試運転は搬入先の倉庫にて行われることとなった。通常ならば実験室に移動させた上での作業なのだが、この形象機器については部屋に入らない所か移動も一苦労だった為、例外的な措置が取られた。長くて難しい説明を聞いた後、イツキは新兵器に取り付けられていた固定用の拘束具を装着する。ここに来て、漸く周囲の者達は先程メルーゼルが新兵器の試運転を「試乗」と表現した理由を正確に理解した。操作者を包み込むような形状をした新兵器は、その大きさも相俟って、まるで座席を有した乗り物の様に見えたのだ。

 メルーゼルが講釈を垂れ流している間に、新兵器には整備士の手によって幾つもの配線が付けられた。線の反対側は離れた場所に置かれた別の形象機器へと繋がっている。其方に関する説明はなかったが、恐らく各種の計測や緊急時に外部操作を行う為の物だろうとイツキは推測した。やがて、メルーゼルはそれらの形象機器の前に立ち、短い時間無言で操作した後に声を張り上げた。

「此方の準備は完了しました。イツキ、説明の再確認は必要ありませんね?」

「はい」

「では、説明書に記載された操作手順の一から四までを行い、形象機器の制御画面右上に表示された目盛りが三へ進むまで、その状態を維持し続けて下さい。此方で異変を観測した場合には、中断の指示を出しますから、此方も説明書通りに形象機器を停止させて下さい。不可能な場合は外部操作で停止させます」

「はい」

「それでは、開始して下さい」

 機械音声の如く単調なメルーゼルの合図を聞くと同時に、イツキは起動釦を押して操縦桿を動かす。すると、彼女の体内から急速に活力が吸い出され、代わりに強い圧迫感に襲われた。今迄扱ってきた形象機器と似た感覚ではあるものの、不快さは他の比ではない。

(苦しい。でも――)

 部品の接合部より漏れる光、重低音、細かい振動を感じながらイツキは確信する。

「やれる!」

 この形象機器を使えば、過去より沢山の敵を倒せる。より多くの仲間を救い、情勢を変えることが出来る。そうイツキは確信する。痛みを帯びた興奮が彼女の内に湧いて来た。

 周囲の者も色めき立つ。ただ一人、ディランだけが腕を組み眉を寄せて黙り込んでいた。彼は視線を計測機へ移す。すると、メルーゼルがしたり顔で話し掛けてきた。

「どうです?」

 ディランは苦笑して肩を竦めた。

「これだけでは何ともな。実際に撃ってみないことには」

「頭が固いですね」

「当たり前だ。兎も角、初導入でこれを主軸とした作戦は組めん。大仕事の前に別の場所で試し撃ちをするか」

「本番で対策を取られるかもしれませんよ」

「それが困難な程度の威力はあるのだろう?」

 ディランが嘲笑に似た表情をすると、メルーゼルも眼鏡に触れながら「ふふ」と笑う。

「当然ですとも。食人鬼側でもこれに並ぶ形象機器は指で数える程しかない筈です。ただ、皆無ではありません。懸念材料はそこですね」

「ふむ、なら導入日程は決まりだ。初投入はサクサスバ侵攻五日前の新牧場予定地襲撃戦、目標は『主要設備の破壊』から変更して『敵勢力の殲滅』とする。後で上層部にも訂正分の書類を上げておこう」

 そうして、二人は再び新兵器の方へと向き直った。



   ◇◇◇



 同日、クシャトカトラはサクサスバ書庫城を訪れていた。到着早々、彼は城主フブフゲルグの許へ案内される。部屋へ入ると使用人達は退室を命じられ、後にはフブフゲルグとクシャトカトラの二人だけが残った。フブフゲルグは如何にも機嫌が悪いといった表情をしており、両者の間には常にはない緊張感が漂う。一先ず、クシャトカトラは恭しく膝を突いて挨拶を行った。

「お呼びと伺い、参上致しました」

「ああ」

 そう返事をした後、フブフゲルグはクシャトカトラに立ち上がるよう促す。続いて、彼は何故か目付きを一層険しいものへと変えた。

「涼しい顔でよくもまあ……」

 思いも寄らない対応に、クシャトカトラはつい「え?」という声を出してしまった。入室してからまだ時間は大して経っていない、相手の機嫌を損ねる行動を取れる訳がない、と彼は考えを巡らせる。しかし、続く言葉でその表情は一変した。

「クシャトカトラ、儂を謀ったな」

「一体、何のお話で御座いましょう?」

「惚けるな。其方の友人から全て聞いておるぞ。我が命に背き、件の家畜を逃がしたであろう。此方に偽りの報告まで寄越して」

「それは……」

 クシャトカトラは舌打ちしそうになった。フブフゲルグから視線を反らし、得意満面なルキセクエスの姿を心に描く。

(あいつ、フブフゲルグ様のことが苦手だと言っていたのに!)

 行動の理由は善意か悪意か。何にせよ、ルキセクエスは友を裏切り、窮地に追い遣ったのだ。クシャトカトラは怒りを覚えた。それを見て取って、フブフゲルグは「責任の所在を履き違えるな」と叱責した。尤もな意見だ。最初に信頼していた相手に裏切られたのは彼なのだから。

「言い訳は聞かぬ。其方はどうかしている。獣達に絆されたか? 感心出来ない。我等と同じ姿をしていて、僅かばかり我等の言葉を理解出来るのだとしても、あれらは所詮獣に過ぎぬ。命を動かしている仕組みから違うのだ。それは二足獣を研究している其方自身が、誰より良く知っていることであろう?」

「勿論です。だからと言って――」

 反射的にクシャトカトラが抗おうとするのをフブフゲルグは遮る。彼の口から出たのは、怒りよりも悲しみが強く表れた声だ。

「其方が例の計画について公言し始めた頃より、嫌な予感はしておったのだ。ああ、儂はカカラティアクの墓に何と報告すれば良いのか。挙句の果てに、其方はあの勇ましいルキセクエスにまで心労を掛けて……」

 唐突に亡父の名を持ち出されて、クシャトカトラは息を呑む。暫し会話が途切れ、やがてフブフゲルグが深い溜息を吐く。然る後に、政府高官にして派閥の長たる老人は支配下にある若者にこう告げた。

「謹慎だ。其方は当分己が城に籠って行動を慎むように。イナサプテ計画も中断。陛下には儂から上手く申し上げておく」

「どうか、お待ちを!」

「もう良い。下がれ! これ以上、儂に手間を掛けさせるな。其方のお陰で此方は長旅を強いられておるのだ。都で軽々と出来る話ではないからな。まったく、迷惑も甚だしい」

 何とか命令を撤回させようと食い下がるクシャトカトラから、フブフゲルグはもう顔も見たくないと言わんばかりに背を向ける。だが、愚かな若者は諦めなかった。

「では、功績で!」

 切迫した声が一際大きく室内に響いた。

「失態は功績で以って贖いたく存じます」

 直後に訪れたのは沈黙だ。ややあってフブフゲルグが振り返る。彼の表情はやはり好意的なものではなかった。抑えてはいるものの、苛立ちが漏れ出している。

「『功績』? 貴様、自分から要求を出来る立場だと――」

 ここでクシャトカトラはある言葉を放って、相手の叱声を断ち切る。話を聞き終えたフブフゲルグは瞠目し、次に再び眉を顰めた。



   ◇◇◇



 ある夜、抵抗組織が「ヴィエシラ新牧場襲撃戦」と呼称する計画が実行に移された。主目的はヴィエシラの地に建築中の二足獣用牧場を破壊することではなく、五日後に予定されている大規模作戦に伴う陽動である。指揮を担当するディランの提案通り、この作戦にはメルーゼルが開発し抵抗組織が「高出力光撃兵装」と名付けた新兵器が仮投入された。作戦は組織側の勝利に終わった。ところが、作戦に携わった構成員に笑顔はなかった。

「嘘だろ。信じられない」

「あ、ああ」

 呆然と立ち尽くす部下達をディランは責めない。彼もまた部下達と同じ心境であった為だ。

「メルーゼル、君は何て物を生み出したんだ」

 眼前に広がる火の海を眺めながら、ディランはそう呟いた。

 一方、より火元に近い場所にいたイツキは操縦桿を握ったまま荒い息を吐いていた。傍らにいたマサルが彼女を案じて声を掛ける。

「間宮、大丈夫か? 酷い顔色だぞ」

 しかし、マサルの声はイツキには届かなかった。彼女はマサルを無視してただ一言、こう呟く。

「行ける」

 吐き出された声は普段の静かでありつつも明瞭なものとは違って弱々しい。上手く聞き取れなかったマサルは「うん?」という呟きを漏らした。無論、返事はない。

 眼前の成果を見て、イツキは震えていた。

(行ける、これなら。食人鬼を全部やっつけて、人間の皆を助けられる!)

 歓喜と過度の疲労が混ざり合い、彼女の内側は燃え滾る炎の様に熱くなった。

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