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01

 仄かに肌寒い夜のことだ。平野に佇む古びた城に、馬に跨った二人の青年が入った。一人はこの城の主、もう一人は彼の幼馴染である。

 ここ数日、城主の青年――クシャトカトラと言う――は所用で他家の領地に赴いていた。そこで、同じく名家の出でありながら身軽な三男坊という立場の友人ルキセクエスと出くわす。数か月ぶりの再会だ。二人は近況報告を中心とした雑談に花を咲かせる。そして、ふと腕に自信のあるルキセクエスが帰還時の随伴を申し出たのだ。クシャトカトラは数名の従者を連れていたが、彼とルキセクエスの双方が二人きりで過ごす時間を望んだ為、前述の予定が決まった時点で先んじて城へ帰した。

 さて、話は現在に戻る。城壁の内側にて出迎えた従者に馬を預けた後、クシャトカトラはルキセクエスに頭を下げた。

「手間を取らせて済まなかったな」

「構わないよ。この程度、何ということはない。そもそも俺から言い出したのだしな。ああ、でもどうしても礼がしたいなら、今日は目一杯ご馳走してくれないか?」

「善処しよう」

 元来感情を余り表に出さないクシャトカトラが、この時は薄っすらと微笑んだ。

 程なく彼等は使用人に先導されて建物の中へ入る。玄関前では老いた家令が侍従侍女と共に待ち構えており、貴人二人に挨拶をした。

「お帰りなさいませ、旦那様。そして、ようこそお越し下さいました、ルキセクエス様」

 クシャトカトラは頷きだけを返し、続いて家令に命じた。

「客人に部屋を用意してくれ。今夜は我が城に泊って行きたいらしい」

「畏まりました。お客様、どうぞ此方へ」

 家令に目配せをされた侍女が前に進み出た。それを確認すると、ルキセクエスはクシャトカトラと短い言葉を交わし、然る後に侍女と共に去って行った。

 ルキセクエス達の足音が聞こえなくなった所で、クシャトカトラは家令の方を向く。

「家畜達の様子は?」

「何れも異状なく」

「ふむ。では、ササラを私の部屋へ」

「承知致しました」

 以上の遣り取りを行った後に、クシャトカトラは侍従を伴って自室へと戻った。



 着替えを済ませると、少しばかり待ち時間が出来た。クシャトカトラは寝台に座り、今回持ち帰った書類に目を通しながら暇を潰す。そうして四半刻と経たぬ内に、侍女が城兵と襤褸着を纏った娘を連れて現れた。

「連れて参りました」

 侍女の報告を受け、クシャトカトラは「うむ」と頷く。

「ササラは私の許へ。他の者は下がりなさい」

 主人の命令に応じ、侍女は恭しく退去の挨拶をして踵を帰した。去り際、城兵がササラと言う娘を睨み付ける。粗相を働くな、と目で伝えたのだろうか。ササラは表情を曇らせて俯いた。だが、それ以外に目立った動きはなかった。部屋にはクシャトカトラと娘と沈黙だけが残った。

 暫くして、クシャトカトラは扉の前で立ち尽くしている娘の名を呼んだ。ササラは慌てて彼の傍らへ駆け寄り、寝台に腰を掛けた。短い時間、両者は見詰め合う。ややあって、クシャトカトラは微かに緊張を見せるササラに命じた。

「手を出しなさい」

 ササラは素直に「はい」と答え、差し出された手の上に自身の右手を置いた。荒れた指の腹が高価そうな指輪に当たり、離れて行こうとするもクシャトカトラが手を握って止める。次に、彼はササラの人差し指に巻かれていた布を剥がした。すると、室内灯の赤い光が露わになった指先を照らし、傷口が塞がり切る前に瘡蓋を剥がした様な痕を浮かび上がらせた。クシャトカトラはその傷跡をまじまじと眺める。そしてササラの手を掴んだまま腰を浮かせ、もう一方の手で脇机の引き出しを開けた。中から出てきたのは短剣だ。少し経って、鞘から解き放たれた鋭い刃がササラの指に添えられた。

 クシャトカトラは囁く。

「嫌だと思ったら、ちゃんと言うのだよ」

 ここでも、ササラは「はい」とだけ答えた。一拍置いて、クシャトカトラは短剣を横に引く。ササラは短く呻いて硬直し、もう一方の手で自分の服を握り締めた。新たに傷を付けられた場所から血が一筋流れ落ちる。クシャトカトラはそれを指ごと口に含んだ。

 静寂に包まれた室内に耳障りな音が止め処なく響いた。

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