権利ですか?うーん…
ランディ・アリスドール子爵は齢三十四歳。
父であるアランよりつい先日爵位を引き継いだばかりだ。現在陛下より召集がかかって謁見中である。
「面を挙げよ」
「陛下、この度は謁見の機会を賜り誠に恐悦至極で御座います。」
「久しいな。一年ぶりか?」
「はい。王家主催の舞踏会以来で御座います」
「そうか。両親は元気か?」
「はい。母はコエデナクナールの毒素を抜く事に成功したので、今はより美しい花を咲かせる交配の研究をしております。父は母を手伝いながら、差し入れの軽食や甘さ控えめの菓子作りに精を出しております」
「軽食に菓子作り?アランが?」
「はい」
「……食えるのか?」
「最初は黒い塊を生成しておりましたが、今では料理長お墨付きです。味は完全に母の好みに偏っていますが」
「そうか…楽しんでいるようで何よりだ」
陛下が威厳の欠片もない遠い目をしている気がするが、きっと気のせいだろう。
「手紙でも伝えたが、歴代の貢献に対する報酬として伯爵位を授けようと思うのだがどうだろうか?アリスドール家は陞爵の条件は遥か昔から満たしておるからお主が良いならすぐにでもできるが」
謁見の場で子爵相手に王族が期待と緊張が混ざった面持ちで伺って来ないで下さい。いや、まあ、父上以外の歴代当主が原因なのだろうけど。陞爵の話をされて首を差し出すほどは嫌じゃないですよ貴族。ご安心下さい。
ただねぇ、伯爵かぁ…。個人的にはどちらでも良いんだけどねぇ……。うーん。
「無礼を承知で申し上げます。発言の如何によって受ける罰は全て私一人のものとして頂きたく」
「あいわかった。申してみよ」
「我が家の現状、伯爵家を賜った場合費用対効果が悪う御座います」
「…費用対効果、とな?」
「我が子爵家は保有する領地が西半分に点在しております」
「そうだな」
「その為、春から夏にかけて順番に領地視察に赴くのですが、その際可能な限り隣接する地の領主と顔合わせの場を設けております。その際手紙による情報交換や緊急時の対応などについても話し合っており、歴代その方法で大きな問題は起こっておりません」
可能な限りと言ったけど、提示した日程が都合悪ければ視察をずらして合わせるから近隣の領主とその家族との顔合わせは必ずやり遂げている。ノルマになってるし。
「うむ」
「下位貴族の社交義務は王家や公爵家主催のみ。しかし、伯爵となれば話は変わります。頻度の差はあれ議会への出席やお茶会の開催義務が生じます。また、ドレス、装飾品、調度品、家の外観など爵位に相応しい質の物を用意する必要が出てきます。縁を持ちたい家との顔繋ぎはできており、欲しい情報を手に入れる術がある現況では、『同じ品質の宝石をわざわざ割増の金貨をはたいて購入』しているのと同じこと。全ての費用は領民の税で賄われておりますので『爵位を得ても領民に益が生まれない』以上ご意向に添うことは誠に遺憾ながらできかねます」
「う~む……そう来たかぁ中々手強い」
陛下心の声を漏らすのはやめて下さい。公爵も残念そうに溜め息吐いてないで諫めて下さい。
謁見後、大変美味しい紅茶、軽食、デザートを堪能したランディは帰りの馬車の中でひとりごちた。
「はあ…よかった。ルゥは面倒臭がりだから陞爵を受けたら何を言われるか……」
実は陞爵を断った最大の理由が『息子に嫌われたくない』だった事は彼だけの秘密である。
謁見後の陛下と公爵
「駄目だったな」
「断られたなぁ…アランの時だけでも伯爵位を授けるべきだったか?」
ちなみにアランの時は、『私はあくまでも代理ですから…一代限りの伯爵位なら謹んでお請け致しますが正式な陞爵は代替わり後に検討頂きたく存じます』と断られている。
「歴代の功績が高々一代限りの伯爵位程度と勘違いされても困るだろ」
「そうなんだよなぁ」
「しかし、費用対効果か……確かに爵位が高い程維持費は掛かる、が」
「金より名誉(権威)を選ぶのが貴族なんだよなぁ」
「……仕方ないな。ランディもやはりアリスドール家の人間という事だ」
「陞爵の話をして首を差し出されなかっただけ平和だな。平和と言えばアランは隠居生活を満喫しているみたいだな。軽食に菓子作りとはかなり意外だが」
「餌付け…いや、フローレンス夫人を喜ばせたいのだろうな。婚約前からいろんな店を調べてはあれでもないこれでもないと悩んでいたし」
「歳を取っても微笑ましい限りだな」
「ああ。そういえば、父上が羨ましがっていたな。こんど王都に来るときに屋敷で作ってくれないか聞いてみよう」
「代替わりしたのにわざわざ来るか?」
「……ランディ経由で頼んでみよう」
ディランはごねる弟夫婦といじける父親を思い浮かべて溜め息を吐いた。
※おまけ。ランディ幼少期
「お兄様、歴史の先生が褒めていらっしゃいました!国の歴史に精通しているとはなんて素晴らしいのかしら!お兄様こそこの歴史あるアリスドール家の跡取りに相応しいです」
「いやいや、レインだって数学講師が『一を学んで十を解く』と絶賛していたじゃないか。その卓逸した頭脳を是非政務に活かしてみてはどうだろうか?」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「兄さま、姉さま何がいやいやなの?」
「おやランディ」
「今日から授業だったわね、お疲れ様」
「はい、ありがとうございます」
この時、ランディはまだ八歳で流石に譲り合いに加えるにはまだ早いと兄と姉は思っていたらしい。後二年は何にも縛られず自由に過ごして貰おうと。
「今日は領主のー父上のお仕事について説明がありました。先生からどう思いましたか?って聞かれたので『ちょっと楽しそうです』って言ったらとても驚かれてしまいました」
「「!!!」」
いや、まだ今日はじめたばかりだ。新しい事を学んだのが楽しかっただけかもしれない。もう少し様子を見よう。
ええ、そうね。
二人は視線だけで会話をした。
そうして三ヶ月の時が流れて、兄と姉が何を押し付けあっているか理解できるようになった頃。
「領主ってそんなに嫌ですかね?それなりにやりがいのある立場だと思うのですが」
「ランディ!我が家を継ぐのはお前しかいない!」
「ええ!あなた以上の適任者などこの世に存在しないわ!」
十歳までは自由にという考えはすっかり塵と化し、ランディを全力で担ぎ上げる兄と姉の姿があった。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
ディランはアランの上の兄です。
アリスドール家は歴代二十三、四くらいで当主交代するのでランディはだいぶゆっくり引き継ぎました。
次の代は…(´д`)