第八話 カフェテラスにて
ここは潮風の吹くカフェテラス。
地図にはない幻の海から波音が聞こえる憩いの場所。
シェルが仕事を終えてその場で休憩していると、部屋の外から声がした。
「ご主人様の命により参上致しました、リスにございます」
シェルはそれを聞いてドアを開ける。
「お疲れ様、リス。大変だったね」
「お疲れ、シェル。…あれ?ご主人様はいらっしゃらないの…?」
二人は歳の離れた兄妹。リスはシェルの顔を見て安心したが、主の姿が見えないのを不思議に思う。
「リスに伝えるよう言われた。この方をカフェテラスまでお連れせよとのご命令だ」
シェルがそう言うと、後ろからユキが出てくる。
「リス様、この度は大変申し訳ございませんでした。わたくし、ユキにございます」
「ユキ!?」
女の人なのは知ってる。私が暴露魔法を発動させたから。翼がないのも知ってる。ジェイ様が切り裂いたから。その傷が治ってるのも知ってる、シロマ様が回復魔法をかけたから。その後…そうだ、眩暈がして、先に退出させて頂いたんだった。リスは記憶を辿った。
「翼を失ったわたくしは天使の身分を捨て、ネクロ様の人化魔術によって人間になりました。その後、ご主人様に新しい衣服を頂き、そして…」
そう言いながら涙がこぼれる。
「ユキ…その髪の毛…」
超短髪になったユキを見て、リスは驚く。
「ご主人様の命により、髪型を変えさせて頂いた。これから二人はカフェテラスへ向かってくれ。ご主人様が待っておられる」
「了解。…だけど、少し待って」
リスは泣いているユキが可哀想なので、すぐには部屋を出ない。
「随分短くしたんだね。その髪型、ご主人様がお選びになったんでしょ?ユキに似合ってるよ」
「本当ですか…?」
「勿論!」
「ありがとうございます…」
床を見れば、大量の髪が散らばっている。
美しかったユキの栗色の髪はただの残骸になって床に散乱し、シェルに踏まれている。
しばらく経って、
「シェル様、ありがとうございました。これからご主人様の元へ参ります」
ユキは深々と頭を下げる。
「くれぐれもご主人様にご無礼のないよう、お願い致しますよ」
シェルは真顔で言う。ユキは申し訳なさそうにもう一度頭を下げる。
「ユキ、早く行こう!」
リスは勢いよくユキの手を取り、ヘアメイク部屋を出ていく。
「頼んだよ、リス」
シェルは二人を見送った。
「ご主人様、楽しみにしていらっしゃるんじゃないかな!」
リスは長い銀色の髪を三つ編みにしている。
ユキに話しかけようと振り向くたびにリスの三つ編みが揺れる。今のユキには、リスの綺麗な銀髪が羨ましい。
ちょうどその頃。
ここは潮風の吹くカフェテラス。
城の近くに海なんてあったかしら。
マヤリィが不思議に思いながら潮風に吹かれていると、メイドがコーヒーを運んできた。
「ご主人様、いかがなさいましたか?」
ルーリが心配そうにマヤリィを見る。
「お身体の調子がすぐれないのでしょうか?もしや、お熱があるのでは…」
「いえ、大丈夫よ。熱があるとしたら、貴女の美しさに見とれて、ドキドキしていたせいね」
優しく微笑みながらマヤリィが言う。
「勿体ないお言葉でございます。しかしながら、ご主人様の美貌に敵う者など、どこにもおりません。ああ、気高く美しく、そして可愛らしいご主人様…!」
ルーリが白人系の美女だとすれば、マヤリィはアジアンビューティ。年齢のわりに見た目が若く肌も綺麗なので、皆は主のことを年齢不詳だと思っている。
ルーリは美しい瞳を輝かせながら、
「貴女様とこちらのカフェテラスで過ごさせて頂けるなんて、夢のようです。私はとても幸せにございます」
「私も、貴女が一緒に来てくれて嬉しいわ」
主と配下の関係性とはいえ、このような個人的な時間を他の者とも過ごしたいとマヤリィは考えていた。
やがて、一人の女性を連れて、エルフの少女リスが現れた。
「ご主人様、今回の探索では、西の森の情報を何一つ得ることが出来ずに帰還しましたこと、誠に申し訳なく存じます」
リスが跪いて頭を下げる。
「この者を連れてくるようにとのご命令を承りました。こちらでよろしいでしょうか」
「確かに受け取ったわ。此度の一件、ご苦労でした。…下がりなさい」
主が優しく少女に話しかける。
「はっ。有り難きお言葉にございます、ご主人様。それでは、これにて失礼致します」
「ゆっくり休むのよ」
「はっ!」
リスを下がらせると、マヤリィは再びユキと向き合った。
「ご主人様、この度は本当に申し訳ございませんでした。命を救って頂きましたこと、そしてわたくしを再び配下として下さったこと、心より感謝申し上げます。どうか、今一度ご主人様に絶対の忠誠をお誓い申し上げることをお許し下さいませ」
「許すわ。今度こそ、最後まで私についてきて頂戴」
「はっ!有り難きお言葉にございます、ご主人様。わたくしはどこまでも貴女様について参ります!」
ユキの言葉を聞いて、マヤリィは満足そうに頷く。そして、言う。
「…今夜、此度の一件について皆に全てを説明する為に臨時の会議を開く。今はまだ皆の目が気になるかもしれないけれど、安心して頂戴。貴女の処遇は既に決まっている。この私の名において、必ず貴女を守ることを約束するわ」
「ありがとうございます、ご主人様」
ユキがその場に跪き、深く頭を下げる。
「今まで、わたくしは貴女様のような慈悲深き御方にお会いしたことがございませんでした。ご主人様は、わたくしの命を救って下さったばかりではなく、傷も痛みも全て癒して下さいました。さらには傷痕のない綺麗な人間の身体をお与え下さいました。お優しいご主人様、本当にありがとうございます」
ユキは姿勢を崩さず、ゆっくりと話す。
「命令を下したのは私だけれど、今の貴女があるのはシロマやネクロのお陰よ」
「はっ。後ほど、改めてシロマ様やネクロ様にも感謝の言葉を申し上げたいと思っております」
「ええ。そうして頂戴」
そう言うと、マヤリィはユキの手を取り、
「座りなさい。貴女も疲れているでしょう?しばらくここで休んでいくといいわ。…ねぇ、ルーリ?」
「はい!それがよろしいかと存じます」
ルーリは頷くと、
「ユキもなんか飲むだろ?おーい、メイドのお姉さーん!コーヒー追加!」
ユキの返事を待たずにメイドを呼び、コーヒーを持ってこさせる。
「っていうか、コーヒー飲めるんだっけ?」
「初めて頂く飲み物です。謹んで頂戴致します。………苦い、ですね…」
「あはは、そうなるよねぇ」
ユキの反応を見て、ルーリが楽しそうに笑う。
「飲みづらいなら、ミルクもお砂糖もあるから、好きに使いなさい」
マヤリィがコーヒーフレッシュとスティックシュガーの入ったかごを差し出す。
ここは潮風の吹くカフェテラス。
城の近くに海なんてあったかしら。
マヤリィは不思議に思いながら波音を聞いている。
白人系の美女にして夢魔であるルーリ。
アジアンビューティの女主人マヤリィ。
かなり先になりますが、百合の花が咲く予定です。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!




