第四十九話 マヤリィとシャドーレ
改めてマヤリィに感謝の言葉を述べるシャドーレ。
二人は話をするうちに、互いの過去を思い出すのでした。
「今日は呼んでくれてありがとう。バタバタしていてゆっくりお祝い出来なくてごめんなさいね」
潮風の吹くカフェテラス。
マヤリィの向かいに座っているのはシャドーレ。
「滅相もございません、ご主人様。貴女様が体調不良の折、無理を言ってご報告致しましたこと、誠に申し訳ございませんでした」
シャドーレはそう言って頭を下げると、
「貴女様の大切な側近であるミノリ様との交際をお許し下さり、本当にありがとうございます。流転の國にいられることだけでもこの上ない幸せですのに、二人で過ごすお部屋までご用意頂き、ご主人様には感謝してもしきれません。私は本当に幸せ者にございます」
「貴女が幸せなら私も幸せよ。喜んでもらえて嬉しいわ。ミノリは有能な上に働き者だから私も知らないうちに無理をしていることがあるの。なんといっても彼女は書物を読み解く者。つい色々と仕事を頼んでしまうのよ。貴女の専門とは異なるけれど、どうか支えてやって頂戴。よろしく頼むわよ」
マヤリィはミノリの支えになってくれるパートナーの存在に頼もしさを感じている。
「畏まりました、ご主人様。これから彼女の仕事のお手伝いを出来るよう、書物解析魔術に関しても学んでみようと思います」
シャドーレの言葉に、主は微笑む。
その美しさにシャドーレは思わず頬を染める。久しぶりに間近で見るご主人様はやはり誰よりも美しい御方だ。
「前から気になっていたのだけれど、貴女の髪は生まれつきプラチナブロンドなの?」
「はい。元々この色にございます。短く切ったのは最近のことですが…」
「聞けば、貴女もロングヘアを強いられる環境にいたみたいね。…いえ、ごめんなさいね。この間、第5会議室で、貴女の話も聞いたものだから、少し私と境遇が似ていると思って…。つらい記憶だったら、ごめんなさい」
マヤリィは思い出したくないことを思い出させてしまったのではないかと心配する。
「ご主人様、私などに謝らないで下さいませ。確かに、桜色の都では女は長い髪であるべきという考え方が根底にあり、髪は女の命などと言われるような社会にございます。全く、不自由極まりない国です。私は貴族の娘でしたので、当然のように超ロングヘアでした。魔術師になってからも、都の暗黙のルールに縛られるように長い髪を続けておりましたが、男性のように短く出来たらどんなに身軽なことかと、いつも羨ましく見ておりました」
シャドーレはそう言って、今ではすっかり短くなった髪に手をやり、
「シェル様に髪を刈り上げて頂くたびに、自由を実感して嬉しくなりますわ」
そうだ、この人もバリカン好きな人だった。
「良かったわ。私も長いこと自分で髪型を決めることを許されない環境にいたから、貴女の気持ちがすごくよく分かる」
そして、マヤリィは初めて元の世界の自分について触れる。
「私が元いた世界でも、桜色の都と同じように髪は女の命だとか言って、長い髪を良しとする文化があった。でも、それは時代とともに古い文化になり、次第に女でも普通に髪を短く出来る時代になったの。…でも、私の家は違ったわ」
マヤリィは哀しそうな表情になり、
「私は化粧をすることも許されず、自分で服を選ぶことも許されず、腰を超える長さのロングヘアでいることを強要され続けたの。逆らえば、路頭に迷うしかなかった。世の女性達が自由を謳歌している中で、私は不自由な環境に閉じ込められていたの」
「ご主人様…」
シャドーレは唇を噛みしめる。
「そうして長い年月を過ごすうちに、私の心は壊れたみたい。気付いたら、私は鋏で自分の髪を切り刻み、与えられた洋服を切り裂いていた。私が精神病になったことを知った家族は私を病院に連れて行き、その後は仕方なく私の断髪を黙認した。でも、そう簡単に治る病じゃないのよね。…この流転の國に顕現した時、私の黒髪は肩まであったの」
「黒髪…でございますか?」
「ええ。今は染めているけれど、私は元々黒髪なの。この國に来て一番最初に私は髪を切らせた。肩までの長さとはいえ、その時の私は我慢出来なかったのよ。シェルに命じて髪を短く刈り上げさせ、生まれ持った髪の色も変えてもらった。でも、私は今もまだあの世界に縛られているのね…」
そう言ったきり黙る。
「ご主人様ぁ…!!」
突然大声を出すシャドーレに、マヤリィは驚いて目を見開く。
「貴女様はなんて、なんて苦しい世界にいたのでしょう…!さぞかしつらい思いをなさっていたのでしょう…私よりも遥かに不自由な世界で…お一人で…生きてこられたのですね…。なにゆえ、貴女様のようなお優しい御方が、お美しい御方が、誰よりも素敵な女性が、そのような仕打ちを受けなければならなかったのでしょう…!ああ…私は、私はとても口惜しいです。貴女様を今もなお苦しめ続けている病を治して差し上げられないことが口惜しいです…!マヤリィ様、僭越ながら、私は貴女様と苦しみを分かち合いたいと思います!つらい環境にいらしたにもかかわらず、誰を憎むこともなく、誰を恨むこともなく、流転の國の皆様ばかりか、出会ったばかりの私にさえ幸せを下さっている…!ああ、マヤリィ様。どうか、貴女様の苦しみをこのシャドーレに分けて下さいませ…!」
シャドーレはマヤリィの苦しみを知って、美しい瞳からぽろぽろと涙を流す。なぜ、マヤリィ様のような御方がこんなにお苦しみにならなければならないの?シャドーレは口惜しい。
「シャドーレ」
主は優しく、目の前で涙を流す女性の名前を呼ぶ。
「私の過去を話したせいで、貴女にまで苦しい思いをさせてしまったわね。…でも、もう大丈夫なのよ。シャドーレ、貴女が私の気持ちを分かってくれた。私の苦しみを分かってくれた。私に共感してくれた。それだけで、私の心は今とても温かいわ。ありがとう。…シャドーレ、苦しみを分かち合いたいという貴女の言葉、しっかりと受け取った。でも、私は苦しみではなく自由や幸せや喜びを貴女と分かち合いたいと思う。…この流転の國で」
「マヤリィ様……!!」
シャドーレが涙に濡れた瞳を上げる。
マヤリィは涙を流しながら、微笑んでいる。
「自由や幸せ…そうですね、この國でしたら、それが叶うのですね…!」
「そうよ、シャドーレ。一緒に幸せになりましょう…!」
シャドーレは頷くと、改めてマヤリィに忠誠を誓う。
「マヤリィ様。此度は貴女様のお話をお聞かせ下さり、ありがとうございました。苦しかったのは私だけではなかったのですね…。マヤリィ様、貴女様の病を癒す方法を見つけ出すお役目、どうか私にもお命じ下さいませ。身命を賭して、マヤリィ様の御為に働かせて頂きます…!」
「よろしい。私の為に尽くす貴女の思いに、私も全力で応えましょう」
「はっ!」
シャドーレは笑顔でマヤリィの顔を見る。
ジェイでさえも知らない元いた世界の話を初めて詳しく聞くことが出来たのはシャドーレだった。似た境遇に置かれていたがゆえに話せることもあるのだろう。
「本当にありがとう、シャドーレ」
マヤリィはシャドーレを抱きしめる。
そして、
「何か飲みましょう?…貴女、カフェラテは好きかしら」
「はい、とても…!マヤリィ様は何でもお見通しですのね…」
二人は温かいカフェラテを飲みながら、次はどんなヘアスタイルにするかということについて、楽しそうに語り合うのだった。
ジェイもルーリも詳しく知らないマヤリィの過去。
桜色の都にいた頃のシャドーレの生きづらさと、元の世界(現代日本)にいた頃のマヤリィの生きづらさは重なる部分がありました。
その為、マヤリィはシャドーレにならば詳しく話せると思ったのかもしれません。




