第五話 裏切り者
元の世界のマヤリィも、さすがにリクルートスーツではないものの、似たような服装ばかりしています。
髪がベリーショートなので、わりとパンツスーツが似合うという説もある。
背はとりわけ高いというわけではなく160cm。体重は45kg。靴のサイズは23cm。
なぜかここまでは設定があるのにスリーサイズは未詳。
(いまだに何を着たら良いのか分からない…)
玉座の女主人はそう思いながら頭を抱える。
(流転の國の最高権力者?絶対的君主?…が着用するべき服って何かしら…)
改めて皆の姿を見渡すと、ネクロは相変わらず『隠遁』のローブ。その下がどうなっているのかはこの間見たから知っている。
ミノリはいつもメイド服を着ている。とても似合っていて可愛いが、本業はメイドではなく書物の魔術師である。腰まで届く艶やかな黒髪が美しい。
ルーリはブロンドのミディアムヘアにゆるくウェーブをかけている。淡い水色のロングドレスを身に纏い、同じ色調のパンプスはピンヒール。露出度こそ高くないものの、ひときわ輝いて見える彼女は、魔法を使わなくても人を魅惑しそうな美しさだ。
(ルーリ、綺麗ね…。ハリウッド女優みたいだわ。レッドカーペットとか歩いてそう…!)
マヤリィ様、貴女が誘惑されてどうする。
「ご主人様、本日も大変お美しいです」
いつの間にか傍に跪いていたミノリが頬を染めて主に声をかける。
「素敵なお召し物にございますね」
「そ、そう…?ありがとう…」
「畏れながら、ミノリもご主人様のようなお洋服を着てみたいです…!」
マヤリィはスーツを着ていた。テーラードジャケットにワイシャツに細身のスラックス。
就活中でもあるまいに。
「あ、あと…髪の毛も…!」
ミノリはそう言って瞳を輝かせる。
「一度も短くしたことがないのですが、ご主人様のようなベリーショートにしてみたいと思っております…!」
「そ、そうね…今度シェルに頼んでみましょうか…」
ミノリがなかなか主の傍を離れないのを見て、ネクロが大きな声を出す。
「ジェイ殿達が西の森を探索しておられる間、私は何を致せばよろしいですかな!?黒魔術の実験台になって下さる方がいれば良いのですが…!」
「そうね、このままではただの留守番だし、魔術の実験でもしましょう」
マヤリィは立ち上がり、皆に呼びかける。
今この場にいるのは、黒魔術師のネクロ、書物の魔術師ミノリ、魅惑魔法のルーリ、『流転の斧』を持つランジュ、そして回復魔法のシロマ。
「…では、皆の実力を見せてもらいましょうか」
「はっ!」
マヤリィは玉座の間に強力な『結界』を張ると、配下達の魔術訓練を見守り、時には手を貸すのだった。
その頃の探索班。
三人は『飛行』しながら森を窺っていたが、思っていたよりも中は暗い。
「野生動物がいるかもしれません。下りて歩くのは少し怖いです」
天使の少年ユキは上空に留まったまま。
「薬草になりそうな植物よりもキノコの多い森ですね。あれも薬になるのでしょうか?」
エルフの少女リスは大木の上に下りて確認したかと思うと、すぐに戻ってきて報告する。
「キノコか…」
(姫って、確かシイタケ嫌いだったよなぁ…)
元の世界の彼女と同一人物だと確定して以来、ジェイは昔のことばかり考えていた。
「キノコは…良くないんじゃないかな」
「そうですか…。普通に食べる分にはおいしいですが、薬にならなきゃ意味ないですもんね!」
リスはそう言って肩を落としてから、
「では、お土産に持って帰るのはどうでしょうか?私、キノコ料理のレシピなら色々知ってますよ!」
(いやいやいや、姫に怒られるって…!)
ジェイは咳払いすると、
「…リス。キノコもいいけど、僕達はご主人様の御為に薬草を採りに来たんだ。キノコ狩りは任務を果たしてからにしよう」
「はっ!申し訳ございません、ジェイ様。探索任務に戻らせて頂きます!」
しかし、貴重な薬草がそう簡単に見つかるわけはなかった。
「ちょっと気になってたんだけどさ」
広大な森の上空で、ジェイが飛行状態のままその場に止まり、
「リスは『変化』魔法を見抜ける?」
唐突に訊ねる。
『変化』はその名の通り、姿を変えることの出来る魔術だが、持続させるのは非常に難しい。
「使うとすれば『暴露』ですかね?対象を絞って集中すれば出来ないこともないですが…『鑑定』よりも難しいです。っていうか、植物に暴露魔法は使いませんよね、一体何に…」
リスの言葉を聞きながら、ジェイは頷く。
そして、一言。
「『静止』」
ユキの動きがぴたりと止まる。
「ジェイ様…?」
「リス、ユキの『変化』を見破れ」
「えっ…」
リスは突然の命令に焦りつつも冷静に、
「姿を偽りし御方に申し上げます。速やかに変化を解き、正体を現して下さいますよう」
ユキに向けて暴露魔法を発動させる。
「ジェイ様…どうしてっ……」
そう言いながら、リスの魔法を真正面から受けたユキは正体を現した。
その姿は確かに天使だったが、少年ではなく、ジェイと同じくらいの背丈をした女性だった。長い栗色の髪に琥珀色の瞳。『変化』していた時よりも遥かに立派な白い翼。
「ユキ…どうして…?」
先ほどのユキと同じ言葉でリスが訊ねる。
「…………」
「ご主人様は不思議に思っていらっしゃった。ユキが自分の魔力について語らないのは何か理由があるのではないかと。お前は他の配下達と話している様子もないし、訓練に誘っても断られるとルーリが言っていた。そして、決定的だったのはお前が水晶球に触れなかったことだ。うまく誤魔化したつもりかもしれないが、ネクロが見ていたんだ」
ジェイがマヤリィから森の探索以外に調べて欲しいと言われたのは、ユキが何を隠しているか、ということだった。
「ユキ、今回の探索の目的の半分は、お前の正体を知ることだった。その上で、お前が何か良からぬ企みを抱いているのなら、ここで白状するがいい」
もしユキが敵だったとしても構わないといった態度でジェイが言う。
(ジェイ様、最初から私に暴露魔法を使わせるおつもりだったんですね…!)
リスは少し離れた所で、ジェイとユキを交互に見ている。
ユキは頭を下げて、
「…まず、正体を隠していたことについて、お詫び申し上げます。わたくしは、ご主人様をはじめ、流転の國の皆様を探るよう命じられた天界の者にございます」
声も女性に戻っていた。
「突然現れた流転の國と、そこに顕現されたご主人様。そして、その配下と思われる方々。天界は一時、大騒ぎになっておりました」
「天界っていうのは?」
「ちょうどこの流転の國の真上にあります。特殊な結界が張られておりますので、外からは何も見えませんが、天使達が暮らす場所でございます」
ユキは素直に何でも答えた。
「つまり、ユキは偵察に来たってこと?」
少し落ち着いたリスがいつもの調子で聞く。
「そういうことになります」
「それで?ご主人様に対して何かするつもりだったのか?」
ジェイは少し苛立っていた。
「我々を滅ぼすつもりの者達であるとわたくしが報告をすれば、我が天界の最高戦力である十二天使が城に攻め込む予定でした」
「何ということを…」
『天界』の存在すら初耳なのに、いきなり攻撃される可能性もあったとは。
「…けれども、あなた方からそのような様子は全く感じられなかった。それに、ご主人様はとてつもない魔力の持ち主であられます。天界の者全てが力を合わせたとしても、宙色の大魔術師様には敵うわけがございません」
話を聞きながらジェイは迷っていた。
この者をどうすべきか。
「ユキ、もしお前をここで捕らえて我が主の元へ突き出したら、天界はどう動く?」
「あなた方は天界を敵に回すことになりますが、勝ち目のない戦は致しませぬゆえ、攻め込んでくることはないでしょう。わたくしとて、所詮は使い捨ての密偵にございます。どうぞ、ご主人様を裏切った罰をお与え下さい」
「裏切り者が、あの御方をご主人様と呼ぶな!」
ジェイが声を荒げる。
「ジェイ様…!」
この状況をリスは見ているより他なかった。
しかし、見ていられなかった。
「我が主の御手を汚すのは忍びない」
ジェイは薬指にはめた『流転の指環』を天使に向け、魔術を発動させた。
リスに下がっていろ、と目で合図する。
そして、
「『烈風』よ、裏切り者の翼を切り裂け」
目にも留まらぬ速さで風の刃が宙を舞う。
その瞬間、ユキの飛行能力は失われた。
「それで…すぐに帰還したと」
「はっ」
ジェイはユキの翼を切り裂いた後、そのまま彼女を受け止め、同時にリスの手を取り『転移』した。マヤリィの待つ玉座の間へ。
「こんなことをするなんて貴方らしくもない。この身体では、もう飛べないでしょう」
翼を斬られたユキは、もはや天使と呼べる姿ではなかった。
「シロマ、回復魔法を!」
「はっ!」
シロマは『全回復』を発動する。
「…ユキ。こうなった以上、貴女は天界には戻らず、人間としてここで生きるがいいわ」
「にん…げん……」
翼を失った天使は、人間と区別がつかない。
「ネクロ、出来るわね?」
「はっ!」
マヤリィの傍にはネクロが控えている。
「彼女を本物の人間にして頂戴。そうすれば幻の痛みを感じることもなくなるはず」
「畏まりました、ご主人様」
翼を切り裂かれた痛みは想像出来ないが、すごく痛そう。マヤリィはとにかく早くユキを痛みから解放してやりたかった。
(翼のない天使と人間…どちらがましかは分からないけれど…)
背中の傷は白魔術で治せても、心の傷までは治せない。
「ご主人様のご厚情に感謝されよ。…覚悟はよろしいですな?」
「はい…」
ネクロは目の前の天使に『人化』魔術を施した。
人間になった彼女は、もう天界の力も飛行魔法も使えない。
「終わりましてございます」
「ご苦労様、ネクロ」
主はそう言うと元天使に近付き、
「恨むなら、ジェイではなく私を恨みなさい。貴女の裏切りを疑ったのは私。そして、天使としての貴女を殺したのも私なのだから」
真面目な表情で言い放つ。
「滅相もございません!」
ユキはその場に跪いた。服はぼろぼろになり、髪は乱れ、目には涙の粒が光っている。
「貴女様に対し裏切りを行ったのはわたくしでございます。万死に値する行為だと認識しております!それなのに…なぜ私を治療して下さったのですか!?」
「黙れ!そんな質問をするくらいなら、さっさと自害するべきだったんじゃないのか?」
ジェイはそう言って再び『流転の指環』を光らせる。主は黙ってそれを止める。
「貴女を治療した理由?それは、貴女が痛みに苦しんでいる様子を見たくなかったから」
マヤリィは言う。
「…わたくしを、拷問なさるのではないのですか…?」
「何を言う。拷問はこれからにござい……失礼致しました」
これからゆっくり拷問する気でいたネクロだが、ご主人様の鋭い視線を感じて口を噤む。
「拷問なんてしないわ。私は誰かが苦しんでいるのを見るのは大嫌いなの。それがたとえ裏切り者であろうと、私は拷問なんてしたくない」
マヤリィはそう言うと、
「今一度、この私に絶対の忠誠を誓いなさい。この先何があっても、私を信じ私に従うことを誓いなさい。それが出来ると言うのなら、此度の一件は不問とするわ」
「なっ…!」
「ご主人様…!?」
ジェイとネクロが驚嘆の声を上げる。
マヤリィの発言に皆が戸惑っている。
「そ、そのようなことが許されて良いのでしょうか…?」
「良いか悪いかは私が判断するべきことではないけれど、これは私の提案。受け入れてくれるなら、私は再び貴女を配下に加えましょう」
「されど、わたくしは貴女様を裏切った者にございます…。然るべき罰を与えられて当然の存在かと……っ…!」
突然、凄まじい殺気を感じてユキは狼狽える。
見れば、マヤリィが全てを射抜くような鋭く冷たい眼差しをこちらに向けている。
「貴女、言葉が通じないの?…私、きちんと話を聞いてくれない人は好きではないのだけれど」
(玉座の間が崩れそうな魔力圧ですな…!)
マヤリィの殺気は、玉座の間を揺るがしかねないほどの魔力を帯びていた。
…勿論、本人は気付いていないが。
「もう一度言う。私の配下になりなさい。…拒むなら、貴女をネクロに引き渡す」
「本当でございますか、ご主人様!?…ユキ殿、ご主人様に誓って拷問は致しませんが、黒魔術の実験台となって頂きますぞ」
それを拷問というのでは…?
「確かに、私は誰かが苦しむのを見るのは嫌いだけれど、私の大切な配下の自由を奪うつもりはないわ。…ネクロ、その実験は私に見えない所でやりなさいね」
「畏まりました、ご主人様」
ネクロは嬉しそうに答える。
マヤリィは再びユキの方を向いて、
「さて、どうする?貴女が決めていいのよ?」
その瞬間、ユキはマヤリィの前にひれ伏した。
「今一度、貴女様に絶対の忠誠をお誓い申し上げます。二度と、貴女様を裏切るようなことは致しません。此度は誠に申し訳ございませんでした。…畏れながら、ご主人様とお呼びすることをお許し下さいませ」
「許すわ。これからも私についてきて頂戴」
「はっ!ご主人様のご温情に感謝致します」
そう言ってユキが顔を上げると、慈悲深く美しい女主人が目の前で優しく微笑んでいた。
それを見ていると、翼を失くした心の痛みが消えていくようだった。
マヤリィは玉座に戻ると、
「話は決まったわ。皆、よく聞きなさい。改めて、ユキを私の配下とする。今まで通り、この國の為に力を尽くしてもらうわ。…いいわね?これは『流転の國』最高権力者である私の命令よ」
マヤリィは優しさの中に威厳を込めて命じた。
「はっ!!」
その場にいる者達が声を揃える。
今ここには、主に許され再び配下となったユキ、彼女の翼を斬った張本人のジェイ、彼女に回復魔法をかけたシロマ、彼女に『人化』魔術を施したネクロの四人がいた。
この場にいない者達を思い浮かべて、
「…後で全員に説明する必要があるわね」
マヤリィは少し頭が痛くなった。
ちょうどこの時、ミノリは調べ物をする為に城内にある書庫にいた。ランジュは『流転の斧』を使いこなす為に、ルーリは『流転の閃光』を自在に操る為に、それぞれ訓練所を使っていた。
「それにしても」
マヤリィは先ほどからずっとひれ伏したままのユキを見遣り、
「貴女には着替えが必要ね」
一言、そう呟くのだった。
本作の中で一番痛そうな描写がある第五話でした。
残酷な描写は筆者が苦手なのでほとんど書きません。
傷を負っても、すぐに治癒する。
傷痕が残ったとしても、完璧に綺麗に消える。
ファンタジーだからこそ、私の理想の『回復魔法』を登場させることが出来ました。そして、これからも。
お読み下さり、ありがとうございます!




