第四十話 天誅
十年前にバイオの身体を汚した桜色の都の男どもに告ぐ。
流転の國最凶の女神ルーリさんの降臨だよ♪
「ご主人様ぁ…怖いです…」
まだ第4会議室にいるバイオの様子を見に行ったら、今日も一人で泣いていた。
「大丈夫よ、私がいるから」
マヤリィはバイオを抱きしめ、頭を撫でる。
そんなことが何回続いただろうか。
「どうしたものかしら…」
玉座に座り、マヤリィはため息をつく。
「いかがされましたか、ご主人様」
傍にはルーリとジェイが控えている。
「…バイオのことなのだけれど。今、彼女はフラッシュバックに苦しんでいるわ」
「今もまだ…ですか?」
ジェイが訊ねる。姫は頷いて、
「私も経験したことがあるから、つらさはよく分かる。でも、あれってどうにもならないのよね…」
ため息をつく。
「姫、あまり心配しすぎると、今度は貴女のお心が危うくなってしまいます」
ジェイが心配そうな表情で言う。
マヤリィの精神状態も決して良いとは言えないし、事実、彼女は自分で思っているよりもずっと悲しそうな顔をしている。
「マヤリィ様、決して無理はなさらないで下さいませ」
主の心が沈んでゆくのを感じたルーリは碧い瞳をうるませる。
「ごめんね、大丈夫よ…」
マヤリィは無理に笑顔を作ったかと思うと、
「天界も罪深いけれど、それ以上に強姦という大罪を犯した桜色の都の人間は許し難いわね。罪人とはいえ、人を何だと思っているのかしら」
バイオを汚した者達に憤りを感じて厳しい表情になる。
「でも、全ての者に復讐なんて、新しく魔術を習得したとしてもバイオに出来るわけないわね。…まぁ、私が彼女の記憶を辿ってその頃の看守一人一人に報いを与えるというのなら、いくらでもやりようはあるけれどね」
言葉の途中で風向きが変わる。
マヤリィは気付いてしまった。
今の私の魔力をもってすれば、バイオを傷付けた者達に復讐することが出来る…!
「そうよ…私なら、バイオの代わりに彼女を汚した男達に復讐出来るわ」
マヤリィはそう言って微笑む。
(姫、いきなりサディスティックな笑顔になるのは怖いです…)
ジェイは頭を抱える。姫の不敵な微笑みは魅力的だが、話題が話題だけに怖すぎる。
ていうか、マヤリィ様。貴女、そんなに好戦的な人でしたっけ…?
「畏れながら、マヤリィ様。そういうことでしたら、私もお手伝い致します!」
さらに怖い人が話に乗ってしまった。
「バイオを傷付けた男どもに同じ…いいえ、それ以上の苦しみを与え、トラウマを植え付けてやりましょう…!勿論、全員にです。どうかバイオの恨みを晴らすお役目、このルーリにご命令下さいませ。一人残らず不能にして参る所存でございます」
ルーリが嬉々として考えるもおぞましい命令を待っている。
それを聞いたジェイは確信する。この人なら絶対にやる…!
ルーリは、もはや耐性を持っていたとしても防ぐことは困難であろう魅惑魔術を自在に操る最強のサキュバスにして、『流転の閃光』を身体に宿し何の躊躇いもなく人を殺すことが出来る天性の殺戮者。まさに、魅惑の死神と呼ばれるに相応しい美女である。
そんな彼女が今まさにその能力を使って、桜色の都の不埒な男どもに天誅を下そうとしている。
それを聞いたマヤリィは怖がることもなく、
「そうね、目には目を、歯には歯を、って言うしね」
ルーリに笑顔を向ける。
(姫…お願いですから、この話題でそんなに楽しそうなお顔をなさらないで下さい…)
ジェイは頭を抱える。ていうか、ルーリに「ハンムラビ法典」は通じるのか?
「よし、決めたわ!バイオに代わって、桜色の都の極悪な男ども成敗するわよ!!」
マヤリィはそう宣言する。彼女の中では、性犯罪者=許すべからざる極悪人である。
「ご主人様、本当にやるつもりですか…?」
かろうじて、ジェイが訊ねる。
誰も傷付けないという言葉は、性犯罪者には適用されないらしい。
「今の私なら出来るわ。さぁ、ルーリ。計画を立てるわよ。…ジェイ、貴方は何も聞かなかったことにして下がりなさい。今の話は他言無用よ」
「畏まりました、ご主人様」
言われなくても、この先は怖すぎてとても聞いていられないと思った。
「姫、どうかご無事で」
ジェイはそう言って頭を下げると、逃げるように玉座の間を退出した。
その後、桜色の都にて、ルーリが秘密裏に暴れまくったのは言うまでもない。
有言実行。ルーリはマヤリィが想像していたよりも遥かにひどいヤり方で、バイオの仇に天誅を下した。出来る限りご主人様の御手を汚したくないというルーリの願いにより、主は『透明化』して『魅惑』魔術が爆発する現場を見張る役目に留まる予定だった。目撃者を感知すればその者の記憶を消し去る『忘却』を使うつもりで。しかし、ルーリに全て任せるのも悪い気がする。そこで、ルーリによって〇〇を潰され不能にされ意識不明になった被害者にさらなる屈辱を与えた。凶器は鋏。無論、身体を傷付けることはしない。が、綺麗に整えられた王都の男どもの髪は無残に刈り散らされた。
(マヤリィ様、最高っ♪♪♪)
ルーリは『夢魔変化』したまま、むき出しになった牙と尖った爪から血を滴らせ、主の鮮やかなやり口を見つめて惚れ惚れしていた。
(人の髪を切ったことなんてないから分からないけれど……まぁ適当に切り落としてあげましょう)
マヤリィは慣れない鋏を使って、初めて他人の髪を切った。男達の髪を根元から切り落としながら、とてもつまらない作業だと本人は思ったが、少しはこの計画に貢献出来たかもしれない。中には、手入れの行き届いた美しい髪を持つ男もいたから。
(調べた結果によれば…この者が最後ね)
十年前、牢獄に入れられていたバイオを強姦した看守達は、こうして一人残らず美しき夢魔とその主の餌食となった。
数日後、桜色の都の王都で傷害事件が多発していることが新聞に取り上げられた。被害者は例外なく王都に住む30代〜40代の男性。被害者全員が髪を乱雑に切られ無残な虎刈り頭にされており、しかも顔から大量の血を流し、全裸で性器を何度も傷付けられた状態で気を失っているのを発見される為、殺人事件ではないにもかかわらず、都に住む人々を震撼させた。
どの現場にも被害者の血液と切られた髪しか残っていない。被害者は誰一人として襲われた時のことを覚えていない。目撃者もない。容疑者は一人も浮上しない。
男性だけがターゲットにされた「連続強姦障害事件」は当然のように迷宮入りとなった。
被害を受けた男の虎刈りにされた頭は丸坊主にするしかなく、顔の傷はなかなか治らず、性器にいたっては致命的なダメージを受けていた。
悪魔の呪いのせいで白魔術は効かない。決して元通りにならない。これでもう二度と女性を犯すことは出来ない。
ルーリが宣言した通りの結果になった。バイオを傷付けた男達は一人残らず不能になり、男としてのアイデンティティを失い、傷の痛みとトラウマに苦しんだという。
そして、あっという間に事件は忘れ去られた。
極秘任務完了から一週間ほど経った頃、ランジュは奇妙な話をバイオから聞いた。
「昔、私に屈辱を与えた桜色の都の刑務所の看守達が、一人ずつ私に謝罪の言葉を述べて去ってゆく夢を見ました。さすがに顔は覚えていないのですが、確かに都の看守達のようなのです。皆、身体に何も身に着けていない状態で、血を流しながら、私に謝るのです。もう二度とこんなことはしない、あの時は本当に申し訳ないことをしたと、一人ずつ私に言って、去ってゆくのです」
バイオの話を聞き、その日の訓練を終えると、すぐにランジュは主の元へ向かった。
勿論、ランジュは二人の計画について何も知らされていないが、フラッシュバックの件は知っているので、主に報告する必要があると判断した。
「…不思議な話ね」
マヤリィは話を聞いて、少し動揺する。
(死んだ者が枕元に立つというのなら分からなくもないけど、私達は誰一人として殺していない…。これは一体どういうことかしら…)
しかし、あの計画のことをランジュに話すわけにはいかない。
「…それにしても、バイオは怖かったでしょうね、あの男達が夢にまで出てくるなんて」
「いえ、その夢を見たのは一度きりで、不思議なことにそれ以来フラッシュバックが起きなくなったと申しておりました。…彼女は、自分がフラッシュバックを起こしてパニックに陥るたびにご主人様が優しく抱きしめて下さったとよく私に話してくれましたよ。ご主人様のお優しいお心が、彼女のトラウマに終止符を打ったという解釈でよろしいのではないでしょうか」
ランジュが穏やかな表情で話す。
「私だけではないわ。ルーリがずっと心配してくれていたのよ」
傍に控えているルーリはいつもと変わらず、輝くばかりに美しい。
「ご主人様、ランジュには分かっております。ルーリ様は恐ろしいだけでなく、とても優しく、慈悲深い女性であるということを」
ランジュがルーリを見て、微笑む。
「ちょっと?一言多いんじゃないかなぁ、ランジュ?」
ルーリは横目でランジュを見るが、微笑みを隠しきれていない。
(私は人間ではなく、誰かを傷付けることも厭わない殺戮者。…されど、この力を仲間の為に使うことが出来たのなら嬉しい)
人知れずそう思う。真っ直ぐなランジュの言葉は確かにルーリの心を温かくしていた。
マヤリィはそんなルーリを微笑ましく見守っている。
そして、ランジュの方に向き直ると、
「彼女が元気になったのなら本当に嬉しいわ。ランジュ、報告ありがとう。また何かあればいつでも私に話して頂戴。勿論、貴方に悩みがある場合にもね。必ずよ」
「はっ」
ランジュは跪き、頭を下げる。
「それと、明日バイオに自室を与えるつもりだから、もし訓練所で会ったら、私が行くまで待っているよう伝えて頂戴」
「はっ。畏まりました、ご主人様。バイオ殿はとても喜ぶと思います」
「彼女のこと、引き続きよろしく頼むわよ、ランジュ。…では、下がりなさい」
「はっ」
ランジュを退出させると、美女二人は顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。
「バイオが救われて、本当に良かったです」
ルーリが微笑む。その美しい笑顔だけ見れば、彼女は女神にしか見えない。
バイオの夢に関しては、本当に不思議な話だが、これ以上追及しても仕方がない。
「ルーリ、今回の計画は私と貴女だけの秘密にしておきましょうね」
「はいっ!畏まりました!ご主人様♪♪♪」
マヤリィの言葉にルーリは頷く。
それきり、二度とこの話はしなかった。
今回のルーリの『夢魔変化』は美しいだけではなく、鋭い牙や尖った爪を出現させ、より悪魔らしい姿に変化していました。
棘のような牙をむき出しにして悪魔の口付けを。
刃のような爪を光らせて悪夢の情事を。
マヤリィが対象者の身体を傷付けることを許可した唯一の計画でした。
それほどまでに性犯罪者が許せなかったのでしょう。
そして、二人の願いが届いたのか、バイオは救われたようです。




