第三十九話 『絶命』
マヤリィが考え出した、万が一の際にバイオから配下達を守る為の手段。
しかし、その説明を最後まで続けるのはあまりにつらすぎて……。
その日、皆は玉座の間に集まった。
勿論、バイオを除いて。
「まずは先日の桜色の都絡みの一件、本当にご苦労でした。皆のお陰でこの流転の國は守られたわ。本当にありがとう」
主は皆に労いの言葉をかけると、間を置かずに話し始める。
「今日は第4会議室に置いているバイオについて話をしたい。皆も知っている通り、桜色の都で国王に仕えていた元予言者であり、我が國を戦に駆り立てようとした張本人よ。今は私の禁術によって「予言」の力を完全に失い、再びその能力に覚醒することも不可能だから、もう二度と皆や私の情報を勝手に得ることは出来ないわ。そこは安心して頂戴」
「はっ」
皆は『魔力強奪』魔術の恐ろしさを痛感するとともに、一番の懸念事項だった「予言」の消失に安堵した。
「それと、もうひとつ。これは非常に難しい問題だけれど、最後まで聞きなさい」
「はっ」
そして、主は話し始めた。
…バイオに魔術を習得させる件について。
「誠に失礼ながらご主人様、私には承服出来かねます。あの者に魔術を授けるなど、私は反対にございます」
バイオに水系統魔術を習得させるという話を聞いて、ネクロが真っ向から反対の意見を述べた。
「聞く所によりますれば、あの者の魔力量は非常に多いとのことにございます。今は大人しくしているようですが、この先何が起きるか分かりませんぞ」
「私も反対にございます、ご主人様」
そう言って話し始めたのはシロマだった。
「畏れながら申し上げます。あの者が天界への復讐をそう簡単に断念するとは思えません。さらに、自身の計画を後押ししなかった桜色の都に対しても良からぬ感情を抱いているのではないかと考えます」
シロマとネクロはバイオに『完全治癒』と『人化』をそれぞれ施している。
罪を償う為に生かされている者に、魔術を授ける必要などあるのか?
バイオを間近で見た者の率直な意見である。
「確かに、貴女達の言い分は分かる。私もまだ完全にあの者を信じたわけではないから」
マヤリィは二人の言葉を否定しなかった。
バイオに魔術を習得させ、将来的には流転の國の仲間として扱うという話に異議を唱える者がいることは当然だと思っていた。
「…ならば、何ゆえにございますか、ご主人様!?」
珍しく冷静さを欠くネクロに、
「そこまでにしておけ、ネクロ。マヤリィ様の話はこれで終わりではない」
マヤリィの隣に控えているルーリが牽制する。
「し、しかし…!」
シロマも黙ってはいられない。
それもこれも、全てはご主人様の御身を守る為。
配下達は常にそれを最優先に考えている。
だから、危険分子はこのまま隔離か…出来るなら排除したい。
「皆の意見は分かった」
マヤリィは玉座から配下達を見下ろし、
「…けれど、これはもう決定事項よ。バイオには既にマジックアイテムを授けてある。…『流転のクリスタル』を」
「っ…!」
皆は驚愕する。
よりにもよって『流転』の魔術具を…!?
マヤリィは驚きと戸惑いを隠せない配下達に説明を続ける。
「よく聞きなさい。そのクリスタルには私の魔力を織り込んである。私の意志とは関係なく、条件を満たした時点で自動的に発動するように、二種類の魔術の術式を書き込んである」
バイオの腕に装着した時、既にクリスタルにはマヤリィの魔力が織り込まれていた。これは装着したマヤリィにしか外せない。
主は言う。
「その二種類の魔術が何なのかを教えましょう。ひとつは石化魔術。万が一、習得した魔術を使ってバイオが貴方達を傷付けようとすることがあれば、即座に彼女は『石化』する。勿論、石化魔術は私にしか解除出来ないわ。…そして、私は定期的に『鑑定』を使い、あの者の心を確かめる。もし、再び悪事を企んでいることが分かれば注意勧告し、それに従うつもりがないと私が判断すれば………そこから先が、分かるかしら?」
一同は凍り付く。主がいつになく厳しい表情をしているからだ。
「出来ればそんなことはしたくないけれど、万が一の場合のことも考えなければならないと思って…ようやく考えついた方法がこれとは、私はやはり最高権力者として甘すぎるわね」
そう言って主はさらに険しい表情になると、
「罪人の救済に二度目はない。あの者が我が國に再び災厄をもたらそうとするならば、私が『流転のクリスタル』に込めたもうひとつの魔術を使う必要がある。それは『鑑定』によって彼女が危険人物だと判断した時点で発動する。その禁術の名は『絶命』。…ルーリ、皆に分かるよう説明しなさい」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
先ほどからマヤリィが険しい顔をしているのは、罪人に対して憤りを感じているからではない。
皆を納得させるだけの殺人級魔術の発動条件を考えるのがつらすぎたからだ。
「皆、よく聞け。『絶命』は今マヤリィ様がおっしゃったように禁術に分類される。禁術は、発動する際の魔力消費量も凄まじいが、一歩間違えれば使役する側もその周りの者も巻き込まれる可能性のある非常に危険な魔術だ。マヤリィ様はその術式を魔術具に書き込むことで周囲を巻き込む可能性を排除するとともに、確実に罪人が命を落とすよう、既に禁術の一部を発動しておられる。…もう、分かるな?『絶命』を食らえば一瞬で死ぬ。それを止める方法も助け出す方法も皆無だ。マヤリィ様は、間違ってもバイオが私達に危害を加えないようにとの思いで『石化』と『絶命』という二つの魔術を術式化なさったのだ。…これでもまだバイオを即刻排除すべきなどと考えている奴がいるなら言ってみろ。マヤリィ様に代わって、私が何度でも解説してやる」
ルーリは主よりも遥かに恐ろしい表情と威厳に満ちた声で皆への説明を終えると、
「マヤリィ様、このような説明でよろしかったでしょうか?」
恭しい態度で主に訊ねる。
「ええ。完璧よ、ルーリ。ご苦労だったわ」
「勿体ないお言葉にございます、マヤリィ様。貴女様のお役に立てたのならこれ以上の喜びはありません」
もはや流転の國最高権力者マヤリィの側近はルーリだと言っていい。
しかし、今の話を聞いた皆には主と側近の会話を聞く余裕はなかった。
(姫…これを決めるにあたってどんなに苦しい思いをされたことでしょう…)
ジェイは悲痛な面持ちでマヤリィを見る。
(もし『石化』したまま砕けるようなことがあれば、回復魔法も再生魔術も使えない…)
シロマは『石化』の恐ろしさを想像する。
(『絶命』…。…ご主人様はそのような禁術まで使役出来るのですか…)
ネクロは恐怖のあまり震えている。
『絶命』とは、ルーリの説明通り、まさしく禁術と呼ばれるに相応しい魔術であり、生き物の命を奪う為だけに存在する魔術。それと同時に、即座に死を与える魔術である為、苦しみを伴わない処刑方法でもある。
皆が黙り込み、重々しい空気が流れている中、マヤリィはようやく言葉を発する。
「皆、分かってくれたかしら?バイオが私に忠誠を誓い、私の言葉に従う以上、彼女を粗略に扱うことは許さないわ。現在は第4会議室と訓練所を往復する毎日だけれど、近々部屋を与えるつもりよ。それは彼女の為ではない。いつまでも第4が使えないとあっては貴方達が困るでしょうから」
マヤリィは配下達の顔を見渡しながら言う。
「これは決定事項よ。いいわね?」
「はっ!」
全員が一斉に頭を下げる。もはや異議を唱える者はいない。
配下達はとりあえず納得したが、禁術の一部が既に発動されているという事実に恐れ慄く者は多かった。
そんな空気の中、
「畏れながら、ご主人様」
後方で跪いているランジュが恐る恐る発言する。
「訓練所におけるバイオの様子について、この場でご説明させて頂きたく存じます。何卒、お許し下さいませ」
皆は一斉にランジュを見る。
確かに、ここ最近訓練所に行っていたのはランジュだけだ。
主は待っていたとばかりに、
「よろしい。話してご覧なさい」
「はっ。有り難きお言葉にございます」
マヤリィは、バイオの魔術訓練の様子を皆に伝えてもらいたいと思っていたのだ。
ランジュはいつもと変わらない穏やかな口調で、現在のバイオについて話し始めた。
「私は訓練所にいる時のバイオ殿しか存じ上げませんが、彼女はご主人様をはじめ、ネクロ様やシロマ様に深く感謝していると申しておりました。私個人の考えではございますが、今の彼女は復讐心など持っていないと思います。ご主人様に永遠の忠誠を誓い、流転の國にて平穏に暮らす以外に生きる道は有り得ないことを本人も分かっているはずです」
バイオが訓練所にてどのように過ごしているかという話を皆にした後、ランジュは最後にそう言った。
「確かに、天界に見捨てられたことはバイオにとって昔の出来事になりつつあるわ…」
桜色の都で密かに燃やし続けた復讐の炎。しかし、今は天界からの仕打ちよりも都で受けた屈辱の方が彼女の心を苦しめているとマヤリィは思っている。
「彼女の尊厳にかかわることだから、皆に明かすのは避けたいと思っていたけれど…」
マヤリィは言いづらそうに、
「シャドーレ、彼女が都の大罪人として囚われていた間にどんな仕打ちを受けていたか、知っているかしら。情報を引き出す為の拷問ではなくて、収監されていた時のことよ」
「はっ。そのことに関しましては、バイオ本人から聞いております」
シャドーレが答える。
「牢獄に罪人の女が一人。看守は全員男。…独房の中で毎晩のように繰り返された出来事。彼女の身に何が起きていたのか、皆様にも想像がつくことと思います」
皆は黙り込む。桜色の都で「予言者」として名を馳せる前にそんなことがあったとは。
「今、彼女はフラッシュバックに苦しんでいるわ。確かにバイオは許されないことをしたけれど、情状酌量の余地は十分にあると私は思う。そして、先ほど話した通り、あのクリスタルには皆を守る為の魔術を織り込んである。…だから、バイオの魔力が私達の脅威になることは恐れず、かといって過度に同情することもせず、普通に接してやって欲しい。これは私からの命令よ。…皆のこと、信じているわ」
「はっ」
皆のバイオに対する感情がめまぐるしく移り変わる中、会議は終了した。
マヤリィは皆を納得させる為に、バイオに授けたマジックアイテムに織り込んだ二種類の魔術について説明します。
皆が凍り付くほど険しい表情をしていたのは、『絶命』という名の禁術を選ばざるを得なかったことに苦しみ、精神的に不安定になっていたからでした。
当然のように彼女の苦しみに気付いていたルーリは、マヤリィよりも遥かに威厳に満ちた声で皆に説明を行うと「これでも分からない奴には私が何度でも解説してやる」と言い切ります。
殺人級魔術にさえ恐れを感じないルーリはやはり死神と呼ぶに相応しい悪魔。
さらに、マヤリィの真の理解者であり、常に冷静に物事を見られるという点においては、ルーリ以上に主の側近に相応しい者はいません。
優しすぎる主と怖すぎる側近。
次回はこの二人がバイオを苦しみから救い出す為、ある計画を実行に移します。




