第三十七話 ルーリは悩む
あの日、マヤリィは黒髪の方が似合うかとルーリに訊ねた。
あの日、マヤリィはいつもより髪を短く切って欲しいとルーリに頼んだ。
なぜ金髪に拘るのか?
なぜ短髪に拘るのか?
シャドーレから桜色の都の「風習」について聞いたルーリは、前にご主人様と交わした会話を思い出します。
潮風の吹くカフェテラスに美女が二人。
「…そういえば、ご主人様は昔、黒髪のロングヘアだったと聞いたことがある」
「そうなのですか?黒髪とは…ミノリのような?」
シャドーレは可愛らしいミノリの姿を思い出す。
「たぶん、そうだと思う。…ご本人はそのお姿を嫌っておられるようだが」
ルーリは思わず小声になった。
「…もしかしたら、マヤリィ様も桜色の都のような所で過ごされたことがあるのかしら」
「それは…どういうこと?」
「都においては、髪は女の命と言われ、女性が髪を短く切るなど有り得ないと言われています。さらに、貴族の娘の中には、膝の辺りまで髪を伸ばしている者もありました。私は腰を超えるくらいでしたが…」
「シャドーレの身長で腰より長いって…かなりだね」
「はい、今思えばくだらない風習ですが…私も長年それに従ってきました。もしやマヤリィ様もそのような場所から流転の國に顕現されたのではないかと思ったのですわ」
先ほど、シャドーレが我慢の末に断髪したという話を聞いていたルーリは、確かにマヤリィ様もそんな感じだったのかもしれないと考えていた。
「それと…桜色の都は男尊女卑の社会でもあり、色々と口惜しい思いもさせられました」
実力があっても人望が厚くてもトップに立てなかったりね。
シャドーレは少し顔を歪めて、
「黒魔術師部隊においても女は私一人しかいなかったものですから、何人もの男に言い寄られました。彼等を差し置いて私を恋人にしたのがダーク隊長。彼は優しかったけれど、たぶんどんな女でもよかったのでしょう」
都にいた頃は思いもしなかったが、こうして離れてみると、全くダークが恋しいとは思わない自分に気付くシャドーレ。
「…ずっとつらい所にいたんだな。シャドーレ、さっきお前にいきなり『魅惑』をかけたことを謝る。無理やりだったよな。嫌なことを思い出させてしまったかもしれない。本当に悪かったよ」
そう言って頭を下げるルーリに、
「とんでもない!ルーリに抱かれている時、私は幸せを感じていたわ。気持ちよくて、蕩けそうで…。正直な話、私は女同士の方が断然良いと思いました」
シャドーレは頬を紅潮させる。完全に夢魔の虜になっている。
それから、真面目な顔になると、
「私、もう桜色の都には帰らないし、彼にもツキヨ様にも会いません」
毅然とした表情で断言する。
「実家にも帰らないのか?」
「ええ。私は、魔術学校に進学して将来は魔術師になると決めた時、父から絶縁されたの。伯爵家には魔術師など不要と言われてね。…だから、帰る場所はどこにもないわ」
「そうか…」
なんかまた悪いこと聞いちゃったな…。
ルーリは珍しく気まずそうな顔をしながら、
「で、でも、これからは流転の國がシャドーレの実家であり、故郷だ。それに、私は勝手にお前のことを友達だと思っている」
珍しく相手の表情を窺う。
「ルーリ…!」
シャドーレは思わずルーリの手を取る。
「貴女と私は、友達同士なの…?」
瞳を輝かせ、シャドーレは問う。
「だってさ、一緒に服を選んで、一緒にヘアメイク部屋行って、今ここで女子会やってる。…これはもう、立派な友達だろう?」
ジョシカイ…!
昨日、ご主人様が口にされた言葉…!
「そうなのね!これがジョシカイ…!ご主人様は、昨日、私の部屋に女の子を呼んでもいいと言って下さったわ!」
テンション爆上がりのシャドーレ。
「それは、ぜひ行ってみたいな。色々と落ち着いたら呼んでくれ。ミノリとかネクロにも声をかけよう」
ルーリも楽しそうに笑う。
「ねぇ、ネクロさんっていつも『隠遁』のローブを着ているの?ご主人様がお留守の間、同じ部屋にいさせてもらったけれど、素顔はおろか年齢も性別もよく分からない感じだったわ」
そういえば、ミノリもいつだか両性具有だと思ってたとかなんとか言ってたな…。
ルーリはそれを思い出して苦笑すると、
「一応、この國の黒魔術師は仲間にも姿を見せないという決まりがあってな。今はどうだか知らないが、ネクロが姿を隠している以上、許可なく教えることは出来ない。…だから、素顔に関しては教えられないが、ご主人様と同じ年頃の女の子だということは確かだ」
シャドーレも黒魔術師だけど…まぁいいか。
ルーリはネクロの素顔を知っているが、まさかご主人様そっくりの美女だとは言えない。
「そう。ネクロ様は私よりも年下なのね。…では、ご主人様ってお幾つなのかしら。とってもお若いわよね。それでいてあの威厳と美しさ。ああ、本当に素敵な御方…!」
シャドーレはマヤリィの美しい姿を思い出す。「あんなにも気高く威厳に満ちていらっしゃるけれど、20歳くらいかしら。お会いしたいですわ、マヤリィ様…!」
年齢不詳にもほどがあるぞ、マヤリィ。
「シャドーレ、先にお前の歳を聞こうか。因みに、私は49歳だ。この國では最年長だ」
シャドーレワールドに構うことなく、ルーリが先に自身の年齢を明かす。
「よ、49っ…?そんな…!こんなに美しいアラフィフなんて、反則だわ」
「事実なんだから仕方ないだろう」
アラフィフという言葉に衝撃を受けつつ、ルーリは苦笑する。
「取り乱してごめんなさい…!私は35よ。…お姉様って呼んでもいい?」
「駄目だ」
ルーリは即座に却下する。
「私とシャドーレは友達なんだから、姉も妹もないだろう」
「そ、それもそうね…!」
シャドーレは思わぬ年齢差にまだついていけないようで、マヤリィの歳を確かめるのを忘れている。
(そういえば、マヤリィ様が金髪にされた時、私と姉弟になれそうだとおっしゃっていたことがあったな…)
ルーリは急にマヤリィとの会話を思い出す。
『「マヤリィ様、あくまでも美少年を貫かれるのですね?」「…だって、男の子だったら…」』
(ご主人様は確かそう言いかけて、その先は何もおっしゃらなかった。あの時は何も思わなかったけれど、あの時ご主人様は何を言おうとしていたのだろう…)
ルーリの記憶の扉が開く。
(何か言いたいことがあったのではないだろうか…。ずっとお傍近くにいても、時々、マヤリィ様をとても遠くに感じる時がある…)
ルーリはそれが寂しかった。
(マヤリィ様は過去に桜色の都のような所で過ごされていた可能性がある…)
先ほどのシャドーレの言葉を思い出す。
(そうだとしたら、マヤリィ様の精神病の原因は、シャドーレが桜色の都にいた頃のつらい経験と…)
「ルーリ、どうしたのですか?」
その時、先ほどまで取り乱していたシャドーレが落ち着いた声でルーリに話しかける。
「なんだか、顔色が優れませんわ」
心配そうな顔をするシャドーレに、ルーリは笑顔を作って、
「ごめんごめん、ちょっと考え事してた。そろそろ、コーヒーのおかわりが必要だな」
「あっ、そうですね…。こちらのコーヒー、とてもおいしいです…!」
まだまだ二人だけの女子会は続く。
マヤリィが自分の黒髪を嫌う理由は、シャドーレが感じた通り、閉鎖的な環境に置かれていたからなのですが、現時点ではルーリはそのことを本人から知らされていません。
あの時、マヤリィ様が言いかけた言葉の続きを聞いておくべきだったかもしれない…。
今ここにいないマヤリィを想って、ルーリは悩むのでした。




