第三十三話 彼女を頂戴
ツキヨの処遇は決まった。
バイオを預かることも決まった。
あとは『クロス』の隊員達を安心させるだけ…。
「畏れながら、マヤリィ様…」
ダークが重々しい口調で話し出す。
「此度の黒魔術師部隊出動の責任を取って、私ダークは隊を退く所存にございます」
そう言って跪き、頭を下げる。
「私もバイオに近しい者の一人。この計画を見抜けなかった愚か者に、どうか罰をお与え下さいませ」
「では聞く。どんな罰を与えろと言うの?」
マヤリィの冷たい眼差しがダークに突き刺さる。
「先ほどのツキヨ殿との話を聞いていなかったのかしら」
何も答えられないダークに対し、マヤリィは静かに命令する。
「貴方が本気で罪を償うつもりなら、今回の出来事を決して忘れないこと。そして、これからも国王直属の精鋭黒魔術師部隊『クロス』の隊長として、桜色の都を守りなさい。攻撃魔法を使役出来る貴方はこの国を守る為に必要な存在よ。精進なさい」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
それ以上、何も言うことは出来ない。
「それと『クロス』の隊員には、此度のバイオの「予言」が間違っていたことと、既に彼女はその能力を失っている可能性があると伝えなさい。その他のことに関しては、何も聞かなかったことにするのよ」
マヤリィはダークに命じる。
「結論としては、天界が攻めてくることはない。そう言って、隊員達を安心させてやりなさい」
全員に今日の出来事を詳細に説明して部隊を混乱に陥らせるのは不本意だし、未遂とはいえ国を危険に晒したバイオが受けた待遇を知れば誰もが反発したくなるだろう。
バイオが完全治癒魔術を受けたことを知るのはツキヨとダークとシャドーレ、そして本人のみ。他の者が知る必要はない。
「畏まりました、マヤリィ様。私ばかりか隊員達のことまでも考えて下さり、ありがとうございます」
ダークが頭を下げる。確かに、隊長である自分があの予言は外れており、戦は起きないと報告すれば、皆が安心してくれるはずだ。
「ツキヨ殿の退位に関しては、別の理由を用意するべきね。例えば、体調不良とか」
「確かに、陛下の退位の理由とバイオが政治の表舞台に出てこなくなった理由は別々に用意するべきですね」
マヤリィの傍に控えていたジェイが言う。
「…おっしゃる通りです。陛下は体調不良により国王の座を退いて離宮に移り、予言の能力を失ったバイオは政治に関わることが出来なくなった。この二つの事柄は偶然、同じ時期に重なった。…そうすれば、国民も不思議に思うことはないでしょう。たとえ何者かが調べたところで、事実が明るみに出るようなことはありません。このことを知る私やシャドーレは決して口外しませんし、離宮に移られた陛下に接触してまでバイオの行方を訊ねる者はいないと存じます」
ダークが言う。自分とシャドーレさえ黙っていれば、今回の一件はなかったことになる。
「…マヤリィ様。命をお助け下さったばかりか、桜色の都の今後に関しても助言を賜り、大変感謝しております。貴女様のお陰で、危うい状況に置かれていた我が国は救われました。重ねて、御礼申し上げます」
ツキヨはそう言って、深く頭を下げる。
「…ツキヨ殿、頭を上げて頂戴。流転の國は桜色の都の守護者ですもの。これだけのことがあったとはいえ、出来る限りの配慮をしたいと思うのは当然よ」
マヤリィはようやく優しげな微笑みを見せる。
それを見て、ツキヨもダークも安堵した表情を浮かべた。
「それと、もうひとつ」
ツキヨ、バイオ、ダークの今後が決まったところで、マヤリィが言う。
皆は何を言うのか見当もつかず、彼女の次の言葉を待つ。
「私の國で『クロス』の副隊長殿をお預かりしたいと思っているの。いいかしら?」
「…っ!?」
マヤリィの言葉に、ツキヨもダークも、そしてジェイさえも驚くのだった。
「なぜ、シャドーレを…?畏れながら、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
一番動揺しているのはダークだった。
無理もない。二人は恋人同士なのだから。
「彼女はバイオの計画を知った時、真っ先に私の前に跪いて謝罪するとともに、陛下の命だけは助けて下さいと懇願したのよ」
「シャドーレが…そのようなことを…?」
「ええ。彼女は王に仕える者の鑑ね」
「………」
ツキヨは考える。
思えば、ここ最近はバイオを傍に置くことばかりで、シャドーレの顔をまともに見ていなかったかもしれない。
彼女はどんな顔をしていた?
美しい女性だった。それに、とても背が高かったのを覚えている。あとは…ブロンドのロングヘアだったような…。
本当にシャドーレをまともに見てなかったらしい。彼女の髪型が変わったことくらい気付いて下さい、ツキヨ様。
「シャドーレは…この不甲斐ない王を見捨てることなく、命を賭して守ろうとしてくれたのですね」
王の側近でありながら、何か起きた時には自らの保身を一番に考える者も多い。でも、彼女は違った。 ツキヨは今更ながら、シャドーレの自分に対する忠誠心の深さを痛感する。
しかし、彼女の大切さに気付くのは遅すぎた。
マヤリィが前言撤回することなど有り得ないだろう。
「私は彼女のことがとても気に入ったの。だから、シャドーレを私に頂戴。私の配下として流転の國に留め置くことを許してくれるわね?」
もう誰もマヤリィに意見することなど出来ない。
「…貴女様のお望みとあらば、お断りする理由はございません」
ツキヨは悲痛な面持ちで頭を下げる。
その時、傍に控えていたジェイが発言する。
「畏れながら、ご主人様。シャドーレ殿の意向は確かめずともよろしいのでしょうか?桜色の都は彼女にとって故郷。親兄弟も実家もあるでしょう」
「それも考えて、少し調べさせてもらったわ。…彼女は貴族出身で、それも伯爵家の娘らしいわね。しかし、魔術師として生きることを決めた時、父である伯爵から絶縁されている。その後、王立魔術学校に首席で合格し、学費を免除され、卒業してすぐに黒魔術師としての実力を先代王から認められて国王の側近兼警護を任された。そして、十年前の戦で活躍した後、そこにいるダーク隊長とともに『クロス』を結成し、今に至る。…けれど、いまだに実家とは縁が切れたままのようね」
(姫、なんでそんなに詳しいの…?)
答え。ミノリからの情報。
バイオに完全治癒魔術を施している間、第5会議室に待機していたミノリにシャドーレが自ら語り出した半生とのこと。
「それと…現在は貴方の恋人でもあるみたいね?」
マヤリィはダークに訊く。
「はっ。畏れながら、その通りにございます」
「シャドーレが望むなら、貴方が流転の國に来ることを許しましょう。但し、休日にね」
「っ…!?」
彼女が都に来るのはダメなのかな、と思ったが、ダークにそれを聞く権利はなさそうだ。
マヤリィは微笑みながら、
「桜色の都の守りの要である『クロス』の活動が疎かになっては困るわ。でも、不測の事態が起きた際には、いつでも守護者である流転の國を頼って頂戴。何が起きたとしても、必ず貴方達の国を守ることを改めてお約束しましょう」
「はっ。有り難きお言葉にございます」
(たぶん、シャドーレ殿は喜ぶだろうな…)
今にも泣きそうな表情で頭を下げているダークを見ながら、ジェイの心は複雑だった。
「…マヤリィ様。どうか、シャドーレのことをよろしく頼みます」
「彼女の身の安全はこの私が保証するわ。貴方は何も心配しないで、自分のやるべきことに専念して頂戴」
寂しげな顔で頭を下げるツキヨに、マヤリィは笑顔で答える。
(…結局、姫は誰も傷付けることなく今回の一件を落着させ、さらには自分の要求を呑ませたわけか。さすがは流転の國の主様)
ジェイはツキヨやダークが可哀想だと思いつつも、姫に感心していた。シャドーレだけを流転の國に残してきたのは、最初からこの為だったのだ。
「…では、私は退位を表明し、次期国王を任命させて頂きます。そして、ダーク。お前は『クロス』に戻り、先ほどマヤリィ様がおっしゃった通りの報告をしなさい。『クロス』の次期副隊長の人選はお前に任せる」
「畏まりました、ツキヨ様」
ダークはツキヨに向かって頭を下げると、今度はマヤリィの方へと向き直り、深々と頭を下げ、玉座の間を退出した。
「次の国王は私の甥にあたるヒカルという者に任せようと思います」
ツキヨは言った。
「未熟ながら白魔術の使い手にございます」
聞けば、まだ17歳の若者とのこと。
「この国も、良い方へ改革していかなければなりませんね。ヒカルには、私や先代王のような過ちを繰り返して欲しくない…」
ツキヨは寂しそうにそう言うと、
「マヤリィ様、此度は我が国を救って頂き、本当にありがとうございました。そして、貴女様の國を危険に晒しましたことを重ねてお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる。そして、
「私はもう、貴女様にお会いすることは叶わぬのでしょうか」
縋るような目でマヤリィの顔を見る。
マヤリィは優しい眼差しでツキヨを見る。
「私はこれからも流転の國の最高権力者です。そして、貴方はエアネ離宮に住む王族の一人。…國も身分も違う貴方に、そう簡単に会いに行くことは出来ません。ご理解下さい」
「はい…」
ツキヨはもっと寂しそうな顔になる。
「では、ごきげんよう、雪色の白魔術師殿。私達は流転の國へ帰ります」
マヤリィが美しい所作でお辞儀をする。
ジェイもそれに続く。
「マヤリィ様…!」
この世の誰よりも気高く美しく、そして優しい御方。
「どうか、お元気で…!」
ツキヨの言葉にマヤリィは微笑んで頷く。
その瞬間『転移』が発動し、ツキヨが次に目を開けた時には既に二人の姿はなかった。
「マヤリィ様…!」
もう二度とお目にかかれない美しい御方。
どうか、お身体を大切にして下さい…!
雪色の白魔術師はいつまでも彼女がいた場所に佇んでいた。
シャドーレを桜色の都から引き抜いたマヤリィ。
余程、彼女のことが気に入ったんですね。
今回の一件で誰よりも可哀想なのはダークさんかもしれない。




