第三十二話 マヤリィとツキヨ
「私は、誰にも死んで欲しくない」
マヤリィは、今回の一件に関わった者達に生きて罪を償うよう命じるのでした……。
桜色の都。王宮。玉座の間。
これまでの経緯をダークが簡潔に報告した後、マヤリィは魔術を発動した。
「『記憶の記録』」
ツキヨは黙ってそれを受け入れた。
本気でバイオは戦を計画していた。
想像以上にバイオは天界を恨んでいた。
天界から見捨てられ、桜色の都からは戦犯として拷問を受け、覚醒した能力によって赦された後、顔にも心にも傷痕を残したまま、それでもツキヨに尽くしてきたバイオ。
「彼女の苦しみを何ひとつ理解出来ず、今回の凶行に走らせたのは全て私の責任です」
そう言って、ツキヨは玉座から立ち上がり、マヤリィの前にひれ伏した。
「マヤリィ様。此度の件、何と言ってお詫び申し上げれば良いのでしょう。貴女様をはじめ、流転の國の方々を唆し、戦に巻き込もうとした大罪は決して赦されてはならないことです。本当に申し訳ございませんでした。私は桜色の都の国王として、あの者の主として、全ての責任を負い、自害する所存です」
ツキヨはひれ伏したまま、動かなかった。
「…貴方は、それで許されると思うの?」
いつになくマヤリィの冷たい声。
「勿論、私だけではございません。バイオにも極刑を言い渡す所存でございます」
「そんなことを言っているのではない」
マヤリィはあくまで冷静に、声を荒らげることもなく、ツキヨに語りかける。
「私は、誰にも死んで欲しくない」
(姫…!)
傍に控えているジェイが思わず顔を上げる。
(貴女は最初からそのつもりで…)
ツキヨはまだひれ伏したまま。
「ツキヨ殿、貴方には退位をすすめます」
「っ…!?」
ダークは驚きを隠せない。
「此度の責任を取ると言うならば、貴方は生きるべき。退位し、王宮から去り、一介の白魔術師としてこの國の人々を救うことが、貴方が罪を償う方法なのではないかしら」
マヤリィはそう言って、
「私の目を見なさい」
有無を言わさぬ態度でツキヨに命じる。
もはや、首脳会談ではない。
ツキヨは顔を上げ、言われた通りにマヤリィの目を見る。厳しさの中に悲しみを秘めた眼差しがツキヨの心を抉る。
「自害すれば済むなんて思っているのならそれは大間違いよ。死ぬことは許さない。良いわね?」
「畏まりました…。貴女様のおっしゃる通り、私は生きて罪を償わせて頂きます」
ツキヨはそう言って頭を下げた。
「それと、バイオのことだけれど…」
マヤリィは威厳に満ちた声で、
「彼女を裁くのはツキヨ殿ではなくこの私よ」
その落ち着き払った冷静な声がツキヨに刺さる。
「はっ。…畏まりました、マヤリィ様」
ツキヨはそれ以上何も言えない。
「バイオは我が流転の國で預かる」
「そ、それはっ…!」
バイオがどんな罰を受けるのか考えるとツキヨは一瞬狼狽えたが、マヤリィはすぐにその不安を払拭する。
「先ほど言ったはずよ。私は誰にも死んで欲しくないし、痛みを味わわせたくはない」
マヤリィは厳しくも悲しい瞳を向けたまま、
「彼女にも、生きて罪を償ってもらうわ。それがどのような形になるのかは分からない。その方法が分かるまで、彼女には流転の國で過ごしてもらいます。…異論は認めない」
「はい…」
「心配しないで頂戴。決して彼女を粗略に扱ったり傷付けたりはしないと、この私の名において約束しましょう」
「はい…」
ツキヨは、先代王がバイオにした仕打ちを思い出していた。彼女を辱め、その身体に鞭打ち、拷問を繰り返し、天界の情報が得られないことが分かると、処刑を言い渡して独房にぶち込んだ。後で聞いた話によれば、独房の中で、彼女は何度も強姦されたという。美しき大罪人は看守達の格好の獲物だった。もしかしたら、彼女は天界だけではなく桜色の都をも滅ぼすつもりだったのかもしれない。
「マヤリィ様。貴女様の寛大なるお言葉に感謝申し上げます。早急に次期国王を決め、私は退位して王宮を去りましょう」
ツキヨはそう言って、深々と頭を下げた。
「…確か、この国の北部に小さな離宮があるそうね」
「はっ。確かに、桜色の都の北部に位置するエアネ湖の傍に離宮がございます。先日、警備に当たらせて頂きましたが、現在はほとんど使われておらず、とても静かな場所です」
ツキヨの代わりにダークが答える。
(姫、なんでそんな場所知ってるの…?)
ジェイは不思議に思う。
答え。ネクロの魔力探知の賜物。
マヤリィが桜色の都に初めて来た時、出迎えてくれたのは『クロス』の隊長ではなく副隊長だった。
後で、その時に隊長はどこにいたのかしらと話したら、ネクロは興味半分で桜色の都の全域を調べてくれた。結果、国の北部に魔力が集中していたことが判明し、同時にエアネ離宮の存在が確認された。
ネクロさん、有能すぎる。
「次期国王の即位を見届けたら、貴方はその離宮に移りなさい。そして、この国の民を癒す場として、雪色の白魔術師の力を最大限発揮するといいわ」
退位後の生活まで考えてくれるマヤリィ様。
気付けば、表情も穏やかになっている。
「有り難きお心遣いに感謝申し上げます。貴女様のお言葉を胸に刻み、これから先の人生、私に与えられし白魔術の力を、桜色の都の人々の為に使うことをお約束致します」
こうして、ツキヨの処遇は決まった。
エアネ離宮は風光明媚で静かな場所にありますが、王都からはかなり遠いです。
ある意味、退位後のツキヨが暮らすのに相応しい場所かもしれません。
過酷な運命を辿ってきたバイオですが、マヤリィが流転の國で預かると言った以上、その先には穏やかな日々が待っているのでしょう。




