第二十六話 完全治癒魔術
天界出身の予言者バイオの半生。
その顔に刻まれた傷痕に、最上位白魔術師の『完全治癒魔術』の光が降り注ぐ…。
「マヤリィ様、畏れながら、私の境遇について聞いて頂きたく存じます」
「ええ。話してみなさい」
バイオは跪いたまま、
「私は、元は天界に住む天使の一人にございました。天界ではNo.9と呼ばれ、今から十年ほど前、桜色の都へ密偵として送り込まれることになりました。それはまだツキヨ様が国王になられる前の話で、私は先代の王に近付くことで情報を得ておりました。その情報を天界へ伝え続けた結果、桜色の都は攻撃を受けることになったのでございます」
天界は昔から密偵を送り込むのが得意だったらしい。嫌な国だ。
「しかし、天界の戦闘力もさほど強いわけではなく、桜色の都から予想以上の抵抗を受け、撤退せざるを得ない状況になりました。まだ『クロス』が結成される前でしたが、既に黒魔術師として都で名を馳せていたダークとシャドーレが付け焼刃ながら強力なチームを作り、天界の襲撃を退けたのです」
当然ながらその時代のことをマヤリィは知らない。
そもそも、十年前には『流転の國』は存在すらしていなかったのだから。
「戦の最中、現在の『クロス』の副隊長であるシャドーレが私の正体に気付きました。私は捕らえられる前に天界へ戻ろうと『変化』を解き、他の天使達に混ざって都を飛び出しました。しかし、既に天界の者どもは私を見限っていたのです」
バイオはずっと被っていた紫色のベールを脱ぐ。
琥珀色の瞳に栗色の髪をした色白の美女…と言いたい所だが、顔の左半分に焼け爛れたような痕があり、左目は潰れ、額にも深い傷が刻まれていた。
「貴女様もご存じでしょう。『星の刻印』でございます。私を見限った天界の者どもは私から天使の翼と『変化』の魔力を取り上げ、代わりに私の顔に『星の刻印』を残して行きました。桜色の都に残らざるを得なかった私は、天界との戦を引き起こした戦犯として拷問を受け、処刑を言い渡されました。そして、刑が執行される日の朝、独房の中で、星の刻印が爆発したのでございます。他に被害はなく、爆発音を聞いた看守が駆け付けた時には、私は瀕死の状態であったと聞きました。すぐに私は救護室に運び込まれ、その際に次の国王となる方はツキヨ様であると口にしたようです。勿論、そんな話を信じる者などありませんでした。しかし、数日後、どこからかその情報を聞きつけたツキヨ様が自ら私を見舞いに来て下さったのでございます。聞く所によれば、国王陛下が急逝され、王太子であったツキヨ様の兄上も時を同じくして亡くなり、急遽ツキヨ様の即位が決まったとのことでした」
「つまり、貴女の『予言』の能力を確かめに、国王陛下はわざわざ牢獄の救護室まで赴いたのね?」
マヤリィはようやく話が分かってきた。
話が長いよ、バイオさん。
「はい。ツキヨ様は私の有り様を見て、涙を流され、すぐに回復魔法をかけて下さいました。お陰で、私の傷は治り、痛みもなくなりました。…そして、この傷痕だけが残ったのです」
琥珀色の右目に涙の粒が光る。
「その後、私の『予言』の魔力に実用性を見出されたツキヨ様によって私の罪は赦され、私の予言が真実を告げるたびに、ツキヨ様は喜んで下さいました。そうして、私は国王陛下の側近として、お傍近くでお仕えすることになったのです」
バイオの壮絶な半生を聞いて、マヤリィは考えていた。やはり、彼女は天界へ復讐するつもりなのだろうか。
「単刀直入に聞くわ。貴女は天界を滅ぼすつもりなの?」
「っ…」
バイオが言葉に詰まる。
「たとえ戦の予兆があったにせよ、あのお優しいツキヨ殿が自国側から天界に攻撃をするよう命じるとは考えられない。だとすれば、私達の力を借りて一刻も早く天界に攻め込むことを望んでいるのは貴女なのでは?」
「っ…そこまでお見通しでございましたか。そちらには予言の力を持つ御方はいらっしゃらないとのことでしたが、成程、これでは予言など必要ございませんね」
バイオは力なく微笑んでから、
「マヤリィ様のおっしゃる通りにございます。私は天界に復讐したい。ただそれだけを考えて生きて参りました。…勿論、私を救い出し配下に加えて下さった国王陛下には感謝しております。されど、私の頭にはいつも私を捨てた天界の者どもの顔が浮かぶのです」
そこへ『転移』してきた者がいた。
「ご主人様、大変お待たせして申し訳ございません。ユキ、只今参上仕りました」
そう言ってユキは跪き、頭を下げた。
「ユキ、ご苦労。…どうやら、この者は貴女に用事があるみたいよ」
「…!貴女はまさか…No.9…?」
天使は番号で呼び合うようだ。
「…私のことを覚えているのか?お前は…本当にNo.5なのか?」
アッシュグレーの短い髪。天使の翼はなく、琥珀色の瞳だけがバイオと共通している。
「ええ、わたくしは元はNo.5と呼ばれていた天使。今は、ユキと名乗っている」
ユキは信じられないという様子で、
「貴女が…生きていたなんて…」
バイオの顔を見るが、すぐに目を背ける。
ひどい傷痕。とても見ていられない。
ユキが目を背けたことを気にもせず、バイオは言う。
「私が国王陛下に救われ、予言の力を使いこなせるようになった頃、お前を含む何人かの天使には、星の刻印の存在が知らされていなかったことを知った。その後、流転の國が顕現した際には、お前もまた私と同じように捨て駒として利用された。お互い、随分とひどい目に遭わされたものだな」
ユキを恨んでいる様子はなく、むしろ天界滅亡計画の仲間に入れたいらしい。
「今はユキという名前で、マヤリィ様にお仕えしていることも知っている。私は現在ツキヨ様にお仕えし、バイオと名乗っている。だが、天使どもが残していった星の刻印のせいで私の顔はこの有り様だ」
「星の刻印…!それは、ご主人様の御手に仕掛けられていた天使の罠と同じ物ですか?」
ユキはまだバイオの顔が見られない。
「そうよ。彼女は為す術なく刻印の爆発によって傷付いた。私は『流転の閃光』によって右手ごと吹き飛ばしてもらったお陰で刻印の発動を免れた」
あの時、ルーリに攻撃魔法を使わせたのはその為だったのか。そして、直後のシロマによる再生魔法は吹き飛んだ右手を復活させる為に行われたことだった…!
「貴女様の刻印が消えたのには、そういう経緯があったのですか…!」
バイオも驚愕している。
「ともかく、貴女が天界に復讐したい理由は十分理解したわ。…その上で、貴女にはこの國の最上位の白魔術師による完全治癒魔術を受けてもらいたい」
「最上位の白魔術師…?」
にわかには信じがたい。雪色の白魔術師と謳われるツキヨ様を超える白魔術師など存在するのか?何より、完全治癒とは一体…?
《こちらマヤリィ。ユキとバイオが揃った。シロマ、第4への転移を命じる》
念話を受けたシロマはすかさず宝玉を取り出し、第4会議室へと転移する。
「ご主人様、お呼びでしょうか」
マヤリィはシロマの顔を見るなり命令する。
「シロマ、この者に完全治癒魔術を使って頂戴。時間は経過しているけれど、貴女になら出来るはずよ」
シロマはバイオの顔を見て、全てを察した。
「ま、待って下さい!」
バイオが慌てる。
「まさか私の傷痕を消せるとでも言うのですか!?」
信じられないと言った様子でバイオが喚く。
無理もない。ツキヨにさえ出来ない魔術なのだから。
「…ユキ、背中を見せてあげなさい」
「はっ。失礼致します」
ユキはそう言うとすぐに服を脱いだ。
「わたくしは流転の國への裏切りが発覚した際、ご主人様の側近の方に翼を斬り落とされました。その痛みを取り除き、傷痕までも消して下さったのが、こちらにいらっしゃるシロマ様でございます」
バイオは息を呑んだ。確かにNo.5は天使だった。立派な翼を持っていた。それを斬られたというのに、今の彼女の背中には傷ひとつない。塞がった痕跡すらない。
「多少時間を要するかもしれませんが、ご主人様の命とあらば、確実にこの方の傷跡を消すことをお約束致します。…痛みは伴いませんので、ご安心下さい」
バイオはユキの背中を見て、力が抜けたのか、その場に座り込んだ。
シロマは祈るように魔術具を手に取り、詠唱する。
「ダイヤモンドロックよ、我に力を与え、この者に刻まれた傷を癒せ」
マヤリィはバイオの傷跡が消えることを信じ、ただダイヤモンドロックを見つめ続けた。
次第に魔術具の光は強さを増し、バイオとシロマを包み込む。
「火に焼かれた傷を癒せ。額に刻まれた傷を癒せ。そして、美しき瞳の傷を癒し、光を取り戻せ。ダイヤモンドロックよ、我が魔力が尽きても、治癒の光を放ち続けよ」
シロマは訓練の間、魔術具本体に少しずつ自分の魔力を分け与えていた。仮に自分が倒れたとしても回復魔法が途切れぬようにする為に。並みの努力で出来ることではない。
(これが…シロマ様の実力…!)
ユキは自分を救ってくれたシロマの魔術を目の当たりにして、いかに自分が恵まれているかを思い知った。バイオの苦しみを分かってあげられない自分を感じた。
一方、マヤリィはシロマの魔力量を注視していた。
(シロマの魔力がどんどん減っている。このままでは、彼女自身もその魔術具も壊れてしまう…)
この先、流転の國と桜色の都がどうなるのかは分からない。しかし、ひとまずバイオを救わないことには冷静な話し合いすら不可能だ。
マヤリィはシロマの集中力を途切れさせないよう、マジックアイテムに向けて詠唱を始める。
「『ダイヤモンドロック』よ、我が魔力を吸い取り、そなたの白魔術師に分け与えよ。決して白魔術を途切れさせることなく、完全治癒魔術を完遂させよ。これは流転の國最高権力者マヤリィの命令である」
すると、流転の國の主の言葉に応えるかのように、ダイヤモンドロックの光が増していく。
マヤリィ様の命令は魔術具にも届くらしい。
どのくらい時間が経っただろうか。
ふいにシロマが掌に魔力を集め、バイオの頬を優しく撫でる。左目にも優しく触れる。
まばゆい光が少しずつおさまっていく。
光の中から、シロマとバイオの姿が現れる。
「まさか…そんな…!」
バイオの左目に光が宿る。
琥珀色の美しい瞳に光が戻る。
どこにも傷痕は見当たらない。
「ご主人様、成功…に…ございます…」
そう言ってシロマはその場に倒れる。
ダイヤモンドロックも音を立てて倒れる。
「シロマ様!」
すぐにユキがシロマの元へ駆け寄る。
シロマは完全に気を失っているが、ダイヤモンドロックは壊れていない。
「…ユキ。安全な貴女の部屋でシロマを休ませてあげて頂戴」
マヤリィはそう言うと、二人の周りに魔法陣を展開し、ユキの自室へと転移させた。
そして、マヤリィはバイオの顔を見つめて、
「とても美しいわ。…ご覧なさい」
鏡を渡す。
バイオは言われた通りに覗き込む。
「なんと…!」
顔の傷痕は元々なかったかのように綺麗に消え去っていた。
瞬きをしてみる。左目が開く。物が見える。
「もう…苦しまないでいいのよ」
マヤリィがバイオを抱きしめる。
「マヤリィ様…!私は…私は…!」
バイオは涙を流す。
「今はこのまま、ここにいましょう」
愛おしい者を見るような優しい眼差しのマヤリィに見守られながら、いつしかバイオは眠りの世界へ落ちていった。
バイオの『予言』の能力は、十年ほど前に桜色の都の牢獄の中で覚醒したものでした。
天界が桜色の都に攻め込んだ理由は明らかになっていませんが、密偵「No.9」が伝えた何らかの情報を元に天使達は動いたのでしょう。




